雨あがりの贈りもの
ある春の日のこと。
まばらに雨のふる歩道を、ピンクのランドセルがのろのろと進んでいました。
一年生のサヤです。どうやら今日もひとりで学校から帰っているようです。
入学式からそろそろ一ヶ月。
サヤはお父さんの仕事の都合で、少しおくれて入学したのです。そのせいか、ほかの同級生たちはみんな友だちがいるのに、サヤだけはずっとひとりぼっちのままでした。
「転校生だから仕方ないけど、サヤの方からあそぼって、もっと声をかけてごらんよ」
ママはかんたんにそう言うけれど……。
「……できないよ。そんなこと……」
ふくれっつらでサヤはいつもそうこたえます。
おもしろくないな。学校なんて……。
サヤは大きくためいきをつきました。
歩道にそって、ずっと松林が続いています。
松のみどりの間からは海が見えます。
満ち潮のときには、松林のすぐ近くまで波が押し寄せていますが、今は白い砂浜が見えます。潮が引いている時間なのでしょう。
厚い雲の切れ目から、明るい光がひとすじ、さし込んできました。雨があがったようです。
松林の向こうからなにやら声が聞こえてきます。サヤはそっと耳をすませました。
こころ わくわく
こころ うきうき
ぼくたち 小学一年生
せなかの上には ランドセル
たのしさ ぎっしり つまってる
ぱりんと いつも むねはって
いきいき あそぶよ 一年生
よその学校から、遠足にでも来ているのでしょうか。
にぎやかな歌声です。
サヤはじっとしていられなくなって、いちもくさんに海の方へと走り出しました。
砂浜の上を、真新しいランドセルを背負った一年生たちが歩いています。
若い女の先生を先頭に、ずらりと七人。
男の子も女の子も笑いながら、大きな声で歌っています。
「いいなあ、楽しそう!」
松の木のかげで、サヤの足はひとりでにスキップしてしまうのでした。
「あ、先生、あそこ!」
男の子のひとりが、いきなりサヤの方を指さしました。
しまった!見つかっちゃった!
あわてて引き返そうとしたサヤを、先生が呼び止めました。
「あ、待って。こっちにいらっしゃいよ」
おずおずとふり返ると、みんながサヤに向かって手招きをしています。
「ねえねえ、これからおもしろいことするんだよ」
ひとりの女の子が、サヤのそばまでやって来て、さっと手をとりました。あたたかい手のひらでした。
「いっしょにおいでよ」
「うん」
サヤは、こくんとうなずきました。
七人は色とりどりのランドセルを背負っていました。
赤、青、黄色、オレンジ、みどり、あい色、うすむらさき。
ながめているだけで心がはずんできそうです。
それなのに七人は、サヤのピンクのランドセルをとてもうらやましがりました。
「きれいだなあ、この色」
「ねえ、先生、わたしたちのランドセルもこんな色があったらいいのに」
「そうねえ……」
先生はなにやら考えていましたが、とつぜんひらめいたように大きな声をあげました。
「じゃあ、きょうは特別に、サヤちゃんのランドセルも入れて八つの色で作りましょう!」
「うわあい!」
みんなは、おどりあがってよろこびました。
「作るって、なにを……?」
サヤだけがポカンとしています。
「じゃあ見てのお楽しみね。そろそろはじめましょう。みんな、用意はいい?」
先生の声に、みんなはいそいそとランドセルを頭の上にのせました。
「ほら、サヤちゃんも」
横にいた女の子にうながされて、サヤもランドセルを頭の上に乗せました。
「では、いちにのさんで、おもいっきり高くジャンプしてね」
先生がみんなを見まわして言いました。
「いち にの ……さあん!」
みんなは、ランドセルを頭に乗せたまま、思いきり高くジャンプしました。
サヤも力いっぱいジャンプしました。
すると、思いがけないことが起こりました。
シュルシュルシュル。
それぞれの真新しいランドセルから、同じ色のリボンがするするのびてきたのです。
赤、青、黄色、緑、オレンジ、うすむらさきにあい色。
そしてサヤのピンク色のリボンが、からみあったりほどけあったりしながら、ぐんぐん空高く、海の向こうへとのびていくのです。やがてリボンは水平線の両はしに、ぐうんと大きくアーチをえがきました。
「……虹!」
サヤは目をみはりました。まったくみごとな虹です。
「うわあい、できた、できた」
「今日は七色じゃないよ。八色の虹だよ」
「すごい、すごい!」
みんなは手をたたいて、ピョンピョンはねまわっています。
ふだんの虹にはない、ピンク色があざやかです。
「ぼくたち虹の子小学校の一年生。今日、はじめて虹をかけたんだ」
「一年生のかける虹は、毎年大きくてきれいだって、校長先生がほめてくれるんだ」
「きょう、サヤちゃんと会えたおかげで、ふだんよりも、もっときれいな虹が作れたよ」
「ありがとう」
「ありがとう」
七人は口々にお礼を言いました。
「さそってくれたのは、みんなの方なのに……」
サヤが小さな声でつぶやくと、みんなは首をよこにふりました。
「ぼくたちの声は、だれにも聞こえないはずだし、すがただって見えないはずなんだよ」
「サヤちゃんには見えないはずのものが見えたの。だから、とってもすごいことなの」
「……そうなの?」
サヤは目を丸くしました。
「あたし、まだお友だちがぜんぜんいないの。みんなの歌を聞いてたら、いっしょにあそびたいなあって思って。足がひとりでに近づいて行っちゃったの」
「サヤちゃん」
先生が近よってきて、サヤの胸に手のひらをおきました。
「ここにもサヤちゃんのリボンがちゃんとあるんだからね。勇気をだしてぐうんとのばしてごらん。すぐにだれかのここにつながって、小さな虹が作れるよ」
みんなもうなずきました。
「さあ、潮が満ちてきますよ。そろそろ帰りましょうね」
先生の合図で、みんなはまた色とりどりのランドセルを背負いました。
「さようなら。元気でね」
先生と七人はサヤに手をふりながら、砂浜をどんどん歩いていきました。
雲の間から太陽がきらりと顔をのぞかせたとき、八色の虹と、虹の子たちのすがたは、もうどこにも見あたりませんでした。
初めての投稿です。読んでいただいてありがとうございました。