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後編:赤き星の赤き戦争

翌朝、世界は一転した。

コリンは、慌しく走る人の足音で目が覚めた。

先行偵察部隊との連絡が途絶えたというのだ。そして、先ほど先行偵察部隊の隊員が一人帰還し、一言、こう告げて死んだ。


CAコンバット・アーマー、だ、はや、く、撤退、を――』


状況はよく理解できなかった。

アルギュレ平原は確かに、都市オアシスニュートン、ル・ブルージュという二つの都市の間に広がる場所ではあるが、大規模な竜巻が多発する地域である。大部隊を展開させる価値はないだろうし、CAコンバット・アーマーなどを投入するような場所ではないはずだ。

だが、一方で敵部隊エネミーは確実に存在した。

少なくとも先行偵察部隊を圧倒的火力で全滅に追い込むだけの戦力を持った部隊が――

鋼鉄の巨人たるCAコンバット・アーマーを迎え撃つ戦い。

宇宙世紀の兵器の主役と呼称されるCAであったが、有重力下の運用では、従来の航空機や戦車などに比べ見劣りする所も多かったが、それでもその巨大な機影は、見る者に多大な恐怖を与える効果を持っていた。その為、都市などの制圧戦に於いては、絶大な威力を発揮し、事実、この火星独立戦争に於いても単純な戦力としてだけでなく、心理戦に於いても重要な役割を果たしていた。

地球連合軍のCAに対し、火星も独自のCAプロテアを開発しているが性能的にも大きく劣る上、絶対数が少なく、この部隊には配置されていなかった。

つまり現存する戦力――即ち戦車8両と歩兵60名で敵CA部隊に対抗するしかないのだ。

確かにCAに比べ、有重力下では戦車の機動力がCAに勝るが、それは航空支援があって初めて有利に戦局を運べるのであって、単純な火力だけで比較すれば一個戦車中隊ではCAの一個小隊を押さえ込めるかどうかのレベルである。

敵CA部隊が一個小隊以上の戦力を保有していれば、己らだけの戦力では非常に厳しい戦いになるのは間違いがなかった。

それゆえか、部隊長の命令が飛び交っていたが、全体的に義勇兵を中核にした彼らは浮き足立ち、部隊内は騒然としていた。そんな中、コリンは己の所属する歩兵小隊へと急ぐ中、ふと出撃準備を進める戦車が視界に入った。そこには、己の戦車に乗って、黙々と準備をしているジネブラの姿があった。ちょうどジェリ缶を積み終わった彼女に、思わずコリンは声を掛けた。

「中尉!」

彼女はこちらを向き、引き締めていた表情をふっと緩ませてこう言った。

「よう、コリン。どうしたんだい、そんな怖い顔して」

「敵が来たと聞いたのですが、本当ですか!?」

「まぁ落ち着きな、コリン」

そこで胸ポケットから煙草を取り出し、咥えた彼女は落ち着いた動作で火をつける。

「私はな、死にたくないんだ。だったら最善を尽くすしかないだろ?」

紫煙を吐き出しながら、己の心中を吐露するジネブラは優しく微笑む。年下の青年の恐怖の中で、男としての矜持の琴線に触れるような年上の女の微笑だ。この人も怖いのに、男の自分が怖がってどうする、とコリンは自分を叱責する。

「自分も、自分も死にたくありません!」

力の入ったコリンの返答に彼女は、愉しそうに声を上げて笑った。

「愛らしい軍医殿を護るんだろ、コリン? その気持ちを忘れるんじゃねぇぞ」

じゃあな、と略式礼をコリンに向けたジネブラは、ローダーズ・ハッチを閉じるとクローラーに砂を噛ませ砂漠へと向かって行った。コリンもヘルメットとライフルを手に部隊の集合場所に急ぐ。そして部隊の集合場所で点呼を取っている最中に、戦車の出撃準備を指揮する少女をチラリと視界の端に収めた。身体が震えた、それは武者震いなのか、恐怖なのか、若いコリンには分からなかった。


戦場は彼らの拠点から60キロほど北東の砂漠だった。

戦車の随伴歩兵であるコリンの第1小隊は、対CAライフルやら吸着地雷やらマシンガンを担ぎ、砂走車ワゴンの荷台で揺られていた。前は荒涼たる砂漠が広がり、後ろは砂埃で何も見えない。

