聖女は覆水盆に返らずと知る
この回はストーリー上の演出とはいえ人によっては不愉快な表現があると思います。ご気分を損ねましたら申し訳ありません。
それから15年後
王国に激震が走りました。
ある日夫である勇者が遠征で死亡したのです。
相手は魔王でした。
魔王はあの時死んでいなかったのです。倒されたように見せかけ、封印され眠りにつき力を蓄えて再誕したのです。
勇者はその時簡単な魔獣退治の任務と言われ、油断して軽装と安物の剣で赴いたのですが、そこに力を蓄えている魔王がいたのです。
それは偶然な出会いでした。まともな装備もなく、有能な部下もろくにいない勇者は突如現れた魔王に抗えず、あっさり戦死しました。
そして唖然としてその場を見ていたお供の兵士を無視して、魔王はいずこかへと飛び去っていったのです。
だが異変はそこだけでは終わりませんでした。むしろ始まりでした。
勇者が死んだと同時に私たちは目の前が真っ暗になり、気絶。
目が覚めた時、王宮の魔術師から説明を受けたのです。
私達が勇者に洗脳されていたことに。
勇者には勇者の力と別に洗脳の異能があったのです。
そして私達は好きでもない男を愛し、好きな男を嫌うように操られていたと知りました。心が15年前に戻った私たちは愛するナイルをこれ以上ないほどに傷つけて捨てた事実に、嫌いな男に何度も抱かれ、子供を産んでいたという事実に発狂寸前まで心を乱しました。
恋人である私はもちろんのこと、
心を許し、唯一信頼できる異性として慕っていたミレイ。
血がつながらずとも世界一大切な家族だといって惜しみない愛情を注いでいたメルンさん。
一人っ子でナイルを実の兄同然に慕い、甘えまくっていたモモ。
私達は暴れ、叫び、泣き叫びました。狂って何もかも忘れた方がどんなに楽だったでしょう。
しかし、この英雄の資質か大人になった影響か、荒れる心は壊れることなく耐え切り、4人で傷を慰め合うことで正気を保つことができましたが、それ以外の方が悲惨でした。
魔王討伐後のこの15年、あのクズ勇者は能力を使い、私達以外の大勢の女性を手にかけていたのです。
本来止めるべきである立場の妻である私たちはそれを知っても咎めもせず、「あなたの魅力を私達だけで独占するなんてもったいないわ。是非他の女性にもこの素晴らしさを教えてあげて下さい」と常軌を逸した思考をして、笑顔で下種な行為を推奨するくらいでした。
その結果、能力が解けた時、被害者の女性が多数荒れ狂い、自殺する者も出るという大惨事となったのです。
そんな勇者を選んで好き勝手にさせた国に民衆から怒りの声が上がりましたが、魔王の再誕という世界的な非常事態にみなはひとまず怒りを抑えるほかありませんでした。ですが、それは抑えただけ。消えたわけではないのです。
国が混乱する中、国が慌てて神託を受けると、次の勇者はなんとあのナイルでした。
ナイルは人里離れた小村で暮していることがわかり、そこに使者を派遣し、説得し、勇者として力を貸してほしいと国から正式に依頼をしたのです。
私達は震え、怯えていました。あれほどのことをして、しかも憎き男の子供もいる身でナイルに今更どんな顔をして会えばいいのか?どうすれば許してもらえるのか?私たちは生きた心地がしないまま断罪の時を待ちました。
しばらくしてナイルが王宮に登城しました。私達は元英雄にして知り合いということで王と共に謁見の間にて同席させてもらいました。
久しぶりのその姿を見た時、私も皆も一様に見惚れてしまいました。かつて優しげな眼差しは鋭く厳しいものに変化しましたが、それを差し引いても、とても凛々しく、雄々しく、美しく成長した理想的な美男子がそこにいたからです。一瞬、今までの境遇を忘れ、心が15年前に戻ったかのように心がときめいてしまいました。
ですが、ナイルの傍らには神々しいまでの美貌をもった白磁色の肌をした女性のエルフと褐色の肌をした美少年がいました。
エルフの女性は付き添いらしいですが、褐色の少年は今代の剣の英雄です。珍しく英雄の里以外からの英雄だそうです。
王との話の中で、ナイルはそのエルフの女性と結婚し、褐色の少年を弟子に取ったことを知りました。ナイルに相手がいると聞き、ショックな私達。
しかし、すでに10年以上前に結婚して子供もいる私達が何を言えるのでしょう?
