11話
パチパチと火花を散らして睨み合う父と友人を、オロオロと見つめる娘。傍から見ると、娘との婚約を認めないと睨みをきかせる父と、それに反抗する彼氏のように見えなくも⋯⋯ない。
兵士がどうしようかと困り果てていると、城の方からひとりの侍女が慌てた様子で走ってきた。
「み、ミルヒシュトラーセ公爵と公爵令嬢!陛下より、例の男が見つかったので急ぎ謁見の間へ来るようにとのお達しがっ⋯⋯」
「何?もう見つかったか!」
にやり、と好戦的に唇の端をあげるリザルグ殿とは逆に、ラティシア嬢は青ざめた顔で微かに震えていた。本人はというと
「はぁっ!?何だその展開は!どっから湧いてきたんだそいつ」
この上なく動揺しまくっていた。
そんな氷那斗を鼻で笑うかのように、リザルグは娘の肩に手を置き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「残念だったな、ガキ。てめえには俺の意志も、俺の娘をどうする事もできやしねえんだよ」
「ひ、ヒナト様⋯⋯っ」
「んだよおまえ。もしかしてあんな人間のヒヨッコなんざに惚れでもしてたのか?ったく、俺の娘のくせに誰に似たのか」
「そ、そんな事っ⋯⋯」
先ほどとは違い、顔を真っ赤にさせたラティシア嬢があたふたとする様子を見て、氷那斗は溜め息とともに抑えた声を出した。
「ラティシア嬢。あんたの人生も幸せも、全部あんたのもんだ。あんたがそれでいいならオレはもう何も言いません。だがね」
顔を上げ、真っ直ぐラティシア嬢の瞳を見ながら氷那斗は力強く言った。
「嫌だと言うなら、苦しいと思うなら⋯⋯いつでもオレが、力になりますよ」
「ヒナト、様」
「あんたの前にあるのは決められた道だけじゃない。道なんてたくさんある。抜け道も分かれ道も、道とさえ言えないものだってね。辛くても申し訳なくても、自分にしか選べない道が⋯⋯譲れない道ってのが必ずある。己自身で選んだ自分らしい道ってのが誰にでもある」
「う、あっ⋯⋯」
「たとえどんな道を進もうとも。何度も迷い何度も選び、そしてそれが間違いだったとしても。それでも進まなくてはならない。それが生きるってことですよ。⋯⋯ねえ、あんた。ちゃんと自分の人生、自分で生きてます?」
そんな父親の操り人形みたいな生き方で、あんたは本当にそれでいいのか?
ただひたすらに己れを殺してまで父親に従うあんたは、自分の人生を楽しんでるのか?生きていると、言えるのか?
「わ、たくし⋯⋯は…っ」
「ラティシア、行くぞ。これ以上、人間のガキの戯言に付き合ってる暇はねえ。好いてんのか惚れてんのかは知らねえが、たった百年も生きられない人間と馴れ合うなんざ酔狂なことをするんじゃねえよ」
「っ⋯⋯で、も⋯⋯⋯⋯」
「いいから行くぞ。おいガキ、もう二度とこいつに近づくんじゃねえ。もし近づきでもしたら、命の保証はしねえからな」
ギロりと鋭い視線を投げ掛けてくるリザルグに、氷那斗は好戦的な笑みを返した。