先行していた戦車部隊にも追いつき、歩兵が乗った砂走車が8台併走していた。非戦闘員である少女らは、拠点から退避し、付近のオアシスへ移動している筈だ。

荷台の中は、重々しい緊張感で覆われていた。

普段は陽気な奴までもが、一言も口を開こうとしない。

無理もない事であった。

相手の戦力は分からず、少なくともCA一個小隊以上の部隊だろうと云われていた。

戦力的には互角か、相手が有利なのだ。

しかも巨大で凶悪な兵器――CAコンバット・アーマーと戦わなくてはならないのである。

正直、随伴歩兵である己らの火力が役に立つとは思えない。

まともに撃ち合えば、CA一機すら歩兵の保有する火器では倒せないのである。

嫌な緊張感が場を支配し、それはこの場にいる者の幾人かが――あるいは全員が――鬼籍に名を連ねるかもしれない戦闘が始まろうとしていた。


そう、死が始まるのだ。

「降車せよ」

小隊長の固い声に従い、コリンらは砂走車から迅速に降りる。義勇兵とはいえ、この半年間、常に前線にいたのだ。手際よく砂走車にカムフラージュを施し、己の手にある対CAライフル『アスター』の動作点検を素早くする。

そして、小隊長らに従い前方の砂丘の一点に身を伏せ、敵影の方角へスコープを向ける。

砂塵が巻き上がっている。

それも一直線に――

コリンはライフルのスコープを最大望遠にして覗き込んだ。

そこには、四つの巨大な人影があった。細部も確認できる。地球連合陸軍の正式採用主力CA『稲妻モールニア』2機と、宇宙軍主力CA『猟犬ハンタードッグ』4機の混成部隊だと、コリンは確信した。

これまで幾度も戦場で見てきたCAコンバット・アーマーである。見間違えようがない。

さらにこれは砂塵で影になってハッキリと確認できなかったが、随伴車両が数台付いてきてるだろうことは間違いなかった。恐らく、補給物資を運んでいるのだろう。

手短に小隊長に敵機の種類と数を報告すると、無線から同様の確認報告が飛び込んでくる。間違いはなさそうであった。

「モールニアに、二個小隊か……」

コリンの報告に小隊長が苦々しく呟く。

元々、地上での対地域制圧に特化したCAであるモールニアは、230型榴弾砲という遠距離砲を固定装備として備えているのである。ロングレンジでの叩き合いでは、相当に厄介な相手といえた。さらに、単純計算でいけば、こちらの戦力の二倍以上の火力を保有した敵戦力である。正面からやり合っても勝ち目は殆どないのは、素人目にも明らかである。

「敵CA部隊、停止!」

偵察兵スカウトからの報告に一同の緊張が最高潮に達した。

敵は砲撃戦を開始するつもりなのだろう。この距離レンジでの撃ち合いでは、戦車主砲でもCAの装甲に阻まれ、有効な打撃を与えるのは難しい。もし、戦車部隊での迎撃に拘るのならば、相手が完全にこちらの位置を掴む前に、1mでも1cmでも距離を詰め、主砲の一撃で沈められる距離に移動しなければならない。


突撃か、退却か。


固唾を呑んで、部隊長からの命令を待つ。

そして、そこへ部隊長からの全車両の全速前進が命じられた。

目の前が暗くなり、部隊内からも声にならないどよめきが上がる。

だが、コリンらは一斉に砂走車に乗り込んでいった。決まった以上、少しでも勝率を上げるために動かなければならない。その途中、戦車から上半身を除かせたジネブラと目が合う。彼女は僅かに微笑を浮かべると、その身を車体に潜り込ませていった。


フル加速。


敵部隊に向け、一直線に、水素タービンエンジンが悲鳴を上げるまで回転数を上げ突っ込んでいく。凄まじく揺れる砂走車の荷台の中で、外枠に必死にしがみつく。乾燥した砂漠の砂塵は、車両が巻き上げた砂を天然の煙幕として利用させる。また、レゴリス(ガラス繊維などが岩石中に含まれている砂)は熱やレーダーを乱反射吸収し、目視以外の索敵手段を無効化する。敵の死角に回りこみ、ギリギリまで引きつけ戦車主砲で敵を打ち倒す。火星解放軍の得意の戦法である。