ナイルは王のそばに控える私達を一瞥ともしないで、王と話をして、しばしの交渉の後「魔王が暴れては妻や友人たちの故郷も危ないしな。受けさせてもらう」と魔王討伐を受領したのです。
さっさと立ち去ろうとするナイルに、慌てて王はナイルを呼び止め、私達を同行させると指示を出しました。元とはいえ英雄の力は魔王の討伐に必須だからという理由で。
王の本心は分かっています。かつて無能英雄扱いされ、この国の忠誠心が皆無なナイルが逃げ出さないよう監視するためと、昔馴染みである私達と仲直りさせ、この国に勇者を囲おうとするためでしょう
正直、王も国のこともどうでもいいですが、ナイルと仲直りするきっかけができるなら、願ってもないことです。私たちは二つ返事で了承しました。すでに妻がいても関係ない。せめて、この旅で仲直りするのだと胸に誓いました。
しかし、それがいかに甘い考えだったか私たちは知ることになります。
王との会話が終わり、自由となった後すぐに私たちはナイルに駆け寄り、謝罪をしましたが「もういい終わったこと」とあっさり言われました。
私達は歓喜しました。許してくれた!ナイルは昔通り優しいまま!また昔の関係に戻れるんだ!と。
だが、旅を始めるまでも、旅の途中もナイルは私達に一向に話しかけたりはしませんでした。私達から話しても生返事や簡潔な返事で会話が一切成り立ちません。
ある日、旅先でナイルが席を外したとき、白いエルフの女性が不愉快気に声をかけてきました。彼女から声をかけてくるのは初めてでした。
「貴方たち、前から思っていましたが、何勘違いしているんです?聞いていますよ。貴方達の仕打ちを。そこまでひどい扱いをして、裏切って別の男と愛を誓い、子供まで産んでおいて、今更なかったことにして仲直りできるとでも?ナイルは貴方たちを許したんじゃないんです。関心が無いんですよ。もうどうでもいいんです」
私達は絶句しました。
「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」と誰が言った言葉でしょう。
そう、ナイルは私達を嫌っても憎んでも恨んでもいない。ただ私たちは彼にとっていない存在、路傍の石のようになっていただけだったのです。
それから私たちはナイルの干渉を抑えるようになりました。ナイルは妻達や他の人とは朗らかに接しますが、私達にその愛情も友情も向けることは一切ありませんでした。きっと、今この場で私達がいなくなっても、倒れても、ナイルは何も気にせず旅を続けることでしょう。
さらに辛いのは夜です。
ナイルと奥さんは数日に一度は愛し合っていました。2人は私達が傍にいて、声も聞こえる環境だと知っても、無視して行為を続けました。
愛する男と知らない女性の行為の声と音を延々と聞かされる。皮肉にも勇者によって散々開発された体が、愛する男を傍にして本能的に求めて疼きはじめました。解消されない狂おしいまでのもどかしさと渇望はまるで拷問のよう。でも、誰も文句は言えません。これはかつて私達がやっていたことなのですから。
その後、結論を言うと魔王はあっさり倒せました。
魔王は以前より強かった。しかし、ナイルと奥さんたちは私たちなどいらないくらいに強かったのです。
ナイルの剣技は凄まじく、白エルフの奥さんは私とミレイ以上の回復・攻撃魔法を使いこなし、褐色の肌の少年は無数の武器を使いこなし、モモ以上の精度と破壊力を持った矢を無数に放ち、ナイル並みの剣技でメルンさんの盾が不要なくらいに攻撃をさばき、弾き、いなし、また周囲を薙ぎ払う。
その強さの前に強化されたはずの魔王はなすすべもなく、今度こそ完全に消滅しました。
結局、私たちは何もしなかった。いやできませんでした。
元よりこの15年、英雄の力を使わず、あの男の女として堕落しきった私たちの英雄の力は衰えていたのです。なので魔王戦だけでなく、この旅で私達がやったのは一般兵でもできる雑魚一掃だけ。大事な闘いのほとんどはナイルたちがやったのです。
ナイルは魔王を倒したときに出た魔王核という魔石を取り出し、私に放り投げると初めて話しかけてくれました
「手柄は全部やる。これで依頼は達成した。伝えたとおり二度と俺らに関わらないよう王に伝えてくれ」と。そして3人はいずこかへ去って行きました。
慌てて追いますが見失い、私たちはなすすべもなく、4人のみで王都に帰ったのでした。
