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第4話 下駄箱に手紙が置いてあっても、まずは脅迫状と疑え

 その日の登校時、(くだん)の不安を抱えたまま下駄箱で靴を履き替えようとしたダイは思わぬカウンターパンチを貰った。


 下駄箱に封筒が入れられていたのだ。


 茶色の縦長なやつじゃなくて、白くて真四角に近い恋文でも入っているかのような感じのやつが。


 と言っても差出人も宛先人も書かれていない真っさらな封筒だったが、しかし中に便箋が入っている事は透けて見えたから分かる。


 こう言う場合自分の立場を理解しているダイが真っ先に思い浮かべるのは、からかいの為の偽装ラブレターだろうな。


 これを貰って大はしゃぎするダイを影で見て笑うと言う有りがちな悪戯だ。


 だが残念、そんな事に引っかかる程ダイもバカではないのさ。大体こいつはそんな事微塵も期待しちゃあいないのだよ、妥協主義だから。


 まぁそんな事はどうでもよかった。寧ろその後の方が重要だったな。


 今現在抱えている不安の元凶、日向ハヤセが教室にいなかった。いつもは先に教室に来て席に着いてるんだが、今日はまだ来ていない。


 少し遅れてるのかと思ったが、予鈴がなっても現れる気配は無かった。


 今日は休みか?


 その後は先生が入って来てホームルームが始まる―――筈だったのに、何故か先生と一緒にスーツ姿の男2人が入ってきた。壮年と青年の組み合わせでこれまた上司と部下って感じだな。


 思わずあの美人の顔を思い出してしまう。


 生徒は皆予想外の事態に困惑気味だが、先生だけは予め知ってた風でどこか神妙な面持ちだった。


「失礼、静かにしてもらえるかな?」


 そう言って壮年の男がスーツの内側から警察手帳を取り出して見せた。


 ……って警察手帳? この2人刑事?


 遂にこの学校が隠蔽してる裏制度が明るみになったのかと淡い期待をしてしまったが、現実はより重大な事件だった。


「早速だけど、このクラスの日向ハヤセさんが昨日(さくじつ)の16時から行方が分からなくなっていて、ご両親から捜索願が出されている」


(―――っ!?)


 突然のハヤセ失踪宣告にダイは分かり易い程動揺してしまった。


「自宅から数百メートル離れたところで彼女の鞄が落ちているのが発見された。警察としては何らかの事件に巻き込まれたものと見て捜査しているから。君達には悪いけど授業返上で捜査に協力してもらうよ」


 やたらフレンドリーに話してくるが、それでも警察から事件の捜査協力といったら事情聴取と決まってる。


 どうしたって警戒してしまうだろう。


 その後棟の奥にある空き教室に1人ずつ呼び出されて事情聴取を受けた。持ち物検査の為か鞄を持参して。


 まさか警察も本気で生徒の中に誘拐犯がいるとは考えてないだろうが、それでも様々なケースを考慮するのは大事な事だ。


 それに誘拐じゃなかったとしてもハヤセの足取りを追うなら同じ学び舎の生徒から話を聞くのが正解だ。


 実際行方が分からなくなったのは下校時刻以降、つまりハヤセは学校を出てから家に着く前に失踪したことになる。


 てかダイと別れてから僅かの間って言うより正確な時間帯が絞り込めるんだが、それ言っちゃうと歩兵機の事が明るみに出るから言えんわな。流石にダイもそれは不味いと思っている。


 と言うより歩兵機、ハヤセが初めて歩兵機に乗ってその日の内に失踪。


 これがどうもタイミングが良すぎて逆に不自然だ。


 まるで歩兵機を中心に何か不穏な事が動き出している様な感じさえある。


 決して気のせいでも大袈裟でもない、歩兵機なんてのが作られたからには作られるだけの確かな理由がある筈なんだからな。それも兵器である以上は碌でもない理由と決まってる。


 ハヤセはその理由に足を踏み入れた、その結果失踪した。


 その理屈だと、ダイも同じことになる。


「次、最上君」


 先生に呼ばれてダイは事情聴取に向かう。その足が鉛のように酷く重たく感じるのは気のせいでは無いだろう。


 歩兵機の事を話す訳にはいかない。しかしハヤセと日が暮れるまで一緒にいた事は話しておきたい、それで失踪した時間帯が絞られるから。


 如何に歩兵機の事を隠しつつハヤセと遅くまでいた事を話すか……男女の関係だから、でよくね?


