2話 「少年と悪魔」
「えい! やぁ!!」
大草原に響き渡るのは僕の声。姉さんが暮らすこの家はなかなか危険でいっぱいなんだ。今はまだ、姉さんの方が強いけど・・・いつか僕が姉さんを守って見せるんだ!!
「あら? リュウトくん、木の棒なんて振り回して遊んでたら危ないわよ?」
「姉さん~、遊んでいるんじゃないよ~」
だというのに姉さんは遊んでいるとしか見てくれない。そりゃ、武器は木の棒だけどさ・・・心は姉さんを守るナイトなんだぞ!
「あれ? ところで姉さん、その人は?」
姉さんの隣には見慣れない(といっても僕がここに来てまだ1ヶ月も経ってないけど)男の人が・・・。ひょっとして姉さんの恋人だったりするのだろうか。なんだろう、この気持ち・・・
「ん? この人は自称冒険者の人。この辺りには町がないからね、時々休憩所代わりに家を使っていくのよ」
「キミがリュウト君かい? マリアさんから聞いたよ。俺の名前はアラン、アラン=フリードだ。気楽にアランって呼んでくれ。・・・しかしマリアさん、確かにここは頻繁に使わせてもらっているがそれなりの対価は払っているつもりだよ」
えっと、ただのお客さんってことでいいのかな?でも、一応・・・
「えっと、姉さんの恋人ではないってこと?」
僕は純粋に疑問として聞いてみたんだけど
「ぶっ!? リュウトくん、やめてよ。こんなおじさん、私の趣味じゃないわ」
「おじさんは酷いね。これでもまだ25なんだけど? それに俺の方がね、ロリコンではないものでね」
「ろ、ロリ!? 私のどこがロリだって言うのよ!!」
なんか僕そっちのけで罵倒合戦が始まってしまった。とりあえず仲のいい友人ってところなのはわかったけど・・・
「そうか、リュウト君は強くなりたいのか」
アランさんは記憶のない僕には比較対象はいなかったけど、たぶん世間一般的に気のいいおじさん(※10歳のリュウトから見れば25歳は・・・ということです)なのだろうと思う。僕が強くなりたい理由を聞いて馬鹿にすることもなく、ちょっとしたアドバイスもしてくれた。そして
「たしかにここら辺は何かと物騒だからなぁ。草原の魔物はともかく、迷いの森の魔族はマリアさんの手には負えないだろう」
迷いの森? 姉さんでも勝てない!?
「おじ・・・じゃなくてアランさん! 迷いの森って!」
「お、おじ? ・・・こほん、まぁいい。この家の南の方に大きな森があるだろう? そこが迷いの森さ、エルフ族の案内なしでは抜けられないし、魔族・・・魔物も強いんだ」
だからリュウト君も近づいたらいけないよ・・・最後のこの言葉はもう僕の耳には入っていなかった。姉さんでも勝てない魔物がいる・・・僕が倒せば姉さんは安全だよね? それにいい特訓になるじゃないか! 僕はさっそく森に行ってみることにしたんだ
迷いの森の入り口
うっそうと茂る森はまるで鳥の声さえも薄気味悪く聞こえて・・・ぼ、僕は怖くなんてないぞ!
「で、出て来い! 怪物共! 僕が相手だ!!」
ガサガサとなる茂み!? うわっ!!
「こら~! どうしてリュウトくんは大人しくしてられないかな~。ここは本当に危ないんだぞ!」
えっ? ね、姉さん~~!!? どうして、ここに~~~!!?
「えっと、その、あの~・・・ね、姉さんは何でこんなところに・・・」
「リュウトくんがこそこそ出て行くのが見えたから追いかけてきたのよ。もう、あんまり心配をさせないで・・・さぁ、魔物が出てくる前に帰りましょう」
「・・・ごめんなさい」
そうだ、僕は姉さんよりもまだ弱いんだから・・・。僕はまだまだ姉さんに心配をかけることしか出来なかったんだね
ガサガサ・・・また茂みが鳴る。姉さんはここにいる・・・ということは? 背中を冷たいものが流れた気がした
「うがぁぁあああ!」
「うわ~~~~!!」
飛び出してきた数体の魔族についあげてしまった悲鳴。どれも今まで僕が見てきた魔族よりも強そうな奴らばっかり。・・・で、でも! 僕は木の棒を持って姉さんの前に立つ! ね、姉さんは僕が守るんだ!!
ゲヒゲヒと笑うその魔族は姉さんを見て舌なめずりをした!? ま、まさか姉さんを食べる気!?
「うああああ~~~!!」
叫び声をあげて魔族に立ち向かっていく。でも、僕はあっさりと弾き飛ばされた。地面にズザザっとこすれてとても痛い。でも、それ以上に僕の所為で姉さんを危険にさらして、それなのに何にも出来ない僕が情けなくて悔しくて涙がでる。僕は・・・僕は!
「こら~! 弱いものいじめはしないのぉ~~!!」
えっ? 突然飛び出してきたお姉ちゃんが魔族を怒鳴りつけると魔族たちはビクビクと震えだす。ひょっとしてこのお姉ちゃん、この魔族よりも強い? 気がつけばマリア姉さんはこの場所にはいなくて無事に逃げれたみたいだった。見捨てられたなんて思わない。姉さんが無事だったということが何よりも嬉しいから。それにお姉ちゃんを怖がって魔族も逃げて行ったし。だから僕は
「お、お姉ちゃん・・・?」
本当はありがとうって言うつもりだったんだ。でも冷静に見たお姉ちゃんの背中には羽があった。尻尾もあった・・・ってことはこのお姉ちゃんも魔族? ぼ、僕を食べる気なのかな?
