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12話



城の中に入っていくリザルグ殿とラティシア嬢を見送ると、オレは深々と溜め息をこぼした。



「ったく、何をやってるんだかねえ⋯⋯オレは」



結局、負け犬の遠吠えのような事を言っただけのようになってしまった。正体がバレるのは面倒だから嫌だ、それは本音だ。だが、その為にラティシア嬢がしたくもない相手との結婚をする事になってしまったのではないか。



「そもそも、何でオレはリザルグ殿と闘おうとしたんだったか」



思えばわざわざ己れが闘う必要など無かったのではないか。そのうち誰か強い悪魔とリザルグ殿が闘い、普通に良い相手が見つかったのではないだろうか。今更ながらそう思えてならないのだ。


オレのふりをして現れた相手がどんな奴かは知らないが、オレのふりをしているのならば、あのリザルグ殿と殺り合う覚悟のある強い悪魔(やつ)だとは思うのだが、どうも釈然としない。



(さて、どうしたものか)



自分の中にあるもやもやとした気持ちが上手く整理できず、またラティシア嬢の気持ちの問題もある。夫となる悪魔(おとこ)がラティシア嬢にとって幸せになれる相手であればいいのだが、下手に動くことができないと苦悩するヒナトだった。





******





その頃、謁見の間では━━━━━━━━



「陛下、リザルグが参上仕りました。この度はご助力を頂き、誠に感謝致します」


「む、娘のラティシア=ミルヒシュトラーセと申します 。ま、魔王両陛下におかれましては、ご機嫌麗しくっ」



堂々と現れた父親とは対照的に少しおどおどとした娘の様子に苦笑しながら、魔王は口を開いた。



「リザルグとその娘、堅苦しいのはよせ。楽にするがよい。折角待ちわびた相手との対面なのだ、もっと自然体でおらねば。なあ?」



玲瓏な雰囲気を醸し出す魔界の絶対君主は、面白そうな笑みを浮かべて隣に座る己れの妃に視線を向けた。その視線を受けた魔王后は穏やかな笑みを浮かべ、ラティシアに目を向けた。



「そうですね。⋯⋯リザルグ殿と打ち合えることの出来るほどの強者など、そうはいないでしょう。素晴らしい殿方を夫として迎えることが出来るのですから、貴女のその可愛らしい魅力を翳らせないようにしなければ」



と、優しい言葉をかける。その言葉に促されるように、そろりと視線を夫となる悪魔(ひと)に向ける。と



(ふ、ふわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)



驚きのあまり、咄嗟に声が出なかった。そこにいたのは、父の似顔絵とは似ても似つかぬ野性味を帯びた美男子だった。


燃えるような深紅の長髪。浅黒い肌は傷ひとつなくなめらかで、一度も敗北をしたことの無いと言っているようなものであった。鋭く切れ長の瞳は涼しげで、見た者の心を捉えて離さないような力強さを放っている。


気怠げで倦んだような表情も、婀娜っぽい唇も、そのすべてが彼の魅力を沸き立たせるようであった。


呆然と立ち尽くすラティシアを一瞥すると、男はリザルグに向かって言った。



「リゲルの谷の、(ぬし)の息子。名は、ギスキア=キルヒ=エイヴァン。見てわかると思うが、手前の探し人と、おれは別人だ。名前が似ているから勘違いされただけで、手前の事なぞ知らん。陛下の命があったからここに来たが、これではっきりしただろ。もうおれは帰らせてもらう」



目を見開く魔王両陛下の前でも気にせずぞんざいな態度で迷惑そうにそう言うと、ギスキアはさっさと出て行こうとした。が、しかしリザルグがそれを赦さなかった。



「まあ待て、確かに名前も雰囲気も違うし、別人だというのは認めよう。俺と対峙したやつに会って、娘の夫にしたかったんだが⋯⋯いまは別にそんな事はどうでもいい。重要なのは、てめえが強いかどうか。ただそれだけだッ!」


「っこんの、戦闘バカ!!」



いきなり斬りかかってきたリザルグに、忌々しげに叫んでギスキアが応戦する。すると、水を得た魚のように嬉々としてリザルグの剣撃が鋭さを増した。それにあわせてギスキアの剣も素早さを増す。互いに一歩も相手に譲らず、また引けも取らなかった。


慌てたのはラティシアだった。



「お、お父様!両陛下の御前で、何をなさっているのですか!相手の方にもご迷惑をおかけして⋯⋯」


「やかましいっ、お前の夫となる悪魔(おとこ)だ!俺が試すと言ったろう。黙っていろ!」


「お父様っ⋯⋯」


「勝手に手前の娘の夫にされては迷惑だ!いい加減に諦めろ!」


「━━━静まれ」



騒がしい場が、一瞬で静まり返った。魔王陛下が、言葉を発したからだ。逆らうことは、赦されない。


魔王がギスキアに視線を向け、厳かに問うた。



「お主は、リザルグの相手をした者ではなかったか」


「⋯⋯おれは誤解を解くためにここに来た次第。陛下に誓って、決して偽りは申していません」


「ふむ、リザルグも違うと認めていたからな。この話はなかった事としよう。そなたには、此度は誤って招いた事を詫びねばな」


「もったいないお言葉。ですが、誤解である事を理解して頂けたゆえ、そろそろお暇させて頂きたく」


「⋯⋯いや、折角はるばる遠くから来たのだ。我の勘違いでもあるのだ。暫しの滞在を許可しよう。城の一室を貸し与える。好きに過ごすが良い。リザルグとその娘、お主たちもだ」