 ハヤセさんとは付き合ってて、それで遅くまで一緒にいました―――完璧だろ。


 一瞬ダイもそれが頭を(よぎ)ったが、すぐに振り払った。


 言い訳としては最適だが、それだとハヤセの沽券に関わるし、何より自分がハヤセと男女関係になっているなどと言うのは図々しいにも程があると言うのがダイの意見だ。学生カーストの最底辺とは言え、ハヤセは意外に可愛いし。


 って、こいつどうでもいいところで律儀だな。


 それともただのヘタレか?


 ……後者だな。


 そうこうしてる内に空き教室の前まで来てしまった。


 止むを得ずダイは中に入る。中には壮年の刑事が1人で生徒用の椅子に腰掛けていた。


 その刑事に促され、机を挟んで対面するようにダイも椅子に座った。


 こりゃ本格的な事情聴取っぽいぞ。


 どうするダイ? いっそ証言は諦めて隠し通すか?


「最上ダイ君、だね。君、昨日は日向ハヤセさんと一緒に下校したそうだね。その時の事を詳しく話してもらえるかな?」


 ……バレてました、あざーっす!


 てか、何故に!?


 ダイの顔にも[どうして知ってるんですか?]ってデカデカと書いてあるし。


「テニス部の練習中だった宗谷美咲(むねたにみさき)さんがね、君達が一緒に帰るところを目撃していたんだ」


「えっ、ミサちゃ……宗谷さんが、ですか」


 成る程、先回りされてた訳か。そりゃ運が無かったな。


 ハヤセにバレたのはダイの間抜けが原因だが、これは運が無かったパターンだな。普通部活動の最中に下校する生徒なんて気に掛けないからな。


 しかしまさかなぁ、見られてたかぁ。


 しかもあの宗谷さんにかぁ。


「それで、話してもらえるかな?」


 改めて思うが、この刑事の距離感がやたらと近いんだが。


 それに顔も濃いし、案外欧米系の血が混ざっているのかもしれない。


 ってそんな事はどうでもいい!


 どうする、ダイ。ここでお前の口八丁(くちはっちょう)が試されるぞ。


 てかもうハヤセとデキてる、でいいじゃん。


 歩兵機に乗せてやってるんだし、それくらいで文句言ったりしないって。


 寧ろその方が歩兵機の秘密を共有できるし、ハヤセ的にもウィンウィンでいいじゃん。


「えっと、その……日向さんとは……」


 お、ついに覚悟を決めたか?


「日向さんとは……同じ趣味があって……それで話が盛り上がって、一緒に帰ったんです。昨日、初めてそれを知って、それでその……羽瀬ノ谷(はぜのたに)通りまで一緒に帰りました。そこからは帰り道が違うので……分かりません」


 まさかの口八丁が覚醒した。


 しかも嘘が一切無い、あくまで事実だけを述べただけだ。スゲー!


「へぇ、その趣味の話ってのは何かな?」


「えっと、それは……」


「巨大ロボット、とか?」


「っ!?」

 っ!?


 ぞくっとした、まるで見透かされている。この男には何から何まで。


 それこそ、もしかしたら歩兵機まで知られて―――


「驚く事じゃないさ。日向ハヤセさんにその手の趣味がある事は、事前にご両親からの聴取で聞いていたからね」


 驚くわー!


 心臓止まりかけたわー!!