城に戻り、私達の報告を聞いた王は顔をしかめましたが、魔王を倒しただけでもよしとすると納得し、次の命令を下しました。
数日後
私達は国民の歓声を受けていました。
国民達は「魔王討伐は勇者と私達英雄が倒した。勇者は困った人を助けるための旅を続けていなくなったが、共をして活躍した英雄はここにいる」と説明されていました。
王の提案を私達は反対しました。それはかつての時と同じナイルの手柄の横取りに他ならないと。
しかし、王は国民を安心させるためだと主張し・・・本音は勇者に見限られたなど体裁が悪く、ただでさえ広まった悪評を悪くしないためでしょう、結局私たちは強引に押し切られ、やってもいない魔王討伐の賞賛と絶賛の声を浴びることになったのです。
だが、そこに以前ほどの熱狂はありません。知っているからです。前勇者の行為を。罪もない女達の人生を大勢狂わせたことを。
前勇者は死んで怒りのぶつけ先が無い。その怒りの矛先は勇者を召喚した国であり、その妻である自分達に向かっていました。騒ぐ民衆の中にぞっとする眼で見つめる者が大勢おりました。
余りに苦しく・・・みじめでした。
愛する男からは見限られ、他の女性との行為を見せつけられ、何も言えず、あげく討伐も、何もせず移動し、何もせず見て、何もせず帰っただけ。
それなのにやってもいない称賛を受けて、笑顔で返すなどと・・・しかもやってもいないことで憎まれ嫌われるなど。他の3人を見ると笑顔ですが、手を震わせ、握りしめています。皆も同じ気持ちだったのです。
お披露目が終わった後、私たち4人は私の部屋に集まりました。皆こんな心境で一人でいたくはなかったのでしょう。私も同じ気持ちでした。
誰も何も話さず、うつむく中、妹のミレイがぽつりと声を発しました。
「私達の人生ってなんなの?これから先何の意味があるの?」
皆が避け続けた問いをミレイは破ったのです。
その言葉を皮切りにミレイは次々と呪いを、怒りを、悲しみを、不条理を吐き続けました。
「なんでこうなったの!?英雄に選ばれたから!?こんなんだったら!なりたくなかったわよこんなの!」
「勇者とか言う好きどころか不愉快な男に操られ、初めてを奪われ、何度も抱かれて、子供を孕まされ、子供を産んで!正気に戻ったら15年後でクズの未亡人でそんな奴の子を産んだ母親になっているって!何の冗談よ!あげくクズのしでかしたことで私達まで嫌われ者よ!」
「しかも大切な男を傷つけて、苦しめたのに謝罪も許されない!相手は美人の奥さんと一緒に幸せな生活して!私達はゴミ以下のいない人間扱いよ!・・・私、他にもやりたいことあった!夢があったのに!たくさんしたいことあったのに!この年まで生きて覚えたのはクズの喜ばせ方だけ。今更、今更こんな環境や状況じゃ、何もできないわよ!!」
「あなたには子どもがいるじゃないですか?ふざけんじゃないわよ!何も知らないくせに!15年以上も意思奪われて好き放題されたことあんの!?人生台無しにされたことないのに勝手なこと言うんじゃないわよ!?だったらあんた育てなさいよぉぉ!」
「この後は嫌われながら、憎い男の子供を育てて、世話して、おばさんになって、お茶飲んでお喋りして死んでいく。それだけの人生よ!クズのためだけに生きて死ぬ人生よ!これに何の意味があるのよ!私達が何したって言うのよ!!何でよ!何でなのよぉぉっぉぉぉ!!やだよぉ!戻りたい!昔に戻りたいよぉ!!」
ミレイは号泣して崩れ落ちました。ミレイの言葉は私達に深く刺さりました。
私達はまだ30代半ば。その気になれば、まだいくらでも頑張れるし、何でもできるという人もいるでしょう。
ですが、私たちは顔を知られ過ぎています。国民からはクズの仲間と思われています。私達には全員産んだ子供もいます。実家の里との関係は何年も前にこちらから一方的に断ち、帰る場所もありません。何より、今は英雄の能力はほとんどない上、術の影響かこの15年間で覚えているのはあの男に媚びることと、悦ばせることと、最低限の仕事だけ。
つまり、体は30代でも英雄の力は絞りかすしかなく、年相応の知識や経験はほとんどない子持ちの女で、犯罪者の親族として大勢に顔を知られ、憎まれ、周りは敵はいても味方はいない。それが今の状態なのです。
