第2話 歩兵機に乗る時は周りに人がいないか確認しましょう
その翌日は土曜日で学校は休み、あの美人の事はもう忘れてダイは再びあの洞窟に出向いた。
台風は去ったものの土砂降りとはいかないまでも、割と凄い雨量で出るのも億劫になる天候だったが、それでもダイは行かなきゃならない理由が2つあった。
1つはもう一度歩兵機に乗る為、当たり前だろ。
ただもう1つ、ある意味こっちの方が重要なんだがな。
何ってスマホだよ。あの後スマホ回収するのも忘れて歩兵機に夢中だったから、帰る時スマホの事が頭からスッポリ抜けてたんだよな。
因みに門限破って帰った事は、崖からスマホ落として探してたら遅くなったと言う言い訳で通したら割とすんなり許してくれた。こいつ何気に言い訳だけ上手い。
それで暗くなって探せなくなったの体で再びスマホを回収しに向かった。没になったとしても機種変更するには本体を回収しない訳にはいかないからな。
んで、そのスマホだけど、洞窟の前の浜辺ですぐに見つかった。没化して。
まぁそれでダイが落ち込むことは無く、それを回収してからすぐに洞窟へ向かった。そっちの方がダイにとっては重要だったからな。
洞窟に着くとそこには昨日と同じように巨大ロボットこと歩兵機が佇んでいた。
それを目にしてダイは一安心する、昨日のことは夢じゃなかったんだと。
そう思ったら乗り込まずにはいられない。ダイは一目散に歩兵機へ乗り込んだ。
昨日夜中まで四苦八苦したおかけで乗り方は大体理解したから、それからは割と難無く乗れた。だったら後は乗りこなすだけだ。
え? 届出を出すべきだって?
そんなこと言ってたら話続かないだろ。
そうこうしてる間にダイは歩兵機に乗って這い這いしながら洞窟を出る。何度見てもやっぱりダッセー……。
そうして外に出て、ダイは遂に歩兵機を立ち上がらせようといた。
巨大ロボットを立ち上がらせると言うのは中々感慨深いものがあるが、しかしダイはその単純な行為に緊張しまくっていた。
何分身体の動きを大袈裟に反映するものだから下手な動きは出来ない訳よ。それでバランスを取りながら立ち上がるって言うのは結構ハードルが高い。
それでも意を決してダイは歩兵機を立たせる。
まずは片膝を上げて、足を地面―――じゃなく浅い海底に着ける。その瞬間ペダルに、地面か何かの足場に着いた様な感触がダイレクトに伝わってきた。
それからもう片方の足も海底に着け、しゃがんでいる状態からゆっくりと立たせていった。
「わっ」
しかし完全に立ち上がる寸前で、ダイはバランスを崩してしまった。
咄嗟に足を出して踏ん張ろうとしたが、しかしその咄嗟の動作は歩兵機が反映する事を見越したものじゃない。大袈裟になってえらいことになる筈だった。
ところがそうはならなかった。
咄嗟に出そうとした足が緊急ブレーキみたく動かなくなった。かと思ったらその足がダイの意志に反して勝手に―――と言うより操縦席の拘束具に無理矢理動かされた。
その結果、歩兵機はバランスを崩す事無く見事に立ち上がれた。ちゃんと立っていると言う感触が足の裏から伝わってくるから間違いない。
だが、さっきのあれにはダイも違和感を覚えた。
まるで自分の身体が操られて倒れないようにバランスをとった。今のは緊急ブレーキとは違う別物だ。
「な……何だったんだ、今のは? ……え? システム補助100%?」
突然左上の小型モニターにシステム補助100%なる表示が出た。と言うか何だよ、システム補助って?
「何だよ、システム補助って?」
わぉ、シンクロしたぜ。……じゃなくて、マジで何なんですか、システム補助って!?
