悪夢
「なぜ? 何故だ? 神機たる私が何故、貴様は一体?」
一機の鉄巨人が胸を押さえうずくまっている。その様子はもう一機の鉄巨人にひざまづいているようにも見える。
「これから死ぬ者が知る必要は無い。この『AZクォーツ』さえ手に入れば貴様は用無し、今からはこの俺が『聖神機ゼルファウス』だ。」
鉄巨人はそう叫び、手にした鉱石を自らの身体に埋め込んだ。
「それは私の鍵だ、・・・グゥ、か、身体が、私の身体が、く・・・ちる、朽ちて・・・ゆ・・・くぅ・・・。」
ひざまづいていた方の鉄巨人はAZクォーツなる鉱石の所有権を失ったためか身体中がひび割れてゆく。
「貴様はもはや必要ない。これで、世界は我らのものだ。」
鉄巨人は笑った、灰の塊となったもう一機を踏み潰し風塵とした。永遠と思えるほど長い時間を笑い続けた。これからの事を思えば笑う事を止められなかった。
エンジンの音が聴こえる、風を切る音が響く、目を開き眼球に光が届くと車の後部座席からの景色が見えた。
「冬馬さん、少しスピードを落としたほうが。」
「今はそれどころじゃない、少しでも、少しでも遠くに行かなくては。・・・英菜、真・・・、すまない私のせいで。」
運転している冬馬という男はしきりに辺りを気にしながら車をとばす、メーターはすでに150㎞/hを超えている。英菜は冬馬の様子を心配そうに見つめシートベルトをキュッと握り締めていた。
「・・・・・・・・・」
真はそんな二人の様子をただ息を飲み見つめる事しか出来ないことを幼いながらに理解していた。
真はこれが自分の見ている夢なのだとすぐに解った、真の両親である冬馬と英菜は十年前に他界している。何よりこの夢はこの十年間幾度と無く見せられ、その度に自分の無力さを痛感させられ、夢を見る事を恐れ、眠りにつく事すら恐怖を覚えさせられたのだ。間違うはずが無い。
だからこれから起きる事も、何を思ってもどうにもならない事も知っている。この夢はただ十年前の記憶を再生しているに過ぎないのだから。
高速道路を走り都心から一時間ほど離れた位だろうか。周りが山に囲まれ街の明かりが届かずやけに暗い気がした頃だった。
前方に長いトンネルが目に入る、暗い所でみたせいかそれはまるで蛇が口をあけているかのようだった。
怖いと思ったからだろうか、真には入り口に大きな黄色いスカーフを髪に結いつけた十歳にも満たないだろう少女の姿がみえた。
それが恐怖に拍車をかけた。
冬馬も見たのだろう、その顔からは血の気が一切引き、この世の終わりのような顔をしていた。
「まさか、『セイヴァー』?」
冬馬には少女が幽霊でも、ただの人でないことも、何者であるかもわかった。だからこそ逃げる事が不可能だと理解出来た。しかしそれでも車の速度を下げられなかった。
いや、足が動かなかった。
時間が経つにつれ冬馬の息は荒く、目は虚ろになっていった。
真も英菜も原因はなんとなくわかっていた。トンネルの入り口からこっち、ずっと心臓を鷲掴みにされた様な不快感がまとわりついているのだ。
そんな時トンネルの出口が見えた、真にはそれがこの不快感の終わりに思えた。だがそれが間違いであったとすぐに理解させられた。
入り口で見た少女の姿を見つけた。それは両親も同じようだ、二人の顔は蒼白になっていた。
少女は何気なしにスカーフに手をかけた。そして車とすれ違う瞬間そのまま腕を振りぬいた。
真はそのとき少女の「あと二つ。」という声をハッキリと聞いた。そうとうな速度で走っているにも関わらずだ。
「お母さん。」
真は英菜に今自分が体験したことは何か、そう聞こうと思ったとき。ズッという音と共に車の屋根が落ち、はるか後方に跳んでいった。
何が起きているのか解らなかった。分かるのは何が起きたか分からないこと。車の屋根が無くなったこと。それと母の首から上が無く、赤い水を噴き上げていることだった。
「あ、あぁ。」
鉄臭い液体が身体にかかる、得体の知れない恐怖に駆られ自然と涙が頬を伝う、たとえ走行中の車からでさえ逃げ出したい衝動に駆られ体が外に動いた。
