表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

 帝国軍に入ったばかりの私マレイは、戦闘の師匠である青年トリスタンと、基地内の食堂で昼食をとっている。訓練を終えての昼食なので、食が進む。


 今日の昼食は、いつもよりがっつり系だ。


 牛肉入りスープにガーリックパン。厚いハムが山ほど乗ったハムサラダ。そして、羊肉ステーキの甘辛ソースがけ。


 ……とにかく、肉ばかりである。


「マレイちゃん、何か話題とかある?」


 サラダの上に山積みになったハムを一枚一枚食べていると、トリスタンが唐突に言ってきた。

 いきなりどうしたのだろう、と思いつつ返す。


「どうしたの? いきなり」


 すると彼は、美しい青の瞳を輝かせる。


「何か、マレイちゃんが喜ぶような話ができればいいな、と思って」


 彼の瞳は海みたいな深みのある色をしている。単色ではない。いくつもの色を混ぜ合わせたような、味のある自然な色味だ。


「えぇと……」


 私は困ってしまう。いきなり「話題」などと言われても、何も思いつかない。急に、というのは苦手なのだ。どちらかというと、考える時間が欲しいタイプである。


「何かありそう?」

「……しりとり、とか」


 言ってから、内心後悔した。何の繋がりも無く突然しりとりだなんて、馬鹿らしいと思われるかもしれない。


 だが、トリスタンは意外にも、「いいね」と言ってくれた。

 その表情を見る感じ、気を遣って言っているといった感じではない。


「じゃあ早速。僕から始めていいかな」


 何やら妙にやる気だ。


「えぇ」

「それじゃあ……帝国軍」


 て、い、こ、く、ぐ、ん。


 そんな風に一文字ずつゆっくりと発するトリスタン。


 聞こえやすいように言ってくれるのはありがたい。ありがたいのだが、最後が「ん」になってしまっている。これではいきなり終わってしまう。

 非常に言いづらいが、勇気を出して、私は指摘することにした。


「ちょっと、トリスタン」

「ん?」


 子どものような純粋な目でこちらを見てくる。


「それじゃ続かないわ。しりとりは最後が『ん』だと終わるのよ」

「あ。本当だ、ごめん」


 恥ずかしそうに笑みを浮かべるトリスタン。

 視線はこちらだが、両手はガーリックパンをちぎっている。素手でそんなにしっかり持っては、指がガーリック臭になってしまいそうな気がする。


「それじゃあ、化け物」


 ……そんなところ?

 まあ、いいだろう。『ん』で終わらない単語なら問題はない。


「飲み水」

「ズボン下」


 トリスタンが、一口サイズにちぎったガーリックパンを、さりげなく口へ入れていた。食欲をそそる独特の香りが辺りを包む。


「えぇと……『た』よね。た、た……」


 私は『た』から始まる言葉を考えながら、ハムをちまちまと食べる。ほどよい塩味が、訓練で疲れた体にじんわりと染みわたっていく。


「たき火!」

「おぉ、良いね。暖かそう」


 一体何のコメントだろうか。


「美少女、で」


 なぜそんな言葉が出てくるのか、いまいち理解できない。トリスタンが思いつく言葉は、何とも言えない独特さがある。


「それは『よ』か『じょ』かどっち?」

「特に希望はないかな。マレイちゃんの好きな方でいいよ」


 ガーリックパンを数回に分けて食べたトリスタンは、牛肉入りスープへ意識を移している。


「なら『よ』でいくわね。欲望」

「意味深だね」

「トリスタンに言われたくないわ」

「ま、そっか」


 スープを飲みながら、トリスタンは楽しそうに笑った。


「海」

「いいわね! 海は好きよ!」


 十歳からこの前まで、私が暮らしていた街は、海の近くだった。真っ青な海原には、いつも心を奪われていたものだ。


「みー……ミカンジュース!」

「健やか」


 それはありなのだろうか。

 多少疑問だが、細かいことまでとやかく言う気はないため、そのまま進めることにした。遊びなのだから、少々おかしくとも問題はないだろう。


「貝殻」

「それじゃあ、来週」

「歌!」

「マレイちゃんらしい良い言葉選びだね」


 しりとりは続く。どこまでも続く。


「じゃあ、たらいで」

「何それ……。いかだ」

「だるま」


 トリスタンはスープの中の牛肉、私はサラダの上のハム。

 それぞれ、淡々と食べていく。


「枕」


 私がそう言った瞬間、トリスタンが驚きを露わにする。


「えっ! マレイって言わないの!?」


 何かミスをしてしまったかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。


「自分の名前なんて、言いづらいわ」

「そういうもの?」


 トリスタンはきょとんとした顔で首を傾げた。


「とにかく、枕!」

「そうだった。えっと……、ラブリーマレイ」

「はい?」


 耳を疑ってしまった。

 いきなり何を言い出すのか。わけが分からない。


「ラブリーマレイ、だよ。ラブリーなマレイちゃんのこと」


 トリスタンは穏やかな声色で説明してくれた。


 彼は恥ずかしげもなくそんな珍妙な単語を言い放ち、曇りのない瞳で私を見つめている。普通なら少しくらい恥じらいそうなものだが、恥じらっている様子は微塵もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