第3話 脅迫された。でもオタクで可愛いから許す!
考えてみれば、迂闊な話だ。
歩兵機を発見した時は台風上陸間近で大荒れの天気。
翌日の土曜日も台風が通過して間なしだから土砂降りの大雨。
何も人が出歩かないような天候だったから見つからずに済んだ。運が良かったのもあるだろうけど。
だが3日目の日曜日はどうだ?
久しぶりの快晴でそれまで引きこもらざるを得なかった住人にしてみれば、久々の天気に外へ出ようと言うのは至極当然の事だ。
そこに来て高さ10mそこそこしかない崖の下でドタンバタンと巨大ロボットが暴れてたら……普通気付くな。
例え田舎の、それも人通りの少ない海岸沿いでも、人が来ないと言う事は無いんだから。
しかも謎の最終兵器をぶっ放して崖から転落させかけるってどうよ? ダイの人生も転落しかけたわ。
それがよりによってクラスメートとか、いきなり崖っぷちに立たされたようなもんだな。崖だけに。
まぁなんとか事無きことを得た訳だが、歩兵機はバッチリ見られてしまった。ダイの大事な秘密の歩兵機が。
それからの行動は、まぁダイにしては早いものだった。
まず崖からキャッチしたクラスメートをもう一度崖の上に戻した。それからBダッシュ、ダイの全速力を以ってした爆走ダッシュでその場から逃げ出した。決して特定のボタンを押してダッシュ力を上げた訳では無いぞ。
そのダイの大した事のない全速力が歩兵機に反映されると凄いスピードが出る事に驚いたけど。どんだけ凄いかって言うと、特急列車と競争出来るレベル。
んで、その後の事だが、洞窟に隠すのはダイも不味いと思ったのか、水深が割と深くて岩礁の多いところを見つけてそこに放置した。
隠し場所としては甘いとしか言えなかったが、今のテンパってるダイのメンタルではどうしようもなかったんだろうな。
本当ならまだ昼前の時間帯だから新しい隠し場所を探しに行くのがベストなんだが、如何せんこいつにベストを求めるべきじゃない。
それどころかテンパってたダイは歩兵機をそのまま放置して家に帰ってしまった。おいおい……。
別に乗ってたのがダイって事はあのクラスメートにバレてないんだが、しかしそれを差し引いても自分の仕出かした事の重大さを思い知って流石に怖くなったか。
それから悶々として丸一日が経った。勿論今日は登校日、ダイも学校に行っている。
学校では良く無い意味で色々あるダイだが、それでも学校には行っている。今はまだな。
そもそもこの学校では一度標的にされると不登校になるまで続いて、不登校になったら標的が代わると言うクソ下らない裏の制度が存在する。なんの標的かまでは聞かないでくれ、俺の気が滅入る。
そんな事許されるのかと思うだろうけど、この学校はそれなりに大した進学校でな。そう言う良くない事情は無いと言い張ってもみ消すのが常套手段だから、優等生の面被った奴らは割とやりたい放題なんだな。あーやだやだ……。
それでまぁ殆ど仕方なしと言う形でダイは今日も学校に行っていた。正直、昨日のクラスメートの事も心配ではあったし。
まぁそっちの心配は教室に入ってすぐに払拭されたが。
昨日のクラスメートは普通に教室にいた。それこそ昨日何事も無かったかの様に普通に登校していた。
ちゃんと無事だった事に一安心するが、負い目があるダイとしては気不味いのも確かだ。
「最上君、こっち終わったよ」
そして放課後、こうやって2人っきりになると余計に気不味い。しかし互いの関係上、言葉を交わさない訳にもいかないし。
「あ……うん」
気不味いと言う様子がバレバレのダイは、必死に自分の周辺を箒で掃いて気を紛らわそうとしていた。
何故こんな状況になっているかと言うと、この2人はクラスの美化委員だったからだ。
基本的に誰もやりたがらない委員会の仕事、それも美化掃除の仕事で週3もあるとなったら余程美化意識のある生徒でも無い限りやろうとはしない。
しかし誰かがやらなければならない。その場合、生贄として指名されるのは学生カーストの最低辺にいる誰か。
と言うか標的にされているダイは確定なんだけどな。ただ、委員会は2人1組だから必ずもう1人選ばれる。
そこに選ばれたのが彼女―――日向ハヤセだ。
彼女も同じ学生カースト最底辺の人間だったが、彼女はとにかく影の薄い女子だった。
地味を通り越して存在感が希薄であり目立たないと言うか目に付く事が少なく、気付いたらそこにいると言う感じで不気味がられてる悲しい少女だった。
その結果、付いた仇名が影無し。まるで妖怪じゃねーか。
うら若き乙女に酷い仇名を付けるな!
