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聖女が、慈しまれるまで

作者: 黒杉くろん
掲載日:2017/08/02

※あとがきにイメージイラストを追加しました



とある王国に、アリシアという誰もが見惚れるほど美しい聖女がいました。

清らかな白金の髪に、海のような碧眼。

白くほっそりした手を組んで祈りを捧げる様子は、天使様そのものだと言われていました。


アリシアはいつも大忙し。

争いがおきたと聞けば、民を諭すために遠くに馬車で出かけます。

神様に祈りを捧げるために、歌の練習を欠かしません。

豊穣の舞いも完璧に美しく踊ります。


優雅に立ち振る舞い、いつだって優しい笑顔と声を届けます。

これを、毎日毎日毎日毎日毎日。


ゆっくりと眠る暇なんてありません。

アリシアほどの素晴らしい聖女は、この世にひとりきりなのですから。

アリシアは疲れ切っていました。


(いつか、ひとりきりで静かに過ごすことが私の夢なの)


胸の内に、ささやかすぎる願いを秘めていました。

いえ、聖女がひとりきりになることなんて、強欲とも言えるほどの莫大な願いなのかもしれません。


アリシアは16歳になり、成人を迎えました。

たくさんの男性から求婚を受けます。

みんな、この時を心待ちにしていたのです。


アリシアは笑顔でいつものように対応しようとしました。

でも、美しい笑顔を浮かべるほどに、目の前で男性たちがお互いを牽制して喧嘩になるのです。

一見にこやかな男性も、腹の中には黒い願望が蠢いているのを、聖女の目で見ていました。


ついにアリシアは言いました。


「私がこの王国にいると、争いの火種となってしまいます。

聖女として、それは見過ごせません。

森林の中の塔で、ひとりきりで、神様にひたすら祈りを捧げさせてください」


聖女として、とまで言われると、信仰深い人々は頷くしかありませんでした。

こうしてようやく、アリシアは願いを叶えられたのです。


*


森林の塔で暮らし始めたアリシアは、幸せでした。

生を謳歌する鳥の声で目覚めて、きれいな森の水で顔を洗い、自分のために洗濯をします。

それから日中はひたすら神様にお祈りします。


もともと聖女になれるほど信仰深かったアリシアですから、祈り続けることは苦ではありませんでした。

民衆に届けるための大声ではなく、鳥のさえずりに似た小さな声で可憐に祈ります。


そして夜を迎えて、ぐっすりと眠りました。

朝になって目を開けると、世界がきらめいて見えるほど、この生活は素晴らしいものでした。

そうして、数ヶ月が過ぎました。


「たまには、歌を歌おうかしら」


アリシアの声が、風に乗って森に響きます。

すると、こんこん、と窓を叩く小さな音がしました。


まさか、こんなところまで登ってくる人間はいないでしょう。


アリシアが警戒しながら、おそるおそる窓を開けてみると、


「まあ、なあに……?」


ころりと果物が置かれています。

熟した桃でした。


あたりを見回すと、なんと塔の天井に小柄なドラゴンがとまっています。


「あなたが下さったの?」


ドラゴンは頷いてみせました。

アリシアはとても久しぶりに、誰かに対して、心からの微笑みを浮かべました。


(神様から力をいただく聖女となった私には、もう食事も必要ないのだけれど)


