7話 「剣と鞘」
「アランさん、どうしたの?」
アランさんから鍛錬をつけてもらって大体3週間が過ぎた頃、僕はようやくその異変に気がついた。なんていうか、アランさんは日に日に弱くなっているような気がしたんだ。僕と打ち合って力負けすることが多くなったし、息が切れるのも早い。それに顔色だって・・・
「いや、ちょっと疲れただけさ。俺も歳かな~」
はっはっは、って笑うアランさんだけど、それさえも苦しそうに見える。僕が強くなったわけじゃないと思う。ううん、ママナお姉ちゃんが言ったように僕が強くなっているのも事実だとは思うんだ。でも、きっとそれだけじゃない
「・・・アランさん」
「君が気にすることじゃないさ。今はこの時に最大限強くなることだけを考えてくれ。ほかの誰でもない、君とマリアさんのために」
声は聞こえなかったけど、そのあとにアランさんの口が『それと俺のために』って言っていたように見えたのは僕の気のせい?
「うちの周りを汚さないでくれるかしら?」
リュウトくんの鍛錬が終わり、隠れて血を吐いた俺にかけられたマリアさんのこんな言葉
「はは、汚すとはひどくないかい?」
だが、怒りの感情は湧かない。言葉とは裏腹なそんな表情を見て怒れる人物が居るならばよっぽどだろう
「せめて、リュウトくんには気がつかれないようにしなさい・・・最期の時までは」
「ああ、そうするよ。彼は俺の全てを伝えるにもっとも適しているとそう確信できたからね」
俺の言葉にマリアさんは不思議そうな顔をする。戦う人ではない彼女にはわからないことではあるのだろう
「ああ、まだ小さくて経験が少ないから余計なクセがないとかそんな感じ?」
クセがない? やっぱり分かっていないみたいだね。彼には癖がある・・・本人は本当に知らないのかもしれないが、俺なんかよりももっと上手に鍛えられたあとが残っている。だが、タイプ的にはかなり近いから俺の技術も問題なく継承してくれるはずなんだ
「彼は強くなるよ。俺なんかよりもよっぽどね。戦士の感ってやつだ」
「強く・・・ならなければいけないのかしら?」
小さく、誰に言うでもなくつぶやいた言葉はきっとマリアさんの本心なのだろう
「マリアさん・・・」
「強くなんかなくたって私が守ってあげるのに。私の弟でいてくれればいいのに・・・怖いのよ。いつか、私の前から消えてしまいそうで」
それはきっとマリアさんの強さであり弱さなのだろう。俺が何も残せない死を恐れるように、リュウトくんがここを失うことを恐れるように
「どうして、どうしてなのよ・・・」
「男っていうのはそういうものなんだ。大切なものは守られるよりも守りたいんだよ」
「馬鹿ばっかりよ。あなたもリュウトくんも・・・私も」
マリアさんの目から頬を伝う一筋の涙。俺には世界で最も美しいものに思える。悲しみの涙なんてゴメンだと思うのに、その涙がリュウトくんでなく俺に対してのものだったらと思うあたり俺も彼女の言うとおり相当な大馬鹿者だ
「なぁ、マリアさん。マリアさんは絶対に死んではいけないよ?」
マリアさんの目が何を言うのよって感じにこちらを見る。それはそうだろう。人は普段は死なんて見つめていない。俺のようにそして老い先短い老人のように目の前に死を突きつけられていれば話は別だがマリアさんのように若く健康な女性が考えることではない。なぜならば、それは生物にとって最大の禁忌であり恐怖だからだ
「リュウトくんはね、怖いんだ。彼は守るために力を得ようとしている。それは間違いないことなんだけど、彼の特性はこれ以上にないほどに攻撃特化なんだ」
それは酷くバランスが悪い。彼自身は守りたいって思っているのに、できる手段は攻撃だけ。盾で脅威から守るんじゃない。剣で近づくものを斬り伏せる守り方。それは彼の優しい心を傷つけるだろう
「マリアさんは東方で作られているという刀っていう剣を知っているかな? それはね、使い方は難しいんだけど恐ろしい程の切れ味を持った優秀な剣なんだ。でもね、同時にひどく脆い。金属を薄くのばして作られたそれは衝撃を受け流せなければすぐに折れてしまう。特に一番薄くなっている根元の部分に当てられたら簡単に折れてしまう品物なんだ。俺にはリュウトくんもそうであるように思える」
強い攻撃力を持った剣。多くを切り裂き、そして多くを守り・・・けれど自分だけは守れない。その力で何かを切り裂くたびに、誰かを守るために衝撃を受け止めるたびに目に見えない小さな傷が増え、いつかは折れる。もしくは致命的な箇所に一撃をもらって即座に折れるか。今のリュウトくんの致命的な場所というのはこことマリアさんだろう
「リュウトくんも折れるって・・・そうあなたは言うの?」
俺は首を縦に振ることで答えにする。疑問ならばともかく確定として知人の、全てを託す弟子の破滅を口に出せるほど俺も強くはない
「剣には鞘が必要なんだ。暴走しないように、そして剣自身を守るために」
「私が・・・鞘?」
もう一度首を縦に振って答えとする。今度は・・・嫉妬かな?
「鞘は剣よりも先に壊れてはいけないよ。新しい鞘が剣にぴったりとは限らないし、そもそも新しい鞘が出来るかどうかだってわからないんだから」
「アラン、本当の鞘はあなたなのではないかしら?」
今度は首を横に振る。これは悲しみだろうか
「俺は槌さ。剣として完成する前のリュウトくんを叩いて作るもの。そして俺の死を持ってリュウトくんは剣になるのだろうね」
「アラン、それは・・・」
なんだかんだ言って優しいマリアさんだ。何を言うのかはわかっている。だから
「さて、明日もある。リュウトくんに心配をかけないためにもそろそろ寝るとしようか」
だからこそ聞く訳にはいかないのさ。俺の最期の望み、覚悟が揺らいでしまうかもしれないから
師は本人以上に弟子のことを知る・・・というところでしょうか
マリア「確かに本編のリュウトくんのことを的確に読み抜いているわね。アランの癖に」
リュウト「嬉しい半面悲しいと思ってしまうのは俺だからなんだろうな。師か・・・俺はヤマトの師としてやれることをやっているのだろうか」
リュウトも今は別の人物の師なわけですからね。状況が違うので単純比較はできませんがリュウトもそれなりに師はやっているとは思いますよ
ママナ「そうだよぉ。私たまにリュウトとヤマトの訓練見てるけど、リュウトだってヤマト以上にヤマトの性格や剣術知っているよぉ」
リュウト「そりゃまぁ、それなりに見ているし・・・そっか、アランさんも同じような感覚だったのかもな」
とまぁ、リュウトはこうやって強くなっていったわけですね。ですが、本編開始時点になるにはもう少しいろんな経験が必要なのです
マリア「だから次こそはさっさと更新することね。私とリュウトくんの物語を」
ママナ「私とリュウトのだよぉ」
と、というところで今回はお開きです。次回もよろしくお願いします~