5話 「アランの願い」
それは、とある晴れた日のこと
「ん~、アランじゃない! 久しぶりねぇ」
外から聞こえたそんな姉さんの声に僕は飛び上がった。アランさんとはもう随分会っていない。正直死んでしまったんじゃないかって、そう思うことも何度もあったんだ
「はは、見ての通りの有様でね」
扉を勢いよく開けて飛び出た先に見えたのは前と変わらないアランさんの笑顔。でも、その右腕は・・・なかった
「アランさん、それ・・・」
声も指す指も震えた僕に気がついたアランさんは僕にも笑いかけて
「久しぶりだね、リュウトくん。ん、これかい? 冒険者なんてやっているとこんなこともね。なに、腕の一本で済んだならば運が良かったのさ」
僕の心はフルルと震える。でも、それになんていう名前をつければいいのか僕にはわからなかった
「リュウトくん、怖いかい?」
「ううん、怖いんじゃない。怖いんじゃないんだ」
ショックだったのは間違いないと思う。その中に恐怖が混じっているのも事実だと思う。でも、この震えの大半はきっと違う
「リュウトくん、君は冒険者になりたいのかい?」
「僕は・・・僕は強くなりたい! みんなを守れるぐらい、強くなりたい!」
こっちの答えは簡単だった。僕はみんなが守れればそれできっといいんだ
「そうか、じゃあ俺が君を鍛えてあげるよ」
その言葉に僕は飛びついた。だってずっとそうであったらいいのにって思っていたことだったから。なんで、そう言ってくれたかなんて考えもしなかった
「リュウトくん、その木の棒はひとまず置くんだ」
「えっ? だって僕はこれぐらいしか」
ほかの武器なんてここにはないのに
「いいかい? まず君が覚えるのは武器の扱いじゃない。まずは武器をなくしても戦える力を持つことさ。俺たち人間は魔法の力は弱い。これがエルフとかならば武器を失っても魔法で戦えるが、俺たちはそうはいかない。戦場で武器を失ったら何もできずになぶり殺されるじゃ困るだろう? ならどうするか? 答えは体術を鍛えること。武器はなくても戦えるが、得意な獲物があればなお強いぐらいでいい」
そこまで言ってアランさんはニッコリと笑った顔を引き締めて
「さぁ俺を攻撃して見ろ。何をやってもいい、どんなことをしても生き延びる・・・それが戦士というのさ」
「えっ? だってアランさん、右腕が・・・」
「ははは、リュウトくん? 君は俺を侮っているのかな?」
ゾクリとする。これはさっきのフルルとは違って明らかに恐怖だと思うんだ。だって
「片腕を失っていようとも今の君に負けるような冒険者はいない」
気がついたときには僕の目の前に左の拳が突きつけられていたから・・・そして
「重心が高い! もっと腰を落とせ! 君の武器は腕だけか!? もっと全身を使うんだ!」
そうして始まったアランさんとの特訓。僕のどんな攻撃もあっさりと返されて何もできない。僕は・・・弱いんだ
「今日はここまでだ」
「まだ! まだやれるよ!」
「・・・ふう、だめだよ、リュウトくん。しっかり休むのもまた戦士の仕事さ。ちゃんと休まないと強くはなれないのさ」
特訓が終わればいつもどおりの笑顔、いつもどおりのアランさん。でもなんかいつもと違う気がしたんだ
「っう! 思ったよりも大変だな、これは」
リュウトくんが遠ざかったのを確認し、木に寄りかかりながら荒くなった息を整える。体に走る激痛を誤魔化す手段はないけれども
「お疲れ、アラン」
「な、マリアさん!?」
見られた!? いや、それにしては随分と平然としているような・・・
「で、アラン? あなた、いつまで生きられるのかしら」
あはは、どうやら俺よりもマリアさんの方が上手みたいだな。初めて会ったときはまだまだ小さな子供だと思っていたんだが、これも才能というものなんだろうか
「医者の見立てではあと約一ヶ月だそうだよ」
だから正直に言う。それにほんのちょっと彼女の顔がゆがんだのがひどく意外で新鮮だった
「別に気にすることじゃない。この怪我を負った時の仲間はみんなその場で死んだ。俺が生き残ったのはたまたまさ。偶然やぶれかぶれの一撃がいいとこに決まってね・・・気を失った俺を通りかかりの冒険者が医者に連れて行ってくれなかったらそこで死んでいたしね」
「で、その最後の一ヶ月をあなたはリュウトくんのために使うつもり?」
「リュウトくんのために? はは、まさか? 俺はそこまでお人好しじゃないよ」
そうリュウトくんのためじゃない。これは俺のためだ
「怪我を負ってからね、いろいろ制限はあるけど前と同じように動けるようになるまで半年リハビリしたよ。医者は呆れてたなぁ。約半年・・・実際には7ヶ月に伸びたみたいだが、近いうちに死ぬことが確定しているのに半年リハビリしてどうすると。全く動けないわけでもないのだから、もっと最期の時を楽しめなんて余計なお節介付きでね」
「そう・・・で、なんであなたはそんなことを?」
「決まっている。これが俺の最後の望みだからだ。俺に子供はいない。なにか偉業をなしたわけでもない。このまま死んだら俺が生きていた証が何もなくなってしまうってね。だからさ、リュウトくんについでもらいたいんだよ、俺の知識と経験を。それで彼が何かを守れたら、俺の命にも価値が生まれると思わないかい?」
そのために俺はリュウトくんを利用しようとしているのかもしれない。だが、それぐらいいいだろう? 俺にとってもここはいつの間にか大切な場所になってしまったんだから
「好きにしなさい。でもね! それでリュウトくんを危ない目にあわせたら許さないわよ。あの世にだって殴り込んでやるわ」
「わかっているよ。君の大切な恋人だしね」
「弟よ、弟! こ、恋人なんじゃないわ」
はは、君は気が付いているのかな? リュウトくんの事を話す君の顔は随分と優しく嬉しそうだって。今だって、そんなにも顔を真っ赤にして・・・俺はもうリュウトくんに負けているのかもなぁ。俺が射止められなかった娘を彼は見事に射止めたんだから
お久しぶりの幸せのユートピアの続きです
ママナ「ぶ~、遅すぎだよ~」
それに関しては何も言い訳できませんです
マリア「んで、今回は随分とアランが目立っているわね」
リュウトの心の基盤を作ったのがママナやマリアならば、技術の基礎を作ったのはアランですからね。ここぐらいめださせてやらないと
リュウト「そうだな、アランさんがいなければ今の俺はなかったかもしれない。いや、確実になかったな。俺にとっては永遠の兄貴分だ」
といったところで今回は終わりです~。まだまだ続く予定ですから、お気が向いたら見てやってくださいね