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8話



霧の濃い宵闇。その日は、空一面に星屑が散りばめられた、美しい満月の夜だった。


氷那斗は枕を袋にたくさん詰め込み、さもひとが寝ているように見せかけて、リザルグを探しに出た。仕込み番傘を持ち、目許のみを隠す狐の面を被って。


父の言葉から見た目の特徴は理解している。


ミミズ頭のぼんくら蝦蟇がま。つまり、ミミズ頭はドレッドヘア。ぼんくらは、物分かりの悪い、またはうつけもののこと。で、蝦蟇がまは褐色の肌に黒い紋様のような刺青がある、基本夜行性の男ということだ。


え?なんでわかるかって?そりゃ、何年あの悪魔(ひと)の息子やってると思ってるんです?それくらいわかる。が、ミミズ頭っていうのは悩みどころだな。見た目を指す、たとえばドレッドヘアなのか、あるいは性質を指す⋯⋯さすがに親父の言葉を完璧に理解することは難しい。いや、わかってしまったらお終いな気もするんだが。


そんなことを考えながら夜の魔界を徘徊していると、背後から微かな殺気を感じた。空気を切り裂く音を聞いた瞬間、反射的に仕込み番傘で受け流す。


誰だ、と言葉で言いながら、大体の予想はついていた。恐らく⋯⋯いや、間違いなく、ラティシア嬢の父君、リザルグ殿だ。



「⋯⋯ほぉ?この俺の気配を感じ取ったばかりか、剣を受け流すとはな。若いのに大したもんだ。見かけねえ顔だが、おまえはどこの誰だ?」



リザルグ殿がそう言った折りに、月明かりが夜の魔界に降り注ぎ、リザルグ殿の姿を照らし出した。オレはすぐさま頭のなかで情報の訂正と記録をした。


リザルグ殿は確かに褐色の肌に黒い紋様のような刺青をした美丈夫だったが、ドレッドヘアではなかった。焦げ茶色の短髪だった。



(なら、ミミズ頭っていうのは⋯⋯)



オレはリザルグ殿に平然とこう答えた。



「名乗るほどのものではない。何用でオレに刃を向けた。幾らなんでも、背後から突然襲うなど失礼ではないか?」



理由はわかっているが、敢えて言わない。どこから情報が漏れるか、わかったものじゃないからな。


堂々としたオレの態度に何を思ったのか、リザルグ殿は口に手をあてて笑いを噛み殺していた。



「くくく⋯⋯確かに、失礼ではあったな。俺はリザルグ。娘の夫選びをしている」


「夫選び?それにしては、楽しんでいるように見えるが」


「娘の夫は、強いやつしか認めねえ。だから、この俺が直々に力試しをしてんだよ」


「(うーわ、この悪魔ひと口調が荒いですねえ。あー、だから親父と悪友になれたのか。なんとも厄介で面倒そうな男だ)その行為に、娘の気持ちは汲んでいるのか?」


「関係ねえな。どこの馬の骨とも知らねえやつにやるより、俺が認めた男と添わせる。俺の娘なんだから、異論は言わせねえ」


「随分と勝手で、傲慢な言い草だな。娘が可哀想だ」



ラティシア嬢の哀しげな顔を思い出して、氷那斗はそっと息をついた。好きでもない相手と添うことが女にとってどれだけ酷で、苦痛なことか。それをリザルグは知らないんだな。


⋯⋯ちなみにオレは、お袋に耳にタコができるほど聞かされた。男とは違って、女は繊細なのだと。繊細さの欠片もないお袋に言われてもピンとはこなかったものの、取り敢えずお袋が女を無理やり自分のものにするようなクズにはなるなよと言いたかったのはよくわかった。



「はっ、俺の娘だ。俺がどうしようと勝手だろ。それに、そういったことはこの俺に勝ってから言ってもらおうか!」



そう言い終えると同時にリザルグの姿が氷那斗の前から消え、瞬く間に氷那斗の間合いに入ってきた。常人なら捉えられない速さかもしれない。が、幼い頃から父にしごかれてきた氷那斗には、難なくそれが見えた。