そんな日向ハヤセと美化清掃に勤しむダイ。ただでさえ女子と一緒と言うのもコミュ障を拗らせてるダイには居心地悪いと言うのに、それが昨日殺しかけた相手だと言うのだから本当に気不味いわな。
それから仕事を終えて帰り支度を始める。帰宅部のダイには美化清掃を終えてからやる事は無い、寧ろ今すぐにでもこの場から離れたいと言うのが本音だし。
「待って、最上君」
なのに何故か呼び止められるし。
美化委員の仕事はこれで終わったし、かと言ってこいつにギャルゲーイベントなんてものが来る筈も無いし、まさか昨日のロボットに乗ってたのがダイだってバレてる訳も無いし、一体なんの用だろうな。
「昨日のロボットに乗ってたのって、最上君だよね?」
「……え?」
……え?
バ、バレてるぅぅぅぅぅ!!?
何故だ!? 一体どこでバレた!?
そもそもなんでバレた!? あのロボットからダイに繋がるものなんてないだろ!?
考えられるとしたら最初から見ていた、だ。
ダイが洞窟に向かうのを目撃して、その洞窟からロボットが出てきた。
その結果だけ踏まえるとダイが乗っていたと言う事は分かる。だがその場合彼女は最初からあの崖の上にいた事になるが、しかし手頃な岩を探してた時彼女はそこにいなかった筈だが。
「声で分かったよ。それに私のこと皆んな影無しって呼ぶから、日向さんって呼ぶ人あんまりいないし」
……声?
……そう言えば呼んでたな、日向さんって。
今思えば、マイクの回線はフルオープンになっていた……ような気がする。
つまり……ダイの声は普通に外へ駄々洩れになっていた。
それでバレたって事か……。
なんて間抜けなバレ方、涙流しながらでも笑えるぜ……。
てかどうするよこれ?
警察沙汰なんてもんじゃねぇぞ?
だって波動砲なんて装備した巨大ロボットだぜ、下手すりゃ国際問題になりかねないぞ。
「……ねぇ、黙っててあげる。その代わり一つだけお願いさせて」
世間ではそれを脅迫と言う。
まぁ、分かってはいたけど。
弱みを握られた時点で詰んだと分かってはいたけど。
同じ学生カースト最底辺同士でも、標的にされているダイの方がランクは下。はなっから上下関係は確立していた訳だ。
あぁ、どんな要求されんだろうな。金とかせびられるのかな。ATMにされるのかなぁ。
「わ、私も……私もあのロボットに乗せて!」
「……へ?」
……へ?
帰宅途中、ダイは歩兵機を回収して再びあの洞窟の前まで戻ってきた。
その洞窟の中に日向ハヤセはいた。
ダイが彼女の前で背を向けるようにして腰掛けてからハッチを開けると
「凄ーいっ! ロボットだロボットだロボットだロボットだロボットだロボットだロボットだぁ!!」
大はしゃぎするハヤセ、そのハイテンションっぷりに別人じゃないかと疑うダイ。と言うか俺も同一人物とは思えないわ。
普段影無しなんて呼ばれる程存在感が希薄な彼女だが、今現在は恐ろしい程存在感を主張してやがる。普段からそうしていろよ……。
下校中(脅迫によって)ハヤセと一緒に帰る事になったダイだが、その間彼女が語るロボット愛をこれでもかと言う程聞かされたが、現物を目の当たりにしたその変わりようは凄まじいの一言に尽きる。
聞けば彼女、ドが付く程の巨大ロボット愛好家でその手のアニメイベントプラモデル等は全て網羅しているガチのロボオタクだった。
このハヤセに比べたらダイなんざチャチなマニアでしか無いな、どこまで行っても半端者かよ。
暫く眼前の歩兵機に感動していたハヤセ、その後は歩兵機の乗り方についてダイに色々聞いてくる。
こうして見ると可愛いJKなんだけどな、普段影無し呼ばわりされるくらい不気味な程ひっそりしてるから全然分からんわな。
絶対今の感じの方が良い、例えオタクでも。
「ねぇ最上君、このロボット名前はなんて言うの?」
「え? ホヘイキ……だけど」
それはこのロボット全般の総称だが、多分ハヤセが聞きたいのは固有名称だから違うと思うぞ。
「ふぅ〜ん……ホヘイキ、かぁ。じゃあ乗って見るね」
ハヤセは我先にと言わんばかりに歩兵機へ乗りハッチを閉めようとしたので、ダイは慌てて歩兵機から降りた。
歩兵機の搭乗には網膜認証やら声帯認証なんかが必要になるんだが、正規操縦手に登録されているダイがハヤセを新規登録したら意外とすんなりクリア出来た。
ちょっとセキュリティが甘く無いかい?
