8話 「涙流して」
今日、アランさんが倒れた。いつもより早く僕との訓練を『疲れたからやめよう』って言ってすぐに
「アランさん、どうして・・・」
荒い息をして意識のないアランさんの隣でそんな事を言ってみるけど、返事は返ってこない
「アランはね、最期にリュウトくんに全てを託したかったのよ。もう助からないってわかっていたから」
冷静な顔で姉さんは言うけど、目に溜まった今にも溢れそうな涙は隠せない。だから、僕も泣いちゃいけないんだ
「それは・・・ちょっと・・・違うかな」
「アランさん!」
そんな姉さんに返事を返したのは気を失っていたはずのアランさん。でも、その声はとても小さくて途切れとぎれで
「アラン、喋ちゃダメよ。あなた、今死にたいの?」
「はは・・・でも、そうはいかないんだ。・・・リュウトくん・・・俺は言ったよね? ・・・戦士は」
うん、アランさんが教えてくれた心得。何度も何度も、これだけは忘れるなって
「戦士は最後まで諦めたらいけない。どんなに惨めでも、どんなに可能性が低くても最後まで足掻き通せ」
「そう・・・だ。俺はね、諦めちゃいないんだ・・・よ。でも・・・ね?」
アランさんの言葉には続きがあった。えっと
「だが常に最悪は想定しろ?」
「ああ・・・死ぬ気は・・・ない。でも・・・死んでもいいように・・・準備は・・・する。・・・今もだ」
アランさんが咳き込む。そして吐き出された大量の血・・・たぶん、命に関わる量を
「アランさん! わかったから! だからもう!!」
「まだ・・・だ! まだ結果は出てない・・・出てないうちは・・・諦めちゃダメ・・・なのさ。・・・でもね・・・今言わなければ・・・二度と言う機会が・・・ないかも・・・知れない。無事・・・だったら・・・その時に笑い・・・話に・・・すればいい」
「アラン! いいから黙りなさい! まだ少しでも生き残ることを諦めていないのならば!!」
僕が、姉さんが叫ぶ。そして
「そう・・・だね。じゃあ・・・少しだけ・・・休ませて・・・もらうね」
そう言ってアランさんは眠るように静かに・・・呼吸を止めた
「リュウトくんは泣かないのね」
「そういう姉さんは泣いたみたいだけど」
僕は後ろから話しかけてきた姉さんにそう返す。姉さんの話では街ではお葬式とかいうのをするらしいんだけど、ここではそんなのはできないからただ埋めるだけなんだとか
「私がアランのために流す最初で最後の涙よ。最後に送られる女の涙の粒一つは男の勲章らしいわよ」
姉さんが流したのが一粒かどうかは僕は知らない。知る必要もないと思う。ただ姉さんがアランさんに送ったのがその涙一粒ならば僕は
「僕は・・・アランさんの分までみんなを守っ!」
そこまで言ったら姉さんに思いっきり拳骨を叩き込まれた。っていうか首しまっている! 関節もなんか曲がっちゃいけない方向に曲がっているよ!?
「まだまだリュウトくんがアランみたいになるのは早いわよ。アランだってきっとそう言うわよ。っていうかね、弟は大人しくお姉ちゃんに守られなさい!」
わかったから! わかったからその手を! せめて首のところだけでも離して!!
「アランが言ってたわよ。あなたには才能が有るって。いつか自分が教えたことを昇華させて、そして自分のオリジナルを加えてもっと高い技術を持つようになるって。だから今はアランの教えを守っておきなさい。あいつが教えたことがあなたの血となり肉となるように」
あ、アランさんが? で、でも姉さん・・・やっぱりその前に首・・・
「あら? 気絶するほど嬉しかったのかしら? リュウトくんもやっぱりまだまだ子供ね」
僕はかすかに残った意識の中で思った。姉さん、それは違うと
「いたた、姉さんももう少し手加減して欲しいよ」
気がついたときには空には一番星。関節のあっちこっちが痛むけど、今はそれ以上に心が痛い気がする
「ママナお姉ちゃん、待っているかな?」
アランさんが滞在していた時も毎日会いに行っていたママナお姉ちゃん。こんな日だからとかそういう風には思えなかった。ううん、こんな日だからこそいつもと同じようにしなくちゃいけないような気がした
「リュウト、元気ないね」
ママナお姉ちゃんの最初の一言はそれだった。そんなに元気なく見えるのかな?
「・・・うん」
「ごめんね、本当は私知ってた」
ママナお姉ちゃんが何を言いたいのかわからなくて僕はただ顔を見て
「森の中ではね、生きるも死ぬも当たり前なの。だから、私も生も死も気にしたことなかった。でもね、リュウトにあってそれが変わったの。リュウトがいなくなるのはすごく寂しい。リュウトに会えなくなるのはすごく怖い。私はリュウトに会って恐怖も寂しさも知ったの。ねぇ、リュウト? 私がいなくなってもリュウトは寂しい?」
「あ、当たり前だよ! ママナお姉ちゃんまでいなくなるなんて嫌だよ」
そんなの我慢できない。そう思うのにママナお姉ちゃん嬉しそうで
「うん、そう思ってくれるだけで嬉しい。きっとね、あの人も同じだよ。だから忘れちゃダメだよ、リュウト」
そう言って、笑顔でママナお姉ちゃんは両手を広げて
「え、えっと?」
「マリアさんの前で泣けなかったんじゃないんでしょ? あんなにいっぱいの弟や妹の前では泣けなかったんだよね? でも、ここには私しかいないよ?」
だから、ここで一生分の涙を流そう。男の涙が勲章になるのかはわからないけど、僕がアランさんのために流す最後の涙なんだから
アランが教えたこと、最後まで諦めずに足掻き通すこと・・・剣術以上に今のリュウトを形作っているのかもしれません
リュウト「少なくてもアランさんがいなかったら今の俺はなかった。それは間違いないな。もっとも、それは姉さんやママナも同じことだが」
確かにそうですね。ですが、この当時は素直に泣けたリュウトも本編の時点では泣くこともできないひねくれ具合にヒッ!?
マリア「そこは男として成長したって言っておきなさいね~」
ママナ「そうだよぉ! それにあの時はアキが泣いてたからリュウトは泣けなかったんだよぉ!」
あ、あのその笑顔で迫って来るのは非常に怖いのですが・・・
リュウト「ま、まぁ、あの時ほど素直に感情表現できなくなったのは事実だしな。そ、それじゃあそろそろお開きにするか?」
マリア「リュウトくんは先に帰っていいわよ。わたしたちはちょっとお話があるから」
ママナ「うんうん、私も言いたいこといっぱい溜まっているしね。たまには私も参加しなくっちゃ!」
お、お手柔らかにお願いします。では、また次話もできるだけ早く投稿しますので、本編ともどもによろしくお願いいたします