9話
「おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた。なんでも、ミルヒシュトラーセ公爵が娘の夫選び初日から謎の男に傷を付けられたって話だろ?しかも、その男は未成年だっていうじゃないか」
「そうそう、ミルヒシュトラーセ公爵ってあの魔界三魔天のひとりに数えられるほどの実力者だろ?そんな方に傷を負わせるなんて、いったいどんな悪魔だったんだよ」
(⋯⋯オレです。オレがやりました)
いま、城のあちこちで話題になっているオレの話。なんでこんなことになったのかね。
今日になって知ったんだが、リザルグ殿って魔界三魔天とかいう魔王陛下に次ぐ実力を持つ三悪魔のひとりだったらしいんだよ。(親父もそのひとりらしいんだがな)しかも、魔王陛下に呼び出されてことの詳細を聞かれたとき。なんとあの男は最後に
『あの若造はまだ本気を出していなかった。この俺と対峙できるほどの力の持ち主だ。なんとしてでも探し出します!』
⋯⋯と、自信満々に宣言したそうな。
そしてそれを聞いた魔王陛下は、リザルグを倒した氷那斗に興味を持ったらしく『リザルグを負傷させたという男を探し出せ』という御触れを出したそうな。
ご丁寧にオレの似顔絵と名前を出してくれやがって。しかもその似顔絵が、壊滅的にオレに似ていなかったのが余計腹立つな。
ま、いまのオレはこんな姿してるからバレることは取り敢えずない。目下の問題は、いまオレの目の前で泣いている⋯⋯
「⋯⋯ラティシア嬢、大丈夫ですか?」
「うっ、ううっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯」
頼むから畑でしゃがんで泣かないでくれ。ドレスが汚れるし、オレが泣かせたみたいに思われるから。
氷那斗は仕方なく立ち上がり、ラティシア嬢の手を引いて畑から出た。そして、近くの木陰に移動する。
「ラティシア嬢、なんでそんなに泣いてるんです?何かあったんですか?」
理由はなんとなくわかる気もするが
「ぐすっ⋯⋯す、すみません。ヒナト様は王城に住み込みでいらっしゃるので、ご存知だと思いますが⋯⋯ち、父が、わたくしの夫が決まったと言って、似顔絵を描いて見せてきたのです」
「あー⋯⋯」
「っ、なんと、言いますか、悪魔を見かけで判断するのは失礼だとは思うのですが⋯⋯その⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
わかる、わかりますよラティシア嬢。オレもあれを見たときは思い切り叫びたくなったからな。あんの悪魔、絵心のえの字もないくせに似顔絵なんて描くなよ。どこぞの化け物かと思ったぞ。
うーん、説明するのは難しいんだが取り敢えず説明しておきましょう。あの似顔絵、正直なところ、とある海中生物の成れの果てかと思ったくらいひどかった。
多分、顔だけ描いたつもり⋯⋯だと思いたい。なんか丸い顔に黒のクレヨンでバッサバッサ適当に髪の毛を描いてあって、返り血や混じる赤髪も描いた⋯⋯つもりなんだろう。顔や髪が赤く塗られていた。所々に塗っているつもりなんだろうが、あまりにもお粗末すぎてほとんど真っ赤になっていた。
それに番傘のつもりなのか、上にギザギザの何かが描かれていた。狐の面も描いたんだろうなぁ、不格好な角みたいなのまで生えてたぞ。
⋯⋯わかりますかね?つまり、角が生えたタコと河童と牛が混ぜこぜになったみたいな姿をしてたんですよ!しかも、番傘が河童の皿みたいなってるし。それに、いやらしい下卑た笑みを浮かべているんだぞ!?気持ち悪いどころか気色悪いったらもう!
そんな似顔絵を見せられたラティシア嬢の身になってみろ。王城では、ミルヒシュトラーセ公爵のご令嬢はあんな化け物と添うことになってしまったのかと憐れみの目を向けている悪魔が大勢いるんだぞ!?
オレはあんな化け物顔なんかしてねえよ。もう少しまともに描けよ。それか、描けないなら初めから描くな!オレの認識がとんでもないことになってるだろうが!!