「はっ!」


「え、あっ、ありがとうございますっ」


「⋯⋯お心遣い、ありがたく」



滞在の許可、と聞こえはいいがそれはすなわち魔王の勅命だ。拒む事など赦されない。許可とは言葉ばかりで命じられたも同然。受ける以外に選択肢などありはしないのだ。


魔王の思惑が何処にあるのかはわからないが、話が白紙に戻ったとはいえ、ギスキアはリザルグたちと暫く顔を合わせることになるのだった。





******





リザルグたちと夫候補の対面から数日間、氷那斗は必死に働いていた。下等な人間と嘲る下級悪魔どもにこき使われ、リオルやザフィアには呼び出され、またそれを妬んだ官僚(あほ)どもに虐げられ⋯⋯悪循環にも程がある。


久々にできた穏やかな時間、それは畑仕事の時間だった。この時間ばかりは面倒な対人関係から解放される為、重労働だったはずの畑仕事はいまとなっては貴重な安らぎの時間と化している。



(あー、永遠にこの時間が続けばいい~)



そんな取り留めのないことを考えながら辺りを見まわしていると、視界の端に何やら見覚えのない悪魔が━━━━━━



「て、またかよ!何で誰も彼も(ここ)に来るんだ!?オレの唯一の癒しのひとときを邪魔するなっての!」


「⋯⋯あ゛?何だ、手前は」



此方を振り返った悪魔(おとこ)は、腿のあたりまで伸ばした深紅の長髪を靡かせて柄の悪そうな声を上げた。



「そりゃあ、こっちのセリフだっての。オレの安ら⋯⋯仕事場に何のようです?仕事の邪魔なんですけど」


「はっ、仕事だぁ?手前、ここの下働きかぁ?仮にもおれは客人だぞ。下働きの、それも下等な人間風情が、大層なクチきいてんじゃねぇ。殺すぞ、虫ケラ」



ぷちん、と何処かで大切な何かが切れる音がした。度重なる疲労と悪質な労働環境に怒りの沸点が低くなっていた氷那斗は、もはや何も言わず、問答無用で相手を殴り飛ばした。



「どいっつもこいつも、黙ってりゃあ好き放題言ってくれやがって!殺すぞ、だぁ?だったらオレが殺し返してやろうか!?こんの下級悪魔風情が!!」


「あ゛あ゛?手前、このおれを下級悪魔風情だと?ふざけんじゃねえ!手前のそのお飾りみてぇな目ん玉、抉り出すぞコラ!!」



互いに物騒な雰囲気を醸し出し、一触即発の空気が流れた。そして、先に動き出したのは赤髪の悪魔の方だった。



「さしものおれとて魔王城(ここ)で殺り合うのはまずい。場所を変えんぞ!手前如き人間風情にはもったいないがな!」


「言ってろ!返り討ちにしてやるわ!!」



擬装空間、発動━━━━━━


赤髪の悪魔の言葉と同時に彼を中心に異空間のものと思われる生ぬるい風が吹き荒れた。と同時に、昔、子どもの頃に父親から聞いた話を思い出していた。



━━━悪魔っつってもいろんなタイプがいる。外見や内包する魔力だけで判断するんじゃあねえぞ。そういうのは馬鹿がやる事だ。そして特殊な悪魔の中で特に一番厄介なのは空間系支配の能力者だァ。未だに奴らの能力は底知れねえ。


(そういう時は、どうすればいいの?)


━━━奴らにゃあ共通の弱点ってのがねぇからなァ。個々で能力に差があるし、弱点も違ぇ。それくらい自分で考えて対処しろや。



「⋯⋯って、結局能力について碌な話が聞けてねえ!」



過去の記憶にひとりツッコミを入れている間に、移動は終わっていたようだった。


辺りを見廻すと、そこは薄暗い草原のような広い世界だった。生き物の気配も、いや、ほかの誰の気配も感じない空間だ。となると



「場所を移動した、ってのは少し違うか。此処は、この短時間であんたが創り出した擬似的な世界ってなわけだ。そりゃ、生き物の気配がしないわけだ。元より存在しない空間なんだからな」


「ほぉ?人間風情にしては頭が回るようだな。だが、手前は此処で終わりだ。普通の悪魔でさえ苦戦する空間系能力者たるおれはその中でも上位に位置する力を持っている。最初(はな)から手前に勝ち目なんざなかったんだよ!!」



そう言うと赤髪の悪魔は手を上に翳し、剣を取り出すと氷那斗に向かって振り下ろした。

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