するとようやくダイの呼びかけに答えてくれたのか、モニターにシステム補助についての詳細が記載された。
[操縦矯正システム]
初心者操縦補助プログラムの一つ。歩兵機の操縦において動作を誤った場合、それらを予測して修正する擬似自動操縦システム。尚システムによる補助を常時発動させる場合は操縦系統に負荷問題が生じる為、負荷限界に達した場合は一定時間の緊急システムダウンを発動する。
「あぁ……なるほど」
なるほどだな、確かになるほどだ。
簡単に言うとこうだ、ダイが操縦ミスをしそうになったらダイを操縦させてミスをカバーする、つまり歩兵機に操縦させられると言う事だ。
操縦する側としてはそれってどうなんだって話だが、操縦の仕方を全く知らないダイとしては有り難いシステムかもしれない。
と、そこである事に気付く。
システム補助について愚痴ったらそれに答えるようにしてモニターに表示された。多分音声認識によるものだと思うが、だったら他にも聞きたいことがあれば教えてくれるのでは、と。
「よし、歩兵機の操縦の仕方を教えて」
ダイの呼びかけに答えてモニターに歩兵機操縦マニュアルが表示された。
まさかの操縦マニュアル、知る由も無かった筈のダイが思いの外こんなに早く辿り着く事になろうとは。
操縦マニュアルの詳細は頭の悪いダイでも分かり易く書かれてあって、しかし膨大な量を全て読み尽くすには至らず大体重要そうなところに絞っても午前中には終わらなかった。
姉が作ってくれたおにぎりで昼食を挟み、午後に入ってから1時間ちょいで漸くマニュアルを読み終えた。
てか昼食のおにぎりがデカい事に少し驚いた。こいつ割と肥満体型なんだから少し控えとけよ。
まぁそれは置いといて、それからは再び操縦の実戦練習だ。
最初は歩いたり軽く走ったりする程度だったが、システム補助の恩恵もあって次第に身体が慣れていったのか飛んだり跳ねたりしたりもして更には側転、バク転、果てはバク宙まで出来るようになった。
運動神経の無いダイがこれ程の事が出来るのもシステム補助あってこそだ。ダイがこうこうこういう事をしたいと思って一歩踏み出せば、後はシステム補助と言う見えない力で出来るように矯正してくれる。
故に体操選手よろしく高度なアクロバットを難無くこなす事が出来る、しかも歩兵機なら操縦してる本人の動作は少しで済むから高い身体能力も柔軟な身体も必要ないと言う訳だ。
なんと便利な……。
ぶっちゃけこのシステム補助があれば素人でも一流とは言わないまでも、三流程度には操縦できる訳から本当便利だ。
それから幾つかのアクロバット技っぽい事を試して、その内幾つかを失敗して地面に叩きつけられた。
どうやらシステム補助にも限界があるようで、あまりにトリッキー過ぎる動きをするとシステムも補助し切れ無いようだ。その辺の匙加減は何回か失敗を繰り返して大体分かった。
あとシステム補助の稼動時間にも限界があるようで、暫く調子に乗って色々やってたら左上のモニターに[システム補助稼動限界]と無くなりつつあるメーターがある事に初めて気付いた。
流石にヤバいと察してその後大人しくしてたらメーターは徐々に回復していってくれたのでホッとする。
いやーアブいアブい。
メーターが無くなったらどうなるか分からんけど、絶対面倒な事になるに決まってる。
そんな訳でシステム補助についてはかなり深いところまで分かった。まぁそこまで深い内容のものではなかったんだがな。
だが、今日はこのシステム補助を調べるだけで終わりのようだ。色々調べていた間に日も暮れてやがる。
そんな訳で歩兵機を洞窟のなるべく奥に隠し、歩兵機から降りた。なるべく奥にしたのは見つからないように、と言うささやかな隠蔽工作だ。
実際誰にも見つかって欲しくないと言うのがダイの本音だ。
たまたま見つけただけの代物だが、これがあれば自分は特別になれる。そう言う期待があったし、それが誰かに取られてしまうんじゃないかと言う不安もある。
それだけダイにとって、この歩兵機は特別なものって訳だ。
まぁ実際そうなるんだけどな、良い意味でも。悪い意味でも。
その翌日は日曜日、台風も完全に過ぎ去って久しぶりの晴れやかな天気になった。
ダイは颯爽と家を出て歩兵機のある洞窟へ向かった。日曜日だと言うのに家族との予定も無く基本暇を持て余しているのが功を奏してる。どうなんだよ、それ……。
因みにスマホの機種変更は後日まで保留、母親の都合で直ぐには無理だったらしい。
それで洞窟についてすぐ歩兵機に乗り込むこいつの楽しそうな顔と言ったら、本当に傍から見てて幸せそうだったぜ。
それで、昨日歩兵機を散々乗り回して動かし方のコツを掴んできたダイは、今日は一転してある事にチャレンジしようとしていた。
ズバリ、手を使う事だ。
腕や脚と違って、手は指の動き一本一本を反映する様には出来てなかった。こればかりはレバー操作になっているが、それもマニュアルを見て大体の動かし方は分かっていた。
後は実戦だ。
グーパーグーパーと手を握ったり開いたりする、これは簡単に出来た。
次にパンチ、そこから掌底、貫手と徒手空拳3種類を試してみる。あと肘鉄も交えていたけど、これは手の動きとは関係ねぇ。