そのとき手に何かが触れた。
何かと思い目を向けた瞬間、ちょうど街灯が手元を照らした。
「うぅぇ!」
灯に映しだされたのは母英菜の頭だった。
真はその無残な姿に吐き気を催し胃液をぶちまけた。
「ごめんなさい、そんな物を見せてしまって。でも親より早く死ぬのは嫌でしょう?」
また少女の声だ。聞こえてはならない物が耳を通さず頭に直接叩き込まれているようだ。
だがそれが幻聴でない事を前方に現れた少女が物語っていた。
信じられない話だが少女は150㎞/hを超える速度の車を二度も追い抜いて見せた。
「あと一つ。」
そんな声を聞いた瞬間、車はスピンを始めた。
父冬馬の首はあるべき場所に無く、車はそのままの速度で道路側面の壁との距離を詰めていった。
「うあああぁぁぁぁぁ!」
「うあああぁぁぁぁぁ!」
夢から覚めた、夢はいつもここで終わる、何度も見て分かっているというのに最後には叫びと共に目を覚ます、それがなにを意味しているのか考えたくも無い。
「うっさいわこのドアホ!」
罵声と共に襖が開く、それと同時にもみ殻の詰まった硬めの枕が真の顔面めがけ飛んできた。
目の覚めて間もない真はそれを避けることも、受け止める事も出来ずに直撃した。
「おあぁ、ってぇ、いきなりなにすんだよ亜矢!」
「うっさいって言ったでしょ、今何時だと思ってんのよ、寝不足は美容に悪いんだから、流石にこう何日も続くとウンザリなのよ!」
亜矢と呼ばれた寝巻き姿の少女は髪をかき上げ少し怒気を孕んだ声で文句を漏らす。
言われて気付いたが、まだ月明かりが照っている時間のようだ。
「・・・悪い、なんかまたあの夢見てさ。」
「夢って事故の?ここ何年か見てなかったのに?」
夢の内容は亜矢には事故の事とだけ言ってある。本当のことを話したところでどうせ信じてはもらえないだろうし、余計な心配はかけたくなかった。
亜矢はあきれた様子で腕を組み襖に背をもたれる。
「何か嫌な感じだよな、こう、漠然と不安だよ。」
「あんたの勘は私より当たるからなぁ、なんにせよどうせ当たるなら諦めて現実を受け入れたら?」
亜矢は真の相手が面倒なのか眠いのか、大きな欠伸をする。
「何も無い事を祈るくらいしてくれよ。」
「まっ、そんくらいならしたげるわ、だからもううるさくしないでよ。」
亜矢はにらみを効かせて部屋を出て行く。
真はそれに苦笑いを浮かべる。自分では亜矢に勝てないことを理解しているからこそそのまま黙るしかない。
また悪夢にうなされるかと思うと、もう一度眠るつもりにはなれなかった。
「なんでこうなるんだよ。」
「何でって、あんたのせいでしょ、夜中に起こすから。」
真は両親が他界してから父の友人であった亜矢の家である相模武術会館でお世話になっていた。だが道場が半端に山中にあるため早い時間に家を出ないと学校に遅刻してしまう。
全て走れたとしても20分はかかる。だというのに今はすでに長針が2の字をまわったところだった。
「やっぱり悪い事が起きたか、嫌んなるなほんと。」
真は走りながらため息を漏らす。そんな真を見て亜矢は自分の鞄をあさり何かを放った。
「?」
「私の間食用、お腹空いてるから何でも悪い方向に考えるのよ。もう少し前向きになさい。それにこれが悪い事ならこの程度で済んで良かったんじゃないの?」
亜矢が投げてよこしたのはその辺でよく売っているジャムの挟まったコッペパンだった。
「悪いな。」
素直にありがとうと言いたくはある、がどうも気恥ずかしく言葉に出ない。
「あんたの世話は焼きなれたからね、気にしなくて良いわ。」
もう十年にもなるのだから慣れてはいるだろうが気にしないのは気が引けた。
「しっかし、こうやって遅刻しそうでパンくわえてると転校生とぶつかったりしてな。」
真は走りながら器用にパンを袋から出しくわえる。
「それは食パンで、しかもくわえてるのはあちらさんでしょうに。」
真に呆れ亜矢はついため息をもらしてしまう。
「あんまため息つくと幸せ逃すぞ。」
「誰のせいだと思ってんのよ?」