そして、コリンの乗る砂走車は、なんとか射線と敵の視界から隠れられる窪地に辿りつくことに成功した。他の隊の事など気に掛ける余裕は無い。急停止し車内から、小隊の兵らが一斉に飛び降り、とりあえずの遮蔽物代わりの砂丘の頂まで一気に走る。

汗で蒸れた肌に、砂が纏わりつく。

寝そべってコリンが、大口径ライフルを展開した時、風を切る音が耳を劈いた。


シャシャシャァァァァァァァ


続いて臓腑そのものが殴られたような大気の激震、思わず振り返ると戦車が吹っ飛び、人間だったものがバラバラと地面に砂とともに落ちる風景が目にったる。被害のほどは分からないが、少なくとも戦車1両と、それに随伴していた連中の殆どが死んだのは間違いない。

「クソッ」

我知らず、コリンが毒づく。無理もない、ほんの一瞬で仲間を失ったのだ。戦力的にあちらは無傷で、こちらは精神的にも、戦力的にも大きな打撃を受けている。

それから数回の砲撃の後、奴らが、重々しく前進を開始した。

既に、コリンらの周囲は濛々と砂塵が舞い上がり、ほとんど視界が開けていない。

現在の彼我の距離は約2000m、戦車戦に於いては近距離といっていい距離だが、確実に一発でCAを沈黙させるには、もっと近づく必要がある。こちらの作戦は当初と変わらず、待ち伏せである。

じっと待つ。

奴らの優秀な熱センサーや金属探知機を以ってしても、火星の大地を覆うレゴリスの砂地では殆ど機能をしない事は実証済みである。相手が隠れた状態では、光学以外での索敵が非常に難しい惑星――そう、ここは地球テラではない。火星マーズなのだ。ゆえに戦力に劣る火星解放戦線が、地球連合軍と互角以上に戦ってこれてたのだ。これまで生き残ってきた自負もある。

地響きを伴い、歩き近づく鋼鉄の巨人の恐怖に――狂いそうなまでの緊張感の中、奴らが自分たちの持つ、大口径ライフルや吸着地雷で硬い装甲を貫ける距離に来るまで――機動音がどんどん大きくなる。息を潜めて、彼らは、待つ。

距離、おそらく1000m前後。

突撃せよゴー・アタック!!!』

部隊長の無線を合図に、全車両、全歩兵が一斉に鋼鉄の巨人に挑みかかる。

コリンの300m右で、ジネブラの戦車が凄まじい砂塵を上げ、全速力での突撃を敢行していくのが見えた。コリンらの部隊の戦車もジグザグ軌道を取りながら、敵隊列に向け一斉砲火を浴びせる。

同口径2連砲発射共鳴音が砂漠に轟き渡った。戦闘用ブラジャーがなければ、付近の歩兵程度ならば気絶させるに足る衝撃をともなった轟音である。

だが、それと同時に敵CAの35mm機関砲により、BMT−102主力戦車1両が紙切れの如く切り裂かれ、爆発炎上した。

コリンは、ライフルを構え、スコープ越しに敵CAのコクピットを狙う。歩兵の武装では、コクピットを狙うか、関節部分を破壊するかの二択であり、コリンのライフルは貫通力を高めた対CA用ライフルであったが、それは装甲に簡単に弾かれた。

一方で敵の反撃により、1両、また1両と戦車が殺られて逝くのが目に映る。しばし、一進一退の攻防が繰り広げられたが、ふと周囲を見渡せば、闘っているのはジネブラの車両だけとなっていた。

神業めいた技量で、敵の機関砲を避けたジネブラの戦車の主砲――2連砲――が火を噴き、モールニアの一機が青白い火花を散らし、爆発した。おそらく機関部に命中したのだろう。その爆発で体制を崩した隣に立っていたハンタードッグも、ジネブラの戦車の連続して放たれた主砲が頭部に命中し、沈黙する。

思わず歓声を上げそうになったコリンであったが、次の瞬間、ジネブラの戦車は機関砲にバラバラに打ち抜かれ爆発炎上するのを目撃し、絶句した。

すでに部隊長も戦死しており、その指揮を引き継いだノイエ中尉は、部隊に退却を指示した。だが、その指示に従わず、一人の兵士が雄叫びを上げながら、敵CAに向かって突撃を仕掛けていくのが見えた。