桃はアリシアの喉を甘く潤しました。


*


それから、アリシアとドラゴンの交流は続きました。

一日一回、ドラゴンが何かしらの果物を持ってきてくれるのです。


ある日は林檎、

ある日は梨、

ある日は鈴生りのさくらんぼ。


アリシアは自然の恵みを、神様とドラゴンに感謝して、すべて美味しくいただきました。


聖女が穏やかな気持ちで祈りを捧げるので、森林には以前にも増して多種多様な果物が実り、とても豊かになっていました。


「あなたに触れてもいいかしら」


ある日、アリシアは聞きました。

ドラゴンが頷いて、窓辺に降りてきます。


羽ばたきによる風が、アリシアの髪を揺らして、ドラゴンは眩しそうに目を細めました。


「あなたって大きかったのね」


アリシアの体をすっぽり翼で覆ってしまえるほどもあります。

アリシアは優しい手つきで、ドラゴンの頭を撫でました。


「冷たくていい気持ち。土色の鱗がとてもキレイ。あなたはきっと大地に愛されているのね」


ドラゴンが嬉しそうに喉を鳴らしました。


*


またある日、アリシアは鳥たちの喧騒で目覚めます。

いつもと違って、よくない予感がする朝でした。


遠くから、多くの人々が歩いてくる足音がします。

アリシアは塔の扉に鍵をして、一番高い部屋の窓から、下を見下ろしました。


なぜか、色とりどりの制服を着た軍隊が、アリシアを訪ねてきたようです。


「どうなさったの?」


尋ねると、


「聖女アリシア様、とつぜんの訪問をお許しください。

この森にドラゴンが住み着いたようなのです。

あなたのために、危険なドラゴンを討伐しにやってまいりました」


アリシアは目を丸くしました。

人々の黒い思惑が透けて見えます。


(ドラゴンを倒して、聖女様に気に入られて、結婚したい。

この森は驚くほど豊かになったので、自分たちの国も豊穣に恵まれるだろう)と……。


訪れたのはさまざまな国の王子たちで、それぞれ「自分のために」この森にやってきたようです。


アリシアが「ドラゴンは危険ではない」と説いても、まるで耳を貸しません。


「人の言葉を知らぬケダモノにまで、聖女様はご慈悲をかけていらっしゃる。

とても尊いことですが、だからこそそんなあなたを守りたい」


自分勝手に嘯(うそぶ)きます。

言葉を持たないドラゴンのほうが、なんて誠実なのでしょうか。

アリシアは泣きたくなりました。


昼前になり、いつものようにドラゴンがやってきます。

みんな我先にと、弓矢を空に向けました。

驚いたドラゴンは、持っていた桃を落としてしまいました。


アリシアが涙を拭いて、神に祈りを捧げはじめます。

いままでで一番強く、清らかな声で、愛を込めて。


ーーすると、どうでしょう。

放たれた弓矢は、白い炎に焼かれてしまいました。


そしてドラゴンは光に包まれ、なんとも美しい若者に変身しました。

白金の衣を纏い、まるで神様のようです。


恐れおののいた人々は、頭を地にこすりつけてひれ伏しました。


「大切なものを守るときに、聖女の力は発揮されます。

このドラゴンは私の大切な存在なのです。

神様もお認めになりました。

なにも心配することはありません。

私はここで、この方とともに暮らしていきますので、立ち去ってください」


アリシアは若者を手招きします。

若者はすんなりと、アリシアの隣に降り立ちました。

背中に生えたドラゴンの翼で、そっとアリシアを包みます。


寄り添う二人は輝くように美しく、どのような人間も敵わないでしょう。


軍隊はしょんぼりと帰って行きました。

それぞれの国にこの時の話を持ち帰ったので、もう人々が森に踏み入ることはありません。


アリシアは隣を見上げて、微笑みます。


「あなたを人の姿に変えて、驚かせてしまってごめんなさい。

でも、ずっと求婚してくれていたでしょう?

私のことを考えて、一番美味しい熟した果物を届けてくれていたもの。

ドラゴンは求愛のために、宝物を捧げるのよね」


若者の目が柔らかく細められます。


「そう。君の歌声に魅せられて、姿に一目惚れして、やがて存在を愛したんだ。

今、とても幸せ。

一番美味しい果物は捧げたけれど、かけがえのない宝物が手に入ったから」


「まあ」


アリシアはうっとりするほど美しく微笑みました。


*


アリシアは森で幸せな日々を送ります。

ずっと、ずっと、生涯幸せでした。


「ひとりきりが一番だと思っていたけれど、想いやってくれるあなたが側にいてくれる今が最高に幸せよ」


若者と手をつなぐと、温かさにほっと表情を緩めます。


「たくさんの人に必要とされる昔よりも、ひとりぼっちよりも、愛する人との生活は素晴らしいものなのね。

きゃあっ」


ドラゴンの若者が、アリシアを抱きしめて頬ずりしました。

20年生きた彼はまだ子竜だったので、仕草がどうにも子どもらしいのでした。


アリシアは幸せです。


「純粋な愛情を表してくれるところが、とても好き。

だからあなたの名前は光の愛(ルーカス)」


「真実の愛(アリシア)」


何度だって名前を呼び合います。


世界は二人を祝福して、そっと見守ってくれました。







読んで下さってありがとうございました。

甘いお話が書きたくなったのです。



挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点]  甘味が嫌味にならない様に、上手にテーマのスパイスが効いて、すんなり入ってくるストーリーが最高です。 [気になる点]  言い回しなのですが、童話だからと言うわけでなく、少し難しかったり、気…
[良い点] ゲハァ!?∑(゜Д゜) すごく良すぎて感動しすぎて…吐血……ぐは……。 [一言] やばいです。 やばいです!! もう何も言葉はいらない。 だが一言だけ、やばいです。これしか言えない。 私…
[良い点] 綺麗でとても素敵な作品ですね。アリシアの性格も好みです。 それと、最後のイラストが、温かくなるような雰囲気で良かったです。
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