そして次に物を掴む動作にチャレンジ、と言うかこれが一番の難関だと思う。
今までの歩兵機そのものを操るのとは違って、今度は歩兵機を介して物を操ると言う事だからだ。
所謂二重操作、あまり複雑な事は出来ないから単純な作業に留めておかないと。
じゃあまず最初は手頃な岩を掴んでみる。生身のダイではビクともしなさそうな岩だが、歩兵機なら軽々と持ち上がる。
それからその岩を掴んだまま振り回してみたり、今度は手を開いて手の平で転がしてみたり、ポンポンと投げてはキャッチしてみせる。
これにもシステム補助が働いているらしく、ミスらしいミスをすることは無かった。
そして最後にその岩を投げる、メジャーリーグのピッチャーよろしく全力投球。
「あれっ!」
しかし岩は思うように投げれなかった。
おかしいと思ってもう一度岩を拾って投げてみるも、やっぱり思うようには投げれなかった。
「……なんで?」
『照準が定まっていません。網膜照準で固定してください』
また歩兵機からアドバンスが飛んだ。
なるほど、照準か。
確かに照準と聞くと銃やミサイルに限定しがちだが、実際はボールを投げるピッチャーもキャッチャーミットに照準を定めて投げている。その辺ダイは岩を投げる目標を定めてなかったからシステム補助も働かず思うように投げれなかった訳か。
けど網膜照準か、目で追うだけで照準を定められるってまたまた便利なものだなぁ。
網膜照準は一定間同じところを見つめてるだけで固定され、瞬きで固定解除できる優れものだ。確かに一分一秒を争う実戦ではこの網膜照準と言うのは非常に有効だろうな。
それからもう一度投げてみる、今度はちゃんと照準を定めて。
するとさっきまでの失敗がウソのように物凄い遠くまで飛んで行った。
いやまぁ、かなり遠いところに照準を定めていたけど、この投球ならぬ投岩は本当に世界を狙えるようなものだった。ただしこれはダイが凄いわけではない、歩兵機が凄いのだ。システム補助も働いているし。
しかしこれに味を占めたのかダイはもう一度投岩しようとしたが、流石にもう手頃な岩は無かった。
(……なら作るか)
なんか不穏な事を考え出しやがったぞ、こいつ。
大事な事言い忘れてたんだがな、実は操縦マニュアルに目を通していた時なんだがな、この時歩兵機に搭載されている武装関連にも目を通していたんだわ。
この歩兵機に武器らしい武器は装備されてなかった。ライフルだとかソードだとか、そんなものはなかったんだが。
ただ、歩兵機本体に内装されてた武器は幾つかあったんだ。
その中の一つにな、何か名前からして明らかにヤバいだろって言うようなやつが、一つあったんよ。
[波動砲]
どこの最終兵器だよ。シャレにならねぇよ。
まさか国際レベルの被害が出るような事は無いと思うが、個人的な意見を述べると止めた方がいいと思う。
てか止めろー!!!
俺の必死の制止も虚しくダイは波動砲を展開しやがった、あぁ、これダメなパターンだ。
ただ意外だったのは、その波動砲が何処にあったかだな。
波動砲はなんと、右肩の突起にあった。と言うより右肩の突起そのものが波動砲の一部だったんだ。
厳密に言うと右肩の突起は折り畳まれたもう一つの腕だったんだ。
肩が半回転して突起が下にくると展開して腕になり、逆に本来の右腕は折り畳まれて突起になった。
そして新たに出たこの腕には、手が無かった。
手が無い代わりに砲門が付いていたんだ、つまりこの腕全体―――では無く多分前腕部分が波動砲そのものなのだろう。
ならこの腕は、砲腕と呼ぶ事にするか。
「……よし」
よし、じゃねぇーよ。
こいつ完璧に撃つ気でいやがる。
しかも手頃な岩を作る為に崖の面に照準を定めて。
俺知らねーよ。崖崩れとか起きても知らねーよ。
―――ズドォーン!
撃ったー!
スゲー威力、ぱないぜ!!
崖崩れこそ起きなかったが、崖が思いっきり抉れて―――
「きゃあああ!」
って人が落ちてるぅぅぅぅぅ!!?
さっきの波動砲の衝撃で、崖の上のポ……じゃなくて人が落ちた!?
「っ!?」
ダイもそれに気付いて直ぐに飛び出した。これで死んだら波動砲を撃ったダイの責任は免れない。
だから止めろと言ったんだ……。
落ちた人が地面に激突する前に右手―――は砲腕だから無理だし、左手で受け止める。
利き腕と違うからやり難いかと思ったら、そこもシステム補助が働いて難無くキャッチ成功。しかも対象を人と認識してくれたからソフトにキャッチしてくれた。
いやー、アブいアブい。マジでアブい。
危機一髪、とまでは言わないが、それでも結構アブいぜ。
てかキャッチした人、スゲーこっち見てるし。物珍しそうにこっち見てるし。
「……あ、日向さん」
しかも運の悪い事に、そのキャッチした人物はダイの知り合い……つーか、クラスメートだった。
どうすんだ、これ?
システム補助の稼動率100%ってあるけど、あれってつまり100%歩兵機操縦させられてるって事なんだな。これを徐々に減らしていって最終的に0%、システム補助に頼ることが無くなったら一流として認めてられるんだ。頑張れ、ダイ!