 てか寿命が10年くらい縮んだわー!!!


 しかし納得、確かに両親から先に話を聞くのは普通だしその両親からハヤセの趣味を聞いていれば分かる事だな。


 てか、また先回りかよ。


「それで、日向さんと別れたのはいつ頃かな?」


「あ、えっと……6時半頃、だったと思います」


「ほぅ、18時半か。下校したのが16時なのに、2時間半も何をしていたんだい?」


 流石に鋭い。刑事らしい見事な指摘だ。


 実際何をしていたかと言えば、歩兵機で遊んでました。だけどそれは言えないから何か言い訳しないとな。


「それは、その……日向さんと、帰り道の途中で休憩してて……巨大ロボットのあれこれについて延々と聞かされてました」


 後半やたらスラスラと喋れたダイは、何故か目が死んでいた。しかもこの言い訳、微妙に嘘はない。


 実際下校してから歩兵機のある洞窟に到るまで彼女のロボット愛を延々と聞かされていたからな。


 そりゃもう、ドン引きするくらいだっさ。


 歩兵機に乗れるとあって話題は中断したが、もし乗らなかったらダイの門限が過ぎても尚語り続けていただろう。あの勢いなら間違いない。


 この刑事もそれを察してくれたのか、それ以上は深く聞かなかった。


「そうか、じゃあその日の彼女に何か変わった事とは無かったかな?」


「変わった事だらけです。それまで無愛想で暗い感じだったのに……変わり過ぎて正直今でも別人じゃないかって疑ってます」


「そこまで言う程の事かい?」


 そこまで言う程の事だよ。


 冗談抜きでハヤセの変貌っぷりは想像を絶する変わり様だからな。


「じゃあ一緒に下校した帰り道で、何か気になる様な事は無かったかな?」


「それは……無いと、思います」


 歩兵機を取られるんじゃないかってずっと気に掛かってました、とは言えません。


 そこは隠し通すに限る。


「そうか。じゃあまた何か分かった事があったら署の方に連絡してくれ。あと念の為、持ち物検査もさせていただくよ」


 ダイは素直に応じて鞄を机の上に置いて中を見せた。


 鞄は学校に来た時のままで、教室を出る時も他の刑事が見張っていたから何かを取り出して隠すとかは出来ない。


 まぁそうは言っても、ダイは別に見られて困るような物は無いけどな。


「……おや?」


 と思ったら刑事の目に何やら不審物が溜まったっぽい。


 おいおいダイ、学校に何を持って来たんだい?


 しかし刑事の目に留まった不審物は、今朝方下駄箱に入れられていた白い封筒だった。確かに不審物ではあるな。


「これは?」


「それは……今朝下駄箱に、入ってた物です」


「へぇ、ラブレターかい? モテるんだね」


「そんな訳無いです」


 そこだけキッパリ否定するなよ。もう少し自身持てって。


「それは多分、悪戯です。僕みたいな最底辺にいる生徒には、よくある事ですから……」


「えっ?」


「え?」

 え?


 その時初めて刑事は意外そうな顔をした。だが、そんな意外な事か?


 確かに卑下し過ぎだとは思うが、意外って事は無いだろ。だってダイだぜ、意外でも何でもねぇーだろ。


 自身持てって言ったのは誰だって?


 さて、なんの事かな?


「えっと……中身は確認したのかい?」


「いえ、まだです……」


「確認、してもいいかな?」


「え、どうして……」


 確かどうして、だよな。


 幾ら何でもこのやり取りはおかしい。


 何でそんな事までこの刑事は掘り下げようする? そんなに封筒の中身が気になるのか?