それに、この15年間、あの男に子供よりあの男を優先するよう愛情の方向性を歪められたせいでしょうか。いかな非難を受けようが、蔑みを受けようが、言わせてもらうと、目が覚めた今でも、もう自分の子供なのに愛情も関心もほとんど感じられないのです。
でも、だからと言って捨てることなどできません。それでも愛情はなくても私達は母親としての義務があります。
もう愛する者も夢も希望も時間も失い、あるのは愛してもいない憎き男の子供と育てる義務だけ。他にできることは少なく。実質、今後の人生はあの男のために時間を浪費する人生なのです。
今まで心の痛みに耐えてきましたが、ミレイのその言葉が限界でした。現実を、未来を認めた瞬間、何とか堪えていた私の、私たちの心の柱は重さに耐え切れず・・・ぽきんと折れたのです。
翌日、モモが自害しました。
遺書に「最低の人生だった。英雄などなりたくなかった」とかつての明るい彼女に似合わぬ怨み言を残して。
数日後、メルンさんが俗世の全てを捨て修道院に行くと私達に告げました。
かつて朗らかな笑みを絶やさなかったメルンさんは一切の感情を失った顔で「これからは神に祈り、問いかけることで人生を終えます」と旅立ちました。引き止めましたが無駄でした。
ちなみに子供のことはお願いしますとだけ一方的に託され、自身の子なのに一切の名残惜しさも関心も寄せていませんでした。
1週間後、ミレイが失踪しました。
「やりたいことがあります。私の全ては姉さんに差し上げます」という書置きだけ残して。
こうして私は一人になりました。もう空っぽでした。あっさり義務を放棄し、勝手に逃げ出した皆を恨む気持ちすらありません。私がここにいるのは何もする気が無く、死ぬ理由が無いから残っただけ。
結局、残った私は彼女らの子供は引き取りました。
先ほども述べましたが、もはや私に子供への愛情はありません。自分の子供にもあのクズの血が混じっているだけで愛情を抱けません。
でも友人の残した遺産でもあります。ですので、独り立ちするまでは育てることにしたのです。
それから20年経ちました。
それまでの大きな出来事はなんといっても。王国の滅亡でしょうか。
今から10年以上前に王国はクズ勇者の遺恨が根深く残り、小さな反乱が多発。国力は衰退し、クズに奥さんや恋人を寝取られた王宮関係者達の裏切りが決定的となり、他国にあっさり併合。国王はじめ王族は全員処罰されたのです。クズ勇者と関係ない、まだ小さな子もいたのに・・・。
併合時にはクズ勇者の家族である私と子供達も断罪せよという意見もありましたが、皮肉にも何もしていない“2度の魔王討伐”の功績が認められ、私たちもまた被害者ということで恩赦。食うに困らない程度の家と資産が与えられ、何とか生き延びることができました。
その後、みんなの子供たちは成長し、独立しました。
しかし、何名かは好き勝手に生きていて、あまり良い評判は聞きません。
親から見捨てられた環境と愛情を持って育てなかった私の責任かもしれませんが、子供も「偽物の母のくせに母親面するな」とか「あんたのせいで悪い噂が立って私達はうまくいかない」と、私を嫌い、わがままで自己中心的で自らを省みない性格に育っていきました。
ありていに言って私とは全員仲が悪かったです。ですから、悪評を聞いても一切関心がありません。
それでも育てきったのはいなくなった友人たちへの友情と同情と義理があったからです。でも、もうそれも終わりました。
その後の私は何をするのでもなく、ただ毎日空虚に過ごしておりました。
そんなある日、自宅の机の上に見慣れぬ一通の手紙が置いてあるのに気が付きました。不審に思いながらもそれを見た瞬間、目を疑いました。その中身には簡潔に「会いたい」という文章と指定の場所と時間と、出奔して行方不明だった妹ミレイの名前が書かれていました。
指定の時刻に人気のない場所に行くと一人の女性がいました。
「久しぶりね・・・姉さん」
私は眼を疑いました。一瞬、目の前の女性がミレイだと認識できませんでした。
そこには腰が曲がり総白髪となり、顔に深いしわがたくさん刻まれた老婆がおりました。
すでに小じわもある中年の私ですが、ここまで老けてはいません。でもミレイの面影が残っており、家族で姉である私だからミレイは本物と本能的に信じることができました。
それは20年ぶりの再会でした。