そんな事言ってる間にハヤセは歩兵機を動かした。自ら乗って動かすのと違って傍から見ているのも中々迫力があるもんだとダイは感心してるし。
初めの内はダイと一緒で生まれたての小鹿を演じていたが、意外にも早くコツを掴んだらしくその後はスムーズに動かしていった。ダイに比べてかなり早い。
『凄い凄ーいっ! 私、今ロボットを動かしてるんだ! 夢にまで見たロボットを……きゃはあああ!!』
外から聞く歩兵機のスピーカー越しの声が、何と言うかもう生き生きしていた。
元気溌剌のハヤセさんだったが、気が付けばダイも出来なかった様な体操の大技を幾つも出している。て言うか今の宙返りってシライ3とか言う高難易度の技じゃね?
それを崖の上からまじまじと眺めるダイは、確かにこの位置からだと目立つ事に気付かされた。
ハヤセ程大振りな技はしていなかったが、それでも普通に目立つ。この通りを歩いていたら、或いは車越しだったとしても気付かれる事間違い無しだ。初日はともかく、二日目は本当に運が良かったんだなぁと思う。
ハヤセもその辺は抜かりなく危惧していて、そんな訳でダイに見張りをやらせていた。成る程、理にかなっているな。
『ねぇ最上君、このシステム補助62%って何?』
いきなり例のシステム補助に目を付けたか。
確かに目に付き易いが、わざわざ教えなくてもモニターに表示されるんだがな……ちょっと待て、62%?
ダイってほぼ100%維持だったのに、この女は既に62%だと?
それってつまり半分近くシステム補助に頼らず操縦出来てるって事か?
「62%……」
『最上君?』
「ご、ごめん……システム補助って言うのは―――」
『あっ、やっぱりいいよ。モニターに表示されたから』
「そ、そう……」
手際もいい。最初軽く説明しただけで後はほぼ自力で歩兵機を使いこなしつつある。ぶっちゃけ見張り以外にダイのやることは無かった。
それからは何か格闘技を出してきたけど、なんかその技が飛躍し過ぎていると言うか、昔アーケードの格ゲーでやってた様な技とかで、何も考えずに見てるとリアリティーが無くなりそうな勢いだった。
身体の動きを大袈裟に反映する歩兵機だからこそ出来るのだろうが、同じ素人のダイでは絶対に出来ない様な芸当だった。
はっきり言ってハヤセには才能がある。
操縦技術にしても歩兵機の感受性にも、それらに対する順応性にも明らかに秀でていた。
ダイがダメダメなのもあるが、それを差し引きしても彼女の能力は常人よりも抜きん出ている。それは誰の目にも明らかだった。
まさか影無しと揶揄されてた少女にこれ程の才能があったとはな。最後に地平線へ向けて波動砲を放つ構えも様になってるぜ。
主人公、間違えてねぇか?
それからダイの門限が迫って来たところで今日はお開きになった。
因みにハヤセの家の門限は過ぎていたのだが、本人は全く気にして無い様子だ。意外に図太い……いや、今更か。
「ねぇ最上君、私思うんだけれどホヘイキって歩兵の機体で歩兵機、それってああ言うロボット全般の総称だと思うの。だからあのロボット……歩兵機にはちゃんとした名前があると思うよ」
察しまで良いと来たか。本当将来有望だな。
「そ、そうかな……?」
「うん、明日調べてみるからまた乗せてね」
それだけ言ってハヤセはダイの帰り道とは違う自分の帰路について行った。
また乗せてね、とちゃっかり約束までさせてるし。
はっきり言わせてもらうが女子と放課後2人っきりになれてダイが喜んでるとか思ったら大間違いだぞ。
寧ろダイは不安しか無い、歩兵機を取られるんじゃないかって不安しかな。
やっと自分が特別になれるかもと思ってた歩兵機、だがダイとハヤセを比べたらどちらが相応しいかなんて火を見るよりも明らかな話だ。
だが努力ではどうともならない、彼女の天性的な才能は努力で埋まる様なものでは無い事くらいダイにも分かる。しかもダイは努力より妥協する主義だし。
なら妥協してハヤセに明け渡すと言うのも、しかし今回に限っては壮絶に拒絶していた。
あれだけは特別だ、自分にとって自分だけの特別なのだと、ダイの心の声がそう叫んでいる。
まさに袋小路だ、どうにもならない。
そんな不安の袋小路はその日ダイを寝付けなくさせるまでに続いていたが、しかしそれも翌日のホームルームになると一発で吹っ飛んだ。
まぁ、そりゃそうだよなぁ。
その不安の元凶、日向ハヤセが失踪したなんて聞かされたらなぁ。
不安も失踪するわなぁ。
ハヤセは初乗りでシステム補助62%と言う驚異の数値をたたき出したけど、これがどれだけ驚異かというとな、だいたい平均は85%前後なんよ。だからこれ結構凄いことなんだ。そして常時100%状態だったダイは結構酷いことなんだ。……本当に頑張れ、ダイ!