「あはは、いやいいんだ。ついつい野次馬根性が出てしまった、年甲斐も無く恥ずかしい限りだよ。済まなかった」


 とてもそんな風には見えなかったが、しかしこの刑事はもう聴取は終わりと言わんばかりに切り上げようとした。


 まるで都合の悪い事を隠すようにな。


 ダイも違和感を覚えたみたいだが食い下がらろうとはせず、そのまま空き教室を後にする。


「……ジーザス」


 扉を閉める際に何か聞こえたような気がしたが、ダイが気に止めることは無かった。


 正直怪しさ満載の刑事だったな。最初から最後まで見透かされていたような気分だったぜ。


 まぁ有能な刑事と言うのはそう言うものなのかもしれないが、しかしどう大目に見たとしても不自然である事は否めないな。ダイはそう言うものだと割り切ってるようだが。


 ただ最後の、封筒の(くだり)から妙な感じになった。まるで今まで見透かしていたのが見えなくなったかのような、そんな狼狽え方だったな。


 そう、封筒だ。


 流石に感の鈍いダイもこの封筒に何かあるのかと考えている。


(教室に戻ったら開けて見ようかな。いやでも、それだとなぁ……)


 教室でラブレターっぽい封筒を学生カースト最底辺のダイが開ける、何の罰ゲームだって話だ。


 開けるなら人目につかない方がいい、丁度催してきたしトイレの個室で読むのがいいな。


 あの刑事は相当気にしてたけど、ぶっちゃけダイは悪戯としか思っていない。


 実はこれが初めてって訳では無く、しかも中学生の時はまんまと引っかかって笑い者にされた経験もあったからだ。


 そしてその時もこんな感じの封筒だった。


 だからどうせ、また同じ悪戯だと高を括っていたんだな。


 [今日の昼1時に羽瀬港(はぜこう)の倉庫跡へ1人で来い。従わなければ小娘の命はないと思え]


 中の便箋にはワードか何かで打ち込まれたような文字で、その様に綴られていた。これ今時のラブレター?


 悪戯……だとしてもこれは質が悪いな。脅迫文になってやがる……。


 これマジだったら普通に犯罪だからな、警察沙汰になるレベルだからな。


 てか警察すぐそこにいたわ。刑事さーん、事件でーす。


 でもこの小娘がハヤセのことを指しているんなら、十中八九ガチな脅迫状って事になる。


 そしてその予想は、すぐ確信に変わった。


「……ひっ!?」


 封筒の中にはハヤセの保険証と―――剥ぎ取られた生爪が二枚、同封されていたからな。






 事情聴取が午前中に終わったのは不幸中の幸いだった。


 聴取の後、生徒は家に返されて今自宅待機となった。誘拐かもしれないとあって先生方もてんやわんやだしな。


 あの後ダイは同封されていた生爪に暫し茫然、何とか教室に戻るも吐き気を堪えるので精一杯だった。


 ハヤセが今どうなっているのか、想像するだけでも気が狂いそうだ。


 周りはそんな事も知らず、どころか「初めて事情聴取された」とか「これニュースに映るかな」とか「あの刑事さんカッコ良くない?」とかどうでもいい事ばかり喋ってる。


 少しはハヤセの事を心配しろよ。


 それで漸く平静を保てるようになった時には警察の事情聴取は終わり、家に帰らされた。無論、ダイは家に帰らなかったが。


 しかし脅迫状に書かれてあった倉庫跡に向かった訳でもない。向かった先は―――あの洞窟だ。


 歩兵機を取りに行っていた。理由は無い。


 強いて言うなら、歩兵機があればなんとかなる。安易な考えだが藁にもすがりたいダイは、歩兵機だけが唯一頼みの綱だった。


 しかしその頼みの綱も、切れてしまったようだがな。


 急いで走った努力の甲斐もなく、洞窟の中にあった筈の歩兵機は無くなっていた。綺麗さっぱりとな。


「そんな……」

歩兵機には自動操縦機能が搭載されていてな、最大で3時間だけなら操縦手無しで一人で二動けるんだ。特に正規操縦手に登録した以外の人間が近付くと、見つからないように隠れたりするんだぜ。勿論ダイは正規操縦手として登録してしまってるから、隠れる筈がないがな。

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