「ははは、っとわ!」
亜矢の怒り交じりの言葉に苦笑いを浮かべていると、真は何かにはじかれたようにつんのめって地面に転がった。
「ちょっと大丈夫? なにいきなり転んでんのよ、鈍くさいわね。」
真は何も無い所で転ぶような運動神経ではないはず、不思議に思いつつも転げた真に亜矢は手を差し出し起こそうとする。
「いってぇ、なんだ?今何かに押されたぞ。」
「何言ってんのよ、何も通ってないし、私も押してないわよ。」
「おっかしいな確かに何かにぶつかったのに。」
何が起きたか理解出来ず真は頭を掻く。亜矢も訳が分からず頭に『?』を浮かべた。
「今はそんなん気にしないで、急ぐよ。」
亜矢に言われて時計を見ると予鈴まであと五分を切っていた。
「やっば、亜矢全力ダッシュだ。」
「いいの? おいてくよ。」
「すまん、俺に合わせてくれ。」
亜矢は家が道場なためか、大抵の武術はこなし中でも薙刀は全国でも指折りだ。そため足も速く何もしていない真とはだいぶ差が出る。
「分かってるわよ、それより急ぐよ。」
亜矢は呆れながらも真の手を取って足を速めた。
「いよ! はよっ! 今日もギリギリじゃん真。」
「ま、まぁ・・・ね。」
全力で走った甲斐もありなんとか遅刻せずに教室にたどり着く。するとと隣の席の周防が朝の挨拶をしてきた。亜矢はクラスが違うがおそらく同じような事を言われているだろう。
「そいやさ、お前うちのクラスに転入生来るって聞いたか?」
朝話をするのはいつものことだが、こんなにニタついているのは珍しい。
「いや、初耳だけど。」
「何でも女の子らしいぞ、可愛いと良いなぁ。」
こんな半端な時期に転入生というのも変な話だ。だが周防はそんなことはどうでもよく興味はどんな娘かだけのようだ。
「そーだな。」
はしゃぐ周防だが、真は昨晩からの不安が消えず投げやりに言葉を返した。
「はいみんな席につけよー。」
チャイムが鳴ると同時にガラリと戸が開き担任がお決まりの挨拶で入ってくる。
「みんなもう知ってるだろうが、今日からこのクラスに新しい仲間が増えるぞ。さっ、入ってきなさい。」
担任はいまどき小学校の教師でも言わない事を言って転入生を招き入れる。開きっぱなしの戸から大きめの黄色いスカーフ髪に結いつけた少女が入ってきた。
不思議なことに制服の下にアンダーウェアとでもいうのか首まで包むような真っ黒なタイツを着ていた。
暑くはないのだろうか?
「春日春日です、これからよろしくお願いします。」
春日と名乗った少女は極上の笑みで丁寧な挨拶をすませる。
クラスの男連中は歓喜に震え騒ぎ立てている。
しかし真だけは言いようの無い不安に襲われ鼓動を早める。それもそのはずだ、春日は夢に出てきたあの少女がそのまま成長したような姿をしているのだから。これで何も思わない方が異常だろう。
「とりあえず休みはいないな、聞きたいこともあるだろうからこれで終わりにするが・・・、そうだな席は桐生の隣が空いてるな。教科書はまだないそうだから見せてやるように以上。」
そう言って担任は教室を出て行く。
「よろしくね桐生君。」
春日は席に着くと満面の笑みを向けてくる。その笑顔は思わずドキッ! っとしてしまうほどだったが、真は同時に背筋が凍るのがわかった。
「こ、こちらこそ。」
挨拶はしなければ不自然と思いつつもそう搾り出すのが精一杯だった。
「春日ちゃーん!」
不審に思われるかも知れないと懸念したが、クラスメイトが割って入りあっという間に見えなくなってしまった。
助かった。
「春日ちゃんはどっから来たの?」
「えっと、イギリスの方からです。」
案の定質問攻めにあうが春日は嫌な顔一つせずに答えてゆく。
「じゃあ、あっちの言葉しゃべれるの?」
「挨拶程度なら。会話は出来ないですけど、今はどこでも英語で通じてしまいますから。」
英語に対し嫌悪感でもあるのか妙な言い回しをした。だがクラスメイトの誰一人としてそれに気付く者は居なかった。
「じゃあさ、じゃあさ、彼氏は?」
