5話
「立ち聞き⋯⋯いや、盗み聞きとは感心しませんね。そこの悪魔、バレバレなんで出てきてもらえませんかね?王子は幼く、オレは人間だからと気配をあまり消してないようですが。正直、(気配が読めるオレとしては)鬱陶しいんですよ」
「⋯⋯これは失礼。人間であるというのに、気配を読むのに長けているとは大したものだ。⋯⋯まぁ、それだけではないんだが」
そう言って氷那斗の前に現れたのは、銀髪の長髪に琥珀色の瞳の、褐色の肌をした青年だった。この見た目の特徴、知っているような気がして氷那斗は軽く眉を寄せた。
そんなオレに、青年は胸に手を当てて軽くお辞儀をしてきた。
「人間相手とはいえ、礼儀のなっていない振る舞いをして申し訳なかった。おれの名はゲオルグ。第二王子の近侍だ」
「⋯⋯は?」
あ、そうだ。親父が言ってたんだった。褐色の肌に銀髪金眼の近侍がいたって。そうか、この悪魔がゲオルグ殿か⋯⋯
しかし純粋な驚きから出た氷那斗の反応を、ゲオルグは別の意味で捉えたらしく、苦々しい顔をした。
「⋯⋯八十年ほど前にレークが魔界を去る際におれはついていこうとしたんだが、新婚生活の邪魔だと言われて置いていかれたんだ。だから、もしいつかレークに会えたら今度こそついていこうと、いまでもレークの近侍を名乗っている。⋯⋯なのに」
ゲオルグが憎々しげに、氷那斗の腕のなかで眠っているザフィアを見た。
「魔王陛下や魔王后が、レークに似ているとザフィア王子を褒め称え、あまつさえレークと同じような状況を再現しようと、おれにザフィア王子に仕えるよう命じられたのだ」
「⋯⋯はぁ⋯⋯⋯⋯」
「おれが朋友とし、忠義を誓っているのはレークだ。レークのそっくりさんに用はない」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ」
やばっ、本気で笑いそうになった!こんな美形が、真面目な顔して『そっくりさん』なんて言うから吹き出しかけたわ!でもまぁ、そっくり様なんて言わなかっただけまだましかね?
つーか苦労させたであろうゲオルグ殿にこんなに慕われていたのにあっさり見捨てたのか。あの父なら平気でやってのけるだろうが、さすがのオレも、ゲオルグ殿が憐れだと思ったぞ。
思わず顔を歪めそうになった氷那斗は必死に顔を取り繕ってゲオルグを見返した。
「あー⋯⋯あの、ゲオルグ殿?オレ⋯⋯私のような下っ端にとって、ゲオルグ殿のお気持ちは察するにあまりあるものがありますが。それが原因でザフィア王子に冷たい態度をとっていたんですか?」
「⋯⋯ああ。大人げないとは、思っていたのだが」
「自覚はあったんですね」
「⋯⋯⋯⋯まぁ」
うわぁ、しょぼくれたよ。野性的な美男子がしょげてても可愛くないですって。なんかこう、もっと堂々としていてほしい御仁だな。
「では、ゲオルグ殿もわかってるんでしょう?ザフィア王子自身に非があるわけではないということを」
「⋯⋯ああ」
「オ⋯⋯私とザフィア王子の話を聞いていたのであれば、私が言おうとしていることがわかりますね?」
「⋯⋯これから、少しずつでいいからザフィア王子と直に対話をしてザフィア王子として接していけ。ということか?」
「そうですね。ザフィア王子に仕えてやれとは言いませんが、ザフィア王子が陛下たちに喜んでもらいたかったことや王子がまだ幼いということを考慮してもらえると助かります」
「⋯⋯わかった。努力しよう」
「はい」
うーん、ザフィアは幼いから幼いなりの素直さがあって素直にオレの話を聞いてくれたが、まさかゲオルグ殿もきちんと聞いてくれた上に屁理屈で返さなかったとは驚きだ。益々親父の身勝手さに苦労させられたのではと勘繰りたくなる⋯⋯そうだ
「あの⋯⋯ゲオルグ殿。第二王子とは、ゲオルグ殿から見てどのような御仁だったのですか?」
「レークか?」
「はい」
そうか、当の本人に聞けばいい!せっかく目の前にいるんですし。
と、少し表情を耀かせながらゲオルグの言葉を待っていると、ゲオルグは苦笑しながら言った。
「何を期待しているのかは知らないが、正直、そんなふうに顔を耀かせて聞くような素晴らしいやつではないぞ」
「へえ⋯⋯」
「レークは子供の頃から表情の起伏が乏しかったが、語彙力は豊かだった。兄君や姉君だけでなく、魔王陛下や魔王后にも無表情で毒舌を吐いていたな」
「⋯⋯はぁ」
「それに突拍子もないことを突然言い出すこともあったな。鉛筆を削り始めたかと思えば、庭を見ながら『辛辣女の童、夢物語にかこつけて撲滅しようか⋯⋯』なんて意味のわからないことをぼやいていたこともあった」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯何を考えてたんだ。意味がわからないどころか、気味が悪い。
「庭で穴を掘りながら『芋虫頭のキャベツ男⋯⋯カリフラワーの怨みを思い知れ』とか、木に縄を括りつけながら『顕示欲の強い身のほど知らずの屑籠が⋯⋯』とか、稽古をしながら『鬼殺しのハンムラビ法典』と叫んだり⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯は?」
「君くらいの歳の頃は、公爵子息であったリザルグといろいろやらかして悪友になったり、精霊王と一戦を交えて一部の領地をカオススポットにしたり、聖樹と呼ばれる木を切り倒して穢れを蔓延させたり⋯⋯無表情な顔で毒を吐きながら悪戯ばかりしていたな」
「え、いや⋯⋯悪戯ってレベルですかね?」
「だが、成人してからは随分と大人しくなった。魔翼族を滅ぼしたり、刀の切れ味を試すために魔王陛下に斬りかかったり、魔神狩りをしたり、リザルグと派手に殺り合って山を二つ、街を三つくらい吹き飛ばしたり、キレた拍子に魔力を暴走させて集落を幾つか破壊したり⋯⋯」
「全っ然、大人しくなってないと思うんですけど!」
「まぁ、人間と悪魔の感性の違いだな」
「いや⋯⋯」
そういう問題じゃないだろ。それにオレは人間じゃないんだが⋯⋯それとも、神の血が混じっているから違和感を感じるのか?悪魔って⋯⋯
「⋯⋯悪魔って、物騒な生き物ですね」
「非力な人間から見ればそう見えるんだろうな」
おっと、口に出てたよ。ゲオルグ殿が大して気にしていなかったからよかったものの、そうじゃなかったら面倒くさいことになってたな。ありがとうゲオルグ殿。