反応できなかったように見せかけて、リザルグの剣筋を読み、番傘で必要最小限の力で足を凪ぎ払った。だが、さすがは父の悪友。態勢を崩しはしたが、すぐさま飛び起きて再び斬りかかってきた。


不謹慎な言い方ではあるが、リザルグとの闘いに愉しささえ覚えてしまった。それくらい、リザルグとの戦闘は激しく心躍らせるような壮絶なものだったのだ。



「これなら、どうだ!」



リザルグ殿の髪が急激に伸び、氷那斗めがけて襲いかかってくる。それを見て、氷那斗は一気にリザルグの懐に滑り込んで一太刀を浴びせた。



「っ、チッ。なんだ、気づいたのか。おまえ、なかなかやるじゃねえか」



咄嗟に飛び退けたリザルグ殿が傷口を押さえながら不敵に笑った。ミミズ頭。つまり、彼の髪は相手の力を吸い取るものだということだ。


ミミズは腐植土を喰い、なかの食物質を栄養とする。つまりそれと同じ原理で、彼の髪は相手の血を喰い、なかに含まれている力を己れの栄養ちからにするのだ。


それを知ってもなお暫くは愉しんでいたが、遊んでいる場合ではないと思い直し、終わらせることにした。もはや、逃げるという予定だったことすらこの時の氷那斗は忘れていた。



「⋯⋯櫻華おうか一刀、咲裂斬さきざきぎり!」



とどめだというように、氷那斗はこの技に力を込めた。父ほどではないが、父に次ぐぐらいの力は持っていると自負している。


⋯⋯ちなみにこの女々しい技の名前は母が考えたものだ。ほかの技はすべて自分で生み出し、名付けたものですがね。これは母が考えた技をオレが再現したってわけです。


そしてこの技は、散ってゆく桜から閃いたものらしい。儚く舞い散る桜のごとく、鮮やかに咲かせて、密やかに裂き斬る。敵じゃないから殺す必要がないので、刃のついていないほうで斬った。あ、この番傘に仕込んでる刀は日本刀なんですよ。


本気で刃のついたほうで斬ったなら、裂けた皮膚から流れ出る真っ赤な血が花となって地面に咲くんだが、斬ってないからそういうことはない。万が一致命傷になるような傷をつけでもしたら、ラティシア嬢も哀しむだろうしな。


仕込み刀を番傘になおすと、地面に片膝をついたリザルグ殿が面白げにこう言ってきた。



「⋯⋯見事だ。この俺に膝をつかすとは、まだ成人してもいない若造にしてはやるな。なかなか見所もある。おまえなら文句もない。惚れ惚れするほどの力もあるし、俺の娘にふさわしいだろ。おまえ、名はなんだ?是非、俺の娘の夫になってくれないか」


「オレは、あんたの娘の夫になるつもりはないが。娘のことを少しでも想う気持ちがあるのなら、娘の気持ちを無視して夫を選ぶべきではない。夫というのは、一生を共にする大事な相手だ。たとえ父であろうが、勝手に決めるようなものじゃないとオレは思うがね」


「ふっ、頑なだなぁ。だが、俺はおまえを諦めるつもりは毛頭ない。名を聞かせろ、若造。それまで、決してここから去ることは赦さん」



豪快な笑みを浮かべるリザルグ殿の瞳には野性味を帯びた光が滲み出ていた。それを見て本気だということを悟ったオレは、仕方なく名乗ることにした。そろそろ戻らないと、時間的にもキツいし。



「⋯⋯オレの名はギスラン。ギスラン=ルキアロス=イヴァンだ」


「ギスラン、か⋯⋯必ず探しだしてみせる。そして、俺の娘の夫になってもらうからな」


「くどい。たとえオレを見つけ出したとしても、オレはあんたの娘の夫になるつもりはない。物分かりの悪い男だな」



それから氷那斗はリザルグのほうを顧みることなく、その場を立ち去った。そして次の日、氷那斗は魔界中で話題となっているリザルグの敗北話とオレの指名手配、泣きながら氷那斗のところにやってきたラティシア嬢に辟易とすることになるのだった。


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