「日本に来て間もないですから、それに居たら離れたくは無いですよね。」
春日の答えに男連中は狂喜しハイタッチを繰り返す。
♪ キーンーンカーンコーン♪ キーンーンカーンコーン♪
ちょうどそこでチャイムが鳴り、一間目の教師が入って来たためみんな蜘蛛の子を散らすように席に戻ってゆく。
その日、春日は休み時間の度に人に囲まれ大変そうに見えた。
真はその日の授業に集中できず、現代史のテストに出ると言われた範囲の事も耳に入らなかった。
帰りにも寄り道する気にもなれずまっすぐに相模の家に帰った。
「あれ?どうしたの、今日は随分帰りが早いじゃない。」
家に入ると道着に着替えた亜矢が出迎えてくれた。
「まぁ、なんとなく、たまにはそんな日もあるさ。」
原因が春日と夢なことは明白だが、これ以上亜矢に心配をかける気にならなかったので適当に茶を濁した。
「ふむ、まあいいわ、ところであんたのクラスに転入生来たでしょ、どんな子? すごい可愛いって噂だけど。」
亜矢は何も無い日は道場の手伝いで終礼と共に帰宅してしまう。春日も一日中クラスメイトに囲まれていたため、当然顔をあわせる機会など無く、亜矢は見ていないらしかった。
「まぁ、可愛いのは確かだけど、何か妙な感じの子だな、髪にスカーフつけてるし。」
真は春日に対しての感想を夢の件無しに口にする。
「それは個人の自由でしょ、それより、妙ってなにがよ?」
「分からないから妙って言ってるんだろ。」
「つっかえないわね、じゃあその正体が分かったら教えて頂戴。」
亜矢は興味が失せたのかさっさと踵を返し足音を立てることなく道場の方へ消えていった。
面倒ではあるがしばらくの間春日の面倒を見なければならないのだから、その妙な感じの正体もそのうち分かるのではないかと楽天的に考えていた。
三日もした頃には春日を囲んでいたクラスメイトも落ち着き、少しは春日と話が出来るようになったが、やはり妙な感じは拭えなかった。
「桐生君?何してるの?」
「え?」
春日が何者であるか、それを考えて居たところに当の本人に声を掛けられ思わず変な声を上げてしまった。
「か、春日さん何か用?」
「うん、次移動教室だから。一応案内はしてもらったけどまだ不安で、それに桐生君を置いて行っちゃうのも悪いでしょう?」
そう言われ辺りを見回すとほとんどが移動したのか、ほんの数人しか残っていなかった。
「そっか、次実験だっけ。ありがと、ちょっと待ってて、すぐ用意するから。」
真は鞄を漁り教科書やらを持つと春日と並んで教室を出た。移動中春日に目を向けると髪にゆれる大き目のスカーフが目に付く。
「春日さんはやっぱり夢の?」
「え?呼んだ?」
考えていた事が口から漏れていたのだろう、春日に声を掛けられそれに気付く。
「い、いや、何でもないよ。」
慌てて取り繕うがもう遅いかもしれない。肝心なことが聴こえていない事を願うほか無い。
春日は一瞬口元を怪しく歪ませたが、真は顔をそむけていたためそれに気付くことはなかった。
考え事をしていたためか、いつの間にか全ての授業が終わっていた。
何故か今日は真っ直ぐ帰る気になれず本屋で時間を潰した。
日が傾き、空が茜色に染まった頃、帰らない訳にも行かず、重い足取りで帰路に着く。
相模の家は帰り道の途中民家や人を見かけなくなる。真は学校を出たときから嫌な空気がまとわりついている気がしていた。真っ直ぐ帰る気にならなかったのもそのせいだ、ちょうど人影がなくなった頃それは一気に強さを増した。
「遅いですよ、待ちくたびれてしまいましたよ、桐生君。」
真は背筋が凍りつくのを感じた。見たくは無かった。しかしその声にはまるで強制力があるかのように声の方に振り向いてしまう。
それは太陽を背にしていたため顔は確認できなかった。
「か、春日さん、何か用?」
初めからそんな予感はしていた。顔が見えなくとも誰かは分かっていた。
「学校でもそんなことを言っていましたね。」
逃げる事も考えた、それでもそのたびに夢の情景が頭を過ぎり体が動かなかった。
「いつからですか?」
