9話 「初めての」
剣を振る。剣を振る。ひたすらに剣を振る。そうすることでほんの少しだけ、失ったものを見なくても済むような気がするから
「そのぐらいにしておきなさい、リュウトくん。あなたが無茶して体を壊しても誰も喜ばないわよ・・・アランもね」
聞きたくない、そう思う。もういないのだと、あの時間は二度と帰ってこないのだとそう思いたくないから
「嫌だ! ・・・あと少し、あと少しだけだから」
「そう、じゃ後五分だけにしなさい。五分すぎたら止めに来るからね」
ほんの少しでも忘れていたい。そんな思いをわかってもらえたのか、姉さんは少し寂しそうな顔をして引いてくれた
「強くなりたい。僕は・・・俺はみんなを守るために!」
五分後、背後から急襲した姉さんに気絶させられたのは理不尽だと思う
それから何ヶ月か経って俺の体もいく分か成長した頃のこと
「あれ? なんかやけに静かだな?」
森の入り口付近で鍛錬をしたあと、孤児院に戻ってきた俺はその静けさに首をかしげる。何故か草原に捨てられる子が最近増え、夕方に差し掛かるこの時間はちびっ子たちの声が響いているのが当たり前なんだが
「まずは状況の確認。そうだったよね、アランさん」
状況がわからないというのが一番危険だと、そこで無理に突っ込めば自分だけでなく周りまで危険にさらす。確かに、状況を知るために突っ込まざるを得ないこともある。だが、勇気と無謀は違う。闇雲に突っ込むなってアランさんは俺に教えた
「こんなことに使うことになるなんて思っていなかったけど」
この孤児院は元々姉さんが一人で住んでいた家でそこまで広い家でもなかったから何度も増改築をしている。勿論、専門の人たちを呼べるはずもないから素人の俺たちの手で・・・というかほとんど俺が。そのせいであっちこっちに歪みや隙間や、いとせずにそうなってしまった隠し通路的なものがあったりする
大草原の小さな孤児院に塀なんてものはないからクルリと裏庭に回り込んで、壁と壁の隙間に体を横にしてはいる。ちょうど俺ぐらいの細身の体ならばなんとか入れる程度に空いてしまった隙間の奥には姉さんが内側から開けてしまった穴があったりする。ということはそこから中の様子がうかがえるってことで
「っ! 姉さん、みんな!」
つい小さく漏れてしまった声だけど、幸い中には聞こえなかったみたいだ。それは考えていた中で最悪の光景・・・アランさんならばまだ取り戻せるのならば最悪じゃないとかっていうのかもしれないけど俺にとっては鈍器で頭を殴られたような衝撃だった
「絶対に助ける。だから・・・待っていてくれ」
俺の視界で確認できただけでも四人の男がイリーナを・・・俺たちの妹を人質に立てこもっていた。こんな孤児院を襲ってどうしようとしているのかはわからないが、少なくても姉さんは助けるために男たちと対峙しようとしていた
「あまり時間はかけられないか」
男たちが痺れを切らすのも時間の問題かもしれないが、それ以上にきっと姉さんが痺れを切らす方がずっと早い。ならば、行くべきはあそこだな
「よっとっ」
音を立てないように注意しながら少し低くなっている軒下から屋根に登る。そしてやってきた俺の部屋の上あたり、上から補強で打ち付けられている板を力ずくで外すと下の板は実は外れる・・・別に外れるように作ったわけじゃない。切った板のサイズが小さくて、ただはめるだけの形なったと言うだけだ。当然のように補強する前は雨漏りしていたのだが、姉さんは『じゃあ、そこはリュウトくんの部屋にしましょう』で片付けたんだ。それがこんな形で役に立つというのはどんな皮肉なんだか
くるっと空中で一回転して勢いを消すことで音なく部屋の中に着地する。相手は最低でも大人の男四人、人質付きでタイムリミット有り・・・初めての実戦にしては厳しいかも知れない。でも、それでも俺は姉さんたちを守りたい。例え、それが俺の命と引き換えであったとしても。そう俺は思っていたんだ
というわけでこれがリュウトの初めての戦いの序曲なわけなんですが・・・実はこの話、本編の中でも少しだけ触れられていたことにつながるのです
リュウト「俺はあまり覚えていないんだけどな」
マリア「私ははっきり覚えているけど、ちょっというのはね」
ママナ「私は詳しく知らないんだけど、触れられていたっていうのは多分あれだよね」
と、なんだけ雰囲気が暗くなりましたが、それも仕方なしかと。今回はあえて詳しくは語らずに終わりといたしましょう。っですが一応ヒントだけ、本編で触れられているのは第3部のどこか、リュウトが地の文でほんのちょっとだけ考えていますので気になる方は探してみてください。では