絶対に勝てない相手・・・そう思ったら僕の体がちょっとフルフルと震えた。でも、それを見た魔族のお姉ちゃんはとても悲しそうな顔をしたんだ。まるで何かに裏切られたような、とても悲しい今にも泣き出しそうな顔に見えた。だから
「ありがとう! 魔族のお姉ちゃん!」
だから僕はニッコリ笑ってそう言ったんだ。だって、お姉ちゃんは悪そうには見えなかったんだもん。きっと、魔族にも良い魔族と悪い魔族がいるんだね!
そしたらね、魔族のお姉ちゃんはニッコリ笑って
「私の事はみんなには内緒だよぉ~」
って・・・。で、後ろの方から聞こえてきた
「アラン! 早く! リュウトくんが殺されちゃう!!」
って姉さんの声が聞こえたからなのか、慌てて森の中に帰っちゃったんだ。でも、姉さんはアランさんを呼びに行ってたんだね。僕はとっさにそんなことを考えられた姉さんが凄いと思う。だって2人で逃げてたら絶対追いかけてきたもん
「リュウト君! 無事か!? ・・・あれ? 魔族は?」
「あ、うん。なんか逃げちゃった」
僕の言葉にアランさんは不思議そうに首を傾げていたけど姉さんはへナヘナと力なく地面に座り込んで
「よかった。リュウトくんが無事で本当によかった」
って泣き出してしまった。こんな姉さんを見るのは僕は初めてだった。だから誓ったんだ、絶対僕は強い騎士になるって! 姉さんをどんな危険からも守って不安にもさせない最高の騎士になるんだ!
私はママナ、ママナ=ブラック・・・迷いの森に住む悪魔。ここ最近、私が何かにつけて思い出すのは数日前に助けた男の子のこと
私は闇の者なのに、光に属する者を傷つけることが出来なかった。実力はこの森では1番だったから命を狙われることはなかったけど闇の者からは疎んじられて、光の者から恐れられて・・・私はどっちにもつけずに一人ぼっちだった
なのに数日前、偶々聞こえた悲鳴を興味本位で見に行って・・・何故だか後ろの年上の少女を守ろうとしていた男の子がほっとけなかったの。気がついたときには助けにはいちゃって、でも男の子に怯えられて・・・ああ、やっぱり私は一人で生きていくんだなって思ったのにあんな笑顔でお礼を言われちゃったんだもん。気にするなっていうほうが無理。はぁ、また会いたいなぁ
「お姉ちゃ~ん! 魔族のお姉ちゃんどこ~!」
ピクン! つい体が反応する。この声はひょっとするとひょっとする!? もう私は大慌て! 後から思えば自分でも呆れるぐらい取り乱しながら声のするほうに駆け出していったの
「あ! お姉ちゃんいた~!」
「いた~! じゃないよぉ。ここは危ないんだよ? 他の魔族に見つかったらどうするのぉ!?」
本当は小躍りしたいぐらい嬉しい再会なのに私はこんな事を言う。だって会いたいのと同じぐらい失いたくないから
「ごめんなさい。でも僕、お姉ちゃんに会いたかったから」
「もう、じゃあ指笛出来る? そう、こうやって・・・うん! 上手い上手い! 森の入り口付近で吹いてくれたら私から会いに行くから。だから、森の中には入ったら駄目だよぉ?」
会いたかったなんて言われて抱きしめたいぐらい・・・ううん、気を失うんじゃないかって思うぐらい嬉しかったのに私は冷静な振りをして呼び方を教える。そんな呼ばれ方をしたら、それも森の入り口なんて目立つところでやられたらいつか私は人に見つかるかもしれない。討伐隊が組まれて殺されるかもしれない。でも、彼が危険な目に会うのも、もう会えなくなるのももっと嫌だったから・・・
「うん! わかった! ねぇ、僕はリュウト、リュウト=アルブレス。お姉ちゃんは?」
「あっ、ごめんね。私はママナ、ママナ=ブラックだよ!」
「うん、よろしく! ママナお姉ちゃん!」
差し伸べられた手、初めての握手・・・そして私に弟が出来た大切な日・・・
リュウトとママナの出会いの物語ですね。本編の3部でもこの話はすこ~し語られてはいますが
ママナ「うう~、懐かしいな。でも、私はこの時の事を忘れたことないよ。だって、私の幸せの始まりの時だもん」
まさにタイトルどおり『幸せのユートピア』ですねぇ~
リュウト「俺にとっても大事な転機だな。もし、この時にママナと出会っていなかったら闇が悪とは限らない、光が正義とは限らないって俺の思いはなかったかも知れない。・・・いや、きっとなかっただろうな」
そういう意味では物語に大きな影響を及ぼしている出会いなんですよね。今まで語られていませんでしたけど・・・
ママナ「ぶ~! それが駄目なんだよ~! 私は大事なポジションのキャラなんだよ? 少なくてもアランなんかよりは!」
ま、まぁ、彼よりはそりゃずっと・・・
マリア「彼って名前は立派なのにあんまり強くないのよねぇ。なんとかフリードって強いのが相場でしょう?」
そ、それは北欧神話の主神オーディンの息子、斬鉄剣の使い手のジークフリードでは?
マリア「そう、それ! ・・・随分あっさりと出てきたわね」
そりゃ、ネーミングの元ネタですし・・・はっ!?
マリア「へ~?」
ママナ「そうだったんだ?」
リュウト「相変わらず、安直なネーミングを・・・」
うう・・・どうせ、どうせ僕なんて・・・うわぁぁあああ!!
リュウト「作者の奴が逃げてしまったので今回はこれでおしまい。3話からは平和な暮らしの話になるはずだぞ。じゃあな!」