呆然とする私に、ミレイは苦笑しながら話しかけてきました。
「驚いたでしょう?この姿。聞きたいことや恨み言もあるでしょうけど、その前に姉さん。私は大事な話をしにきたの」
一呼吸おいてミレイは爆弾を投げつけてきました。
「過去に戻って、人生をやり直す魔法を開発したわ」
「過去に…戻る?」
思考が止まりました。そんなことできるわけがない。
「厳密には自分の記憶を昔の自分に移す魔法だけどね。これを使って、あのクズに操られる前に戻って、このくだらない人生をやり直して」
「やり直す?人生を?」
「そうよ。姉さん。やり直すのよ!全てを!」
眼をぎらつかせるミレイに、正直ミレイは狂ったのかと思いました。
それほどありえないこと。魔法を少しでも知るならば全否定するであろう魔法を、常識を破壊する魔法をミレイは開発したというのです。でも、私は妹の、ミレイの眼が正気で本気だとわかってしまいました。
「ほ、本当なのね?分かったわ。それが本当なら願ってもないわ。もし万一何かあってももうこの世界に未練はないしね。2人でやり直しましょう」
だが、ミレイは悲しげに首を振りました。
「残念だけどそれは無理よ。姉さん」
「え?」
「送れるのは一人分だけなの」
「な、何を言っているの!?一緒に行きましょうよ!」
「見てわかるでしょう?私がこんなに老いたのは、魔力を使い切ったから。この魔法は膨大な魔力を使うの。それを溜めるためにこの20年以上、それでも足りないので生命力も使って魔力を溜め続けたの。それでようやく1人分。私の分は無理。そして今の私はもう抜け殻。生命力も魔力もない、もって1か月足らずよ」
ミレイは何度私を驚かせるでしょうか。
「そ、そんな嘘でしょう!?」
「本当よ。でも姉さんが過去を変えて幸せになれば、私はそれだけで救われる。だからお願い姉さん。本当の幸せを掴んで!」
「だったら、ミレイ。貴女が行けばいいじゃない!」
「無理よ。姉さんに大魔法を起動させられる?魔力が潤沢なら他に手段はあったかもしれないけど、今の状態だと私は送る役で決定しているの。だから、姉さんしかいないのよ」
「ミレイ・・・」
「私のことはもういいの・・・じゃぁ時間はないから大切なこと伝えるわね。あと、あのクズ勇者の洗脳能力を防ぐ方法も教えるわね。あれは準備さえすれば防ぐことは可能よ」
その術は過去に戻っても今の物は持って行けない。だから知識こそが最重要になるということで、私は半月の間ミレイから不測の事態に備えて、あらゆる方面の知識のレクチャーを受けました。
20年ぶりの再会、それもあと少しで離別するというのに、時間が無いミレイのために私は感傷的な会話を一切せず、ひたすらに勉強をして、あらゆる知識を詰め込みました。
そして運命の時が来ました。
空き倉庫の床に理解できないほど複雑で巨大な魔法陣に、いくつかの儀式用の魔具が規則的に配置され、その中心に私はいました。
「これから呪文を唱えるわ。姉さんはあの日、勇者と会う前の時のことを、私たちの故郷を強く念じて」
「分かったわ・・・ねぇ、ミレイ。これでお別れなのよね?」
「そうよ。ここで儀式を止めても私は回復することもない。しばらくした後に死ぬ。何をしても死ぬ。それは変わらない。だから、姉さん。戻って昔の私をその分可愛がってね」
私は無言でミレイを、あの元気で愛らしい姿が微塵も感じられない枯れ木のように細く乾燥し老婆となった妹を抱きしめました。
私が子育てをして、大変だと口先だけ嘆いていた間にもこの20年ミレイは文字通りわが身を削って何倍も大変な思いをしながらも、ずっとこのためだけに動いていたのです。無為に時間を重ねただけの自分の愚かさに涙が止まりません。
「もう、姉さん。いつまでも泣かないで。時間よ。この時間帯を逃すと成功率が下がってしまうわ」
その言葉に渋々、魔法陣に戻る私。
ミレイの詠唱が始まりました。
不思議な韻の詠唱が流れる度に魔法陣が、魔具が光りはじめます。私は見惚れていましたが、すぐに昔の思い出の場所と時間を思い描きます。
そして魔法陣がひときわ強く発光し・・・
「成功よ。姉さん昔の私によろしく・・・」
「ミレイー!!!!」
全てを成し遂げた満ち足りた・・・だけど空虚なミレイの笑顔に私はたまらず声をかけましたが、魔法陣からの光の奔流にのまれ私の視界は真っ白になって、謎の浮遊感に襲われ意識を失いました。