10話 「その暴走は誰のため」
「私が笑っているうちに出て行きなさいよ?」
「あ゛? てめぇこそ俺たちが笑っているうちに食物をよこしやがれ。あと酒だな。そのあとでならばてめぇは見た目だけはいいから抱いてやってもいいぜ、クソ女」
突然やってきて私の弟や妹たちに武器を突きつけてきた男たち。彼らの目的は隠れ家・・・というほどには大草原のど真ん中の家は隠れていないけど、どこの国にも属していないこの家は非合法な活動拠点と生産場所にはぴったり。それにそれを維持する人員とかも目当てかしら? ふざけるんじゃないわね
いままで、こういう相手に目をつけられていなかったのが奇跡だっていうのは分かっていたわ。その奇跡を演出していたのがアランだっていうことも・・・でも、それでも私はみんなのお姉ちゃん。お姉ちゃんだからみんなを守る義務がある
「マリアお姉ちゃん・・・」
涙目で私を見ているのは最近ここに来たばかりの女の子。剣なんて突きつけられて怖いだろうに我慢しているなんて偉いと思う。だから早く私が助けてあげたい。それにもう一つ、もうじきリュウトくんが遊びから帰ってくる時間。あの子だったらみんなを助けるんだって無茶をしかねないから
ほんの少し、ほんの少しだけ男たちの視線が私から離れればと思う。だからなんの偶然か屋根の方から聞こえた音に一瞬彼らの視線が向いた瞬間に私は
「っっ! この女!?」
渾身の力を込めての体当たり! 結構な勢いで壁にぶつかっていたそうにしてたけどいい気味だわ!
「お、お姉ちゃん、だ、大丈夫? その・・・血が」
その時にちょっと剣が掠ちゃったみたいで頬から血が出ているけどこんなのは舐めれば治るわよね? 意外とヒリヒリ痛くて弱気になっちゃうけど、弟や妹たちにはそんな顔は見せられない
「大丈夫よ、お姉ちゃんは強いんだからこんな傷ぐら・・・い?」
ガタンと天井から音がする。そういえば、さっきも男たちの視線をずらしたあの音、いったい誰が?
そんなことを考えているとビリビリと感じる気配。リュウトくんじゃあるまいし私にはそんなものを感じる能力なんてないはずなのに・・・見ればほかの子達も怯えちゃっている。だってこれは間違いなく怒気だから
「な、なんだって言うんだ!?」
「お、落ち着け! いくら気配がすごくても実際に強いとは限らねぇ! それにだな」
男の一人が私を抱き寄せる。本来だったら『何するのよ!』ってビンタの一つでもしてやりたいところだけど、今の私にはできない。だって、気がついちゃったから
タイミング的に言ってこの怒気は私が傷つけられたことに怒っていると思うわ。そして、今ここに来る確率のある人物で私が傷つけられて怒りそうな人なんて一人しかいない。彼がこの危険な場所に来たことが悲しいのか、助けに来てくれたことが嬉しいのか、こんな怒りを発していることが悲しいのか、ここまで怒ってくれることが嬉しいのか・・・きっと全部だろうその感情が入り混じって上手く体が動かない
「おい! 誰だか知らねぇがな! このクソ女を傷つけられたくなければ大人しく出てきやがれ! いいんだぜ、こっちはこの女をゆっくり解体してやっても・・・あ゛?」
私に剣を突きつけたその男はきっと何が起きたかわかっていなかったと思うわ。私だってわからない。影からでてきた影そのもののそうなものがすごい速さで斬り付けていって、次の瞬間に男が細切れになっていた。吹きかかる暖かい赤い液体だけがその現実を私に知らしめていて
同時に私は思い出していた。初めてリュウトくんに会った時に私は彼の回復速度からリュウトくんは人間じゃないんじゃないかって思ったことを。きっと今、彼の怒りをきっかけにその人じゃない部分が顔を出している
「リュウトくん! もう大丈夫だから!!」
私がそう声をかけた時には生きている賊たちはもういなかった。でも、そう声をかけなかったら私たちが、私が知っているリュウトくんが戻ってきてくれないんじゃないかって怖かった
「・・・あ、あれ? お、俺なにをして・・・?」
敵がいなくなったからなのか、私の声が聞こえたからなのか、とにかく正気に戻ったらしいリュウトくんは血まみれの自分の体を見て唖然としている。たぶん、記憶がないんだろうと思う
「本当に馬鹿なんだから。こんなに無茶をして・・・でも、ありがとう」
だから責めない。彼は私達を守ってくれた。それだけを押し出さないと彼が壊れてしまう気がした。一方的にこんな惨劇を作り出した彼を怖いとは思わない。ただ彼が消えてしまわないように強く強く抱きしめた。それはきっと周りの子、私たちの妹や弟たちも一緒。みんな、その目には不安はあった。でも、恐怖をその目に宿した子はいなかったのだから
「お、俺は姉さん達を助けなくちゃって、それで」
「いいから、ゆっくり寝なさい。悪夢は・・・寝て起きたらなくなっているのだから」
きっと、無理をして疲れていたのだろうリュウトくんは私の言葉に意識を落とした。それじゃあ、私はこの惨劇の跡を少しでも消しておかないとね。それは誰にとってもけしていいことではないのだから・・・
というわけでリュウトの初暴走であり、初めて人を殺した時の話でもあります
リュウト「本編中でも何人か殺してはいるが初めてという話はなかったからな」
ですね、そしてリュウトの暴走回数は本編外だとあと1回残っているわけなんですが
マリア「そっちの一回は私はよく知らないのよね」
ママナ「私はそっちのほうが詳しいかな? 怖くて頼もしくて嬉しくて悲しかったよぉ」
というわけでまだまだ続く幸せのユートピア、またお会いできる日をお待ちください。ではでは~