「コリン!! 戻れ、退却だ!!!」

その兵士の仲間であろう男の叫びも耳に届かないのか、兵士は突貫していく。だが、もはや一人の兵士を気にしている余裕はない。

「全軍、退却だ! 急げよ!」

ノイエの退却指示に、部隊は散り散りに退却を開始した。もはや、それは潰走と呼ぶべき代物であった。


コリンは溢れ出てくる涙に視界を曇らせながら、叫んでいた。

自分でも何が何だか分からなかった。

ただ、一つ確実なこと。

ジネブラが死んだという事実。

別に仲が良かった訳ではない。

親しく話をしたのは、昨日の夜が初めてだった。

でも、だが、だけど――!!!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

ライフルを肩に担ぎに駆ける。

狂ったように、愚直なまでにコリンは真っ直ぐに駆けた。

先ほどまでの戦闘で足が撃たれ、体勢が崩れたハンタードッグに向かい駆けるコリンに、対人用機銃が放たれた。

左耳が、左腕が、わき腹がごっそり抉られる感覚――灼けるような熱さを感じた。

口内に熱いモノが込み上げてくるが、構うものか、とコリンは怒鳴った。


くそ、くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ!!!!!!!!!!


殺してやる!

お前らが、俺らに何をしたか思い知らせてやる!!

CAまで取り付いたコリンは、コックピットの強制排出リジェクトコックを叩き壊し、強制的にハッチの開いた中に座るCAパイロットにライフルを向けた。男の表情は驚愕に歪んでいた。

「じぃぃ、ぐ」

もはや口許から溢れる鮮血で言葉にならない。だが、コリンはライフルの全弾を叩き込む。赤い液体でコクピット内が染まり、そして――己に向けられた巨大な銃口に気づく。


――コリンの視界が白く染まった



星の輝きは、人の魂の輝きって知ってる?

少女が問うた兵士は、戦場に消えた。

そして、あの人も、あの人も、あの人も……

私は、夜空を眺める。

ほんの少しだけ、彼らと再会できるような気がするから。

ほんの少しだけ、戦争いまを忘れる事ができるから。

例え、天才と呼ばれても、私にはこの戦争を終らせる手段を持ち合わせていない。

地球圏で数多存在する天才の中で、|《天才の中の天才》(ザ・ジーニアス)の呼び名高い少女、カーテローゼ・G・ウィザードは、一人、夜空に想いを馳せる。




                                 報告

                    ――――――――――――――――――――――概要報告


宇宙暦309年03月12日

本日0501時、アルギュレ平原駐屯戦車部隊所属、第二偵察小隊から敵部隊発見の報告を受理。

報告に基づき、ニートン基地司令部に救援要請及び、アルギュレ平原駐屯戦車部隊は第1種警戒態勢発令。

0612時、ニートン基地司令部の迎撃命令に従い、敵勢力排撃を目的とした迎撃部隊を編成、出撃。戦車8両、随伴歩兵63名。

0633時、敵CA部隊を光学にて確認。『モールニア』2機、『ハンタードッグ』4機のCA2小隊と判明。

0700時、戦闘開始。

0743時、戦闘終了。敵勢力の撤退に伴い、撤兵を開始。

戦果報告は以下の通り。


■モールニア  (撃破1)

■ハンタードッグ(撃破1、鹵獲1)

■BMT−102主力戦車(被撃破8)

■損失歩兵(39名)


追記

この戦闘により、アルギュレ平原駐屯戦車部隊の戦闘車両は壊滅、事実上の解散。

残兵への指示と、再編成を要請すると共に、一般部隊に対する対CA戦闘に関する認識改善を強く要望する。

また、この戦闘によりアルギュレ平原駐屯戦車部隊指揮官クラウス・ハウトマン少佐、戦死。

今回負った多大な損害の原因は、少佐による指揮の稚拙さ以外にも、CAに対する決定的な戦力不足が含まれているものと思われる。拠って、今後はこのような多大な損害を防ぐ為にも、偵察部隊の装備強化、彼我の戦闘力に見合った作戦立案等を推進する事を提案する。

                                        以上。

                              部隊長代理ノイエ・クース中尉





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