3話
「リオル王子は、そんなしょうもないものを羨ましいと感じられるんですか?そんな、ただの傀儡のような待遇を」
下働きとしては無礼な態度だということを知っていて、氷那斗はそう言った。そしてその言葉に対して、リオルは剣呑な目で氷那斗のことを睨んだ。
「⋯⋯おまえに何がわかる。次兄が去った後に生まれた子供は、ただでさえ放任されていたのに、ザフィアが生まれてからというもの、完全に放置されるようになった。父上たちはいつもいつもザフィアに構ってばかりだから、六番目の兄上からおれ、そして四番目の姉上から十一番目の姉上がみんなザフィアのことを羨ましいと思ってる。それは可笑しいことなのか!?羨ましいと思うことの、何が悪い!」
「悪い?そんなことは言ってません。ただ、リオル王子はザフィア王子のように、第二王子の身代わりとして扱われることを望んでいるのかって聞いてるんですよ」
「⋯⋯あにうえの、身代わ、り?」
「そうです」
なぜわからないのかと思った。祖父母たちは『ザフィア』というひとりの子供を見ているのではない。ザフィアを通して、親父を⋯⋯『レークヴィレム』を見ているのだと。
現に祖父母たちはザフィアに親父がしていたことと同じことをさせようとしていた。それは、少しでも中身を親父に近づけようとした思考からの結果だと、少し考えればわかることだ。
⋯⋯いや、まだ幼いリオルにわかれというほうが無理なのかもしれない。だったら、オレが理解させてやろうじゃないですか。
「リオル王子。貴方から見て魔王陛下は真実、ザフィア王子ご自身を見ていらっしゃるんですかね?貴方が羨むものを、彼の王子は本当に得ていらっしゃるんですか?」
「それはっ⋯⋯」
「貴方の話を聞く限り、オレ⋯⋯私には、ザフィア王子が、いなくなった第二王子の身代わりにされているようにしか思えないんですが。そんな偽りの情を、貴方は欲しているんですか?」
「た、たとえ偽りのものだとしても!おれは父上たちに見てほしい!振り向いて、おれはちゃんと存在するのだと認めてほしいんだ!でも、おれは剣も弓も⋯⋯いや、武術自体が全然だめで⋯⋯っ」
「へぇ?それは矛盾していますね。先ほども話した通り、魔王陛下がザフィア王子に向けられているのは第二王子に対する情であり、ザフィア王子に対するものではないと理解したでしょうが。そして貴方は、それでもいいと言いながら自分自身を見てほしいと言っている」
気づけ、と思った。リオルは欲しがってばかりで自分からそれを掴み取ろうとしていない。最初から無理だと諦めているのだ。
「なら⋯⋯おれはどうすればいいんだ。さっきも言ったが、おれは武術が⋯⋯」
「オレはそれが間違っていると思いますがね」
「⋯⋯え?」
弱々しい眼差しで、リオルがオレを見る。オレはそれに対して強い眼差しで返した。
「武術ができないと言いましたね?それが貴方自身なんですよ。第二王子のように武術の腕を磨こうとしても、貴方には武術の才能はない。できない武術の腕を磨こうとしても結果はたかが知れています。それに、それではザフィア王子のように第二王子の身代わりになろうとしているのと同じことだと思いますがね。リオル王子はリオル王子。他の誰かになることはできませんし、他の誰も貴方になることはできない。それが、個性というものじゃあないんですか?」
オレの言葉を、リオルが呆然と繰り返すように紡いだ。
「⋯⋯おれは、おれ。おれが兄上になれないように、他の誰も、おれにはなれない。おれと同じになることは、できない」
「はい、そうです」
にこりとオレが笑うと、リオルの口角がじわりじわりと上がり、目に涙を滲ませながらもその顔に微笑ができた。
「なら⋯⋯おれはおれにしかできないことをすればいいんだ。いなくなった兄上の真似をするんじゃなくて、おれが⋯⋯リオルができることをするんだ」
「はい、それがいいと思いますよ」
よしよしと取り敢えず氷那斗はひと安心した。後はこれからリオルがどうするか、ということなのだが⋯⋯まぁそれはリオル自身が決めることだからいい。問題は他の叔父叔母たち、そしてザフィアだ。
(オレの親父も無関係とは言えないんだよなぁ⋯⋯さぁて、これからどうするか⋯⋯)
うんうんと頭を悩ませていると、文官に着せられた燕尾服の端が引っ張られているのを感じた。ついと視線を向けると、リオルが上目遣いで氷那斗の目を覗き込んできた。
「ヒナト、だったか?おれ、いま考えたんだが。おれは戦術・戦略とか考えるの、得意なんだ。だからおれ、いずれ参謀とか将軍とかになれるように頑張ることにした」
「参謀って⋯⋯まぁ、リオル王子にとって得意なことがあるんならその腕を磨くに越したことはありませんね。頑張ってください」
氷那斗としてはそこは別にどうでもよかったので、そう投げ遣りに言うと、リオルは突然、大人びたような口調で話し掛けてきた。
「ヒナトは、おれの傍でずっと味方でいてくれるか」
「無理ですよ。間接的に味方でいるのは構いませんがオレは所詮下働きなんで」
(戦術かぁ⋯⋯親父の場合ちまちまと戦術やら戦略やらを考えるのは性に合わないから行き当たりばったりだったって言ってたし、オレもその影響をもろ受けてたから戦術やらはからっきしだしなぁ⋯⋯)
そんなことを考えていると、リオルが両手で燕尾服の裾を掴んで思い切り下に引っ張った。
「王子、燕尾服が破れますから離してください」
使い古しのよれよれでくたびれているから尚更。
「いやだ!いいだろ!?おれの側近にしてやるから!」
「それならばなおのこと。お断りします」
こいつ、こんなキャラだったか?それにしたって、幼いとはいえなんでオレが叔父に構ってやらなきゃいけないんだ?⋯⋯ああ、幼いからか。
父ほどではないにしろそこそこ容赦ない性格の氷那斗はリオルの頼みを退け、そして命令通り、文官のところまで引きずって連れていったのだった。
はぁ~あ、疲れたー