「?」
「いつから私の正体を?」
春日は責めるわけでもなく、母親が子供に物を尋ねるように微笑みかける、だがそれが余計に真に圧力をかける。
「・・・・・・・・・」
真は春日の問いかけに答える事が出来ずにつばを飲み込む。
「思えば、あなたは初めから私に対する目が他とは違いましたね。」
春日は教室でのことを思い出してか、少しだが圧力が緩んだ。いや声が出せるよう緩めたのだろう。
「見たときから、初めてな気がしなかった。・・・また、人を殺しに来たのか?」
多少楽になり、真はやっとの事で言葉を搾り出す。
「人聞きの悪い事を言わないでください。まぁ社会から消すという点では間違いないでしょうね。しかし、何故私の目的が殺しだと?」
「今から十年くらい前にも、一度来てるだろ。人を、俺の両親を殺しに。」
一度声にしてしまえば二度目はだいぶ楽に言葉が出てきた。
「やはり桐生冬馬の。・・・なら、何故あなたは生きているの?」
春日は目に見えぬ速さで真の眼前に現れると、いつの間にか手にしたデスサイズを真の首に突きつけた。
春日の顔を見るとスカーフが消えていた。あの時と同じだ。
「な、なぜって、一体何のことだ?」
「私はあなたの父、桐生冬馬を殺しました。そのとき私は、確かにあなたの首も刎ねたはずなんですよ、桐生真。」
春日は『お前なんていつでも殺せる』と言いたげに鎌を降ろす。
「首を刎ねたって、でも俺は生きてるし、首だってついてる。」
「不思議ですよね、もしも私が去った後に再生したとすれば、我々が保護しその謎を調べさせてもらいます。」
保護といえば聴こえは良いが、簡単に人を殺すような組織がまともなはずが無い。実際にはモルモットと言ったところだろう。
「冗談だろ、そんなわけも分からない事に『はい』とかいえる訳ないだろ。」
「では、答えられる事なら答えましょう、返事はその後で構いません。」
闘う意思は無い、その証か春日は鎌を手放した、すると鎌は形を変えスカーフとなって髪に結いついた。
「まず、我々ってのは?」
「教団。紀元前より世界の実権を握る組織です、それ以上は話せません。」
「じゃあ、俺の両親はなんで殺されたんだ?」
春日は真のその質問にしばらく黙り込むとゆっくりと口を開いた。
「・・・、まぁ、良いでしょう、あなたは『ガンスリンガー』という兵器について聞いたことがありますか?」
「ガンスリンガー、ああ、アメリカの人型兵器のことか。」
真は少し前テレビでやっていた特番を思い出した。
「ええ、その通りです、ですが『CA―666(シーエートリプルシックス)ガンスリンガー』は元々反教団組織の開発した兵器でした、そしてその開発者があなたの父桐生冬馬でした。」
「親父が、そんなことを?」
信じられなかった、確かに幼い頃で記憶はあいまいだが、家では普通の父だった、裏の世界にいたなんて欠片も思わなかった。
「でも何でそんな兵器を作る必要があったんだ?」
いくら教団という組織に反抗しているとはいえ、ガンスリンガーのような兵器を開発する意味が真には分からなかった。
「それは、私のような『セイヴァー(Saver)』に対抗するためです、セイヴァーのもつ『ガーディアン』には近代兵器の類は意味を成しません、今は人型兵器として知られていますが、元々は人工的にガーディアンを造りたかったようですよ。」
「セイヴァー?ガーディアンってなんだ?」
「私も詳しくは知りません、ただ、神が与えた力と、装飾品、武器、巨人兵、その三形体をとることが出来、普段は装飾品として主を守ります、私の場合はこのスカーフがそれです。装飾品が魔除けというのもこれが起源だそうですよ。」
教団でそう教えられたのだろうか、なんだかスッキリとしない物言いだ。
「知らなかったな、・・・そんなものが存在するなんて。」
「仕方の無い事です、表に出せる事項ではありませんから。人工的にガーディアンを造ろうとした桐生冬馬は神への冒涜者として処分、そしてその親、兄弟、妻、子まで、二度と同じ考えを起こさないように。」
話を聞く限り教団が性質の悪いヤクザにしか思えない。
「そんなくだらない理由で。」
宗教に無関心な真はそんな事で人を殺してしまう事が信じられず唖然としてしまう。
「私もくだらないとは思います、ですが歴史上信仰の違いで起きた戦争は少なくありません。というより争いの全てが考えの違いからでしょう?」
考え方の違いで人は争い、それが戦争になったりもする、そんなことをもう何千年と続けてきた人間の愚かさにはあきれたものだ。
「さて、少しおしゃべりがすぎましたね、どうしますか?」
春日は真を威圧するようにゆっくりとした動きでスカーフを鎌に変えてゆく。教団か死か、どちらにせよ真に自由は許されないだろう。
「教団には行きたくないし、死ぬのも御免だ。」
「なら、私を殺して、生き延びるしかありませんね。先に言っておきますが、一般人がセイヴァーに勝つのは不可能です、生物としてまったく別物だと思ってください。それと私はあなたを殺さずに捕らえ教団に持ち帰る事も可能です。ただ、そうした場合あなたに人権はないと思ってください。」
本人の意思で教団に行くならばまだ人として扱われる。だからなるべくならば無理やり連れてゆくようなことはしたく無い、がやむおえない場合は・・・、そんな思いが伝わってくる。
真のような一般人には到底逃げられない、もし背を向けて逃げようものならすぐにでも手足を斬られてしまうだろう。
春日は真に考える時間を与えるかのようにゆっくりと姿勢を低くしていった。
「残念です。」
タイムリミットが来たのだろう、一息はいた春日の姿が霞んで見えた。
それに危機感を覚え真は後ろへ跳ぶ、するとちょうど真の居た辺りの地面が鋭い音と共にえぐれた。
「やりますね。」
どこからか春日の声は聞こえるが姿や気配はまったく無かった。
「今、俺を試したのか。」
「わかりましたか?これでもトップアスリートなら避けられる程度なのですが。」
夢のおかげで春日の強さを少しは知っているつもりだ。今の攻撃はそれをはるかに抑えたものだった。当時も本気であったとは思えないが、あれから10年がたっているのだ。当人は赤子の肌を撫でるように気を使って手加減しているのだろう。
「しかし、惜しい人物ですね、普通に暮らしていてこの身体能力、鍛えれば強化人間位には勝てるかもしれませんね、本当に教団に来る気は無いのですか?」
春日の顔はこれが最後ですと言っているように見える、殺気自体は感じられないが押しつぶすような威圧感が真に降り注ぐ。
「死んでも嫌だね、そんな世界。」
もはや 裏の世界に引きずり込まれている。だが真はそれを認めたくは無かった。
「そうですか、なら殺さずにあなたの意思は無視して教団につれて行きます。残念ですがまともに生きられるとは思わないでください。」
春日の纏う空気が変わった。
「まともって?」
「そうですね、あなたが考えうることなど、まだまとも、とでも言っておきましょうか。」
春日は真の足を払い押し倒すと鎌の背で真のからだを押さえつけた。
「下手に動くと死にます、少し痛いだけですから、おとなしくしていてくださいね。」
その顔は聖母のように慈愛に満ちていた。それが真の抵抗する気を削ぎ落とした。
「う、うあああああああ!」
真は殺されるような気がし、あまりの恐怖に耐え切れず叫びを上げた。
春日はそれを冷めた目で見下ろし、足を斬りおとそうと鎌を振った。
恐怖から目を逸らそうと瞳を閉じるが、それが一層恐怖を引き立てた。
しかし一向に痛みを感じない、気が触れて痛覚が麻痺したのかと思ったが、そうでは無かった。
「悪いが、こやつは我の手駒でな、死なれては困るのだ。」
斬ったはずの足はなんとも無い、振りぬいたはずの鎌は足に触れる寸前で何者かの手によって止められていた。
「一体何者ですか?到底人間とは思えませんが。」
春日は真の事など忘れたように距離を取る、全身から脂汗が出て止まらない。それがその者の存在の大きさを物語っているようだった。
「そう怯えずとも良い、命を奪う事は出来ぬからな。」
春日の前に現れたのは、真っ白な、猫を思わせるような少女だった。
「怪我は無いか?真。」
「え?なんで俺の名前を?」
真は突然現れた少女が自分の名を知っている事にただ驚いた。
「それについては後で話してやろう、しばし待っておれ、すぐに終わる。」
そういうと少女は春日の方に向き直る。
「私を殺さずに止めるつもりですか?」
「そうだ、まぁ手加減は知っているつもりだ安心せよ。」
「手加減をして勝てると? 随分舐められたものですね。」
少女を牽制するように鎌を回す春日、だが少女はそれを見て深いため息をついた。
「勝てぬと知って、なお刃向かうか?小娘。」
「やってみなければ分かりませんよ。」
無論春日とてそれが虚勢であると分かっている。だがそれでも負けを認めるのは嫌だった、もし少しでも勝機があるならばそれに掛けるだけだった。
「ならば来るが良い、本気でな。」
「言われなくてもそのつもりです、ヘルガイダー! 鎧化!」
春日の手にした鎌が、春日の声に反応して粘度の高い液体となり春日を包み込む、それは徐々に巨大な人型の物へと変化を遂げていった。
その姿は細く骨を思わせ、鋭い眼光の頭部、手にした鎌とあわせ、死神を連想させた。
「ほう、『近衛機』か、中々に上級だ。」
少女は微動だにせずその様子を見つめる。
春日は少女との力の差を痛感していた。その差がどれほどかは分からないが、一生かけても埋める事の出来ないくらいには分かった。
勝機がもしもあるとすれば今しかないだろう、少女が少女であり、春日がヘルガイダーとなった今しか。
「はっ!」
ヘルガイダーは少女に首を落とすべく鎌を振る。
!!キンッ!!
だが鉄同士がぶつかるような音をたて、振りぬいたはずの鎌は動かなくなる。
「我とお前では次元が違う、この世界の者に知れると厄介だ、もうやめぬか?」
少女は受け止めるでもなく、受け流すでもなく、ただそこに立っていた。
それだけのはずなのだが鎌は少女に食い込みもせず触れたところで止まっていた。
「そんな、傷一つつけられないなんて。」
「諦めよ、これ以上あがいた所で見苦しいだけだ、人間とセイヴァーですら別次元と理解しているであろう。」
「今のは生身の者に対して思わず手加減をしてしまったのでしょう、次は本気です。」
言い訳がましいと自分でも自覚はしている、だがそれでも諦めないのはただの意地だ、ヘルガイダーは次の攻撃のために鎌を構えなおした。
「仕方あるまい、少しの間、黙ってもらうぞ、少々痛いが我慢せいよ。」
少女はため息一つ吐くと姿を消した、いや、正しくは目に映らなくなった。
ヘルガイダーすらも目で追えない事に、一瞬身体を膠着させてしまった。
その一瞬が全てを決した、一瞬のうちに後頭部に一撃を叩き込まれヘルガイダーは紐を切られた操り人形のようにその場に倒れ春日に戻った。
真は目の前で繰り広げられた事に何も出来ず、ただ呆然とするほか無かった。
「真よ、お前の家に案内せい、この娘もほってはおけまい。」
「俺の家って、何でだよ、それにお前は一体なんなんだよ。」
真は少女に対し何も感じない、ただ恐ろしいと思える春日がこうも簡単に気絶させられた事を考えやはり恐ろしくなり錯乱した。
そんな真を察してか少女は真の胸倉を掴み片手で軽々と持ち上げた。
「少し落ち着け、今からこれでは先が思いやられるぞ。」
それだけ言うと少女は手を離し真を落とす。
そのおかげか真は少し落ち着きを取り戻した。
「いてて、乱暴だな、それであんたは何者なんだ?」
打ち付けた尻をさすりながら真は一番の謎を口にする。
「良いか、一度しか言わぬぞ。我は『三獣帝』が一人、『地獣帝白虎のファルシア』、ファルシア・B・ノースランドだ。」
ファルシアと名乗る少女は真を起こそうと手を差し伸べた。
「えっと、知ってるみたいだけど、桐生 真、その、学生だ。」
一応の礼儀は通そうと真も名乗りファルシアの手を握った。
その手はヘルガイダーとの戦闘で傷一つつかなかった肌とは思えないほどやわらかく暖かだった。