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Requiem  作者: 潤木一和
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森の中。Ⅱ

 ラルクは槍を黒獅子の首に構え、相手の様子を伺う。赤い目がこちらを睨んでいるだけで動く気は無いようだ。仕掛けてこないのならば、こちらから行くしかないと、すぅと息を吸って黒獅子の首めがけ駆ける。

 今まで動く気配のなかった黒獅子が、ラルクの突きを横にかわし、引っ掻くように右前足でラルクがいる所を薙ぐ。

 獅子の攻撃を槍で受け止め、後ろに下がる。下がると状況判断を怠ったせいで、茂みに背をぶつける。再び赤い目がこちらを捕らえ突進しつつ、右前足を振り上げてきた。

 降り下ろされる寸前でラルクは右に避け、獅子の肩を突く。槍がめり込んだ。それに伴って黒獅子が一瞬怯んだが、槍が刺さっているのと反対の前足でラルクを退けようと薙ぐ。

 槍を残したまま、危機を感じ後ろに避ける。丸腰で挑む事になってしまったが、仕方がない。機会を待つように様子をうかがおうとすると、動く方の前足が伸びてくる。引っかかれそうになるがそれを躱し行く。


「なんで、そんな動けるんだよ……肩に槍が刺さってるのに……」


 滴る獅子の血は足にまで流れ、獅子の足跡が血によって、はっきりと見えるようになった。ここまで暴れればさすがに限界のはずだと、ラルクは槍を回収する機会が近いと期待する。

 黒獅子は動くのをやめて、吠える。すると黒獅子からは熱気が伝わってくる。その厚さは黒獅子に触れる草たちは燃えるほどだ。


「熱いな、お前の力はこれなんだな。」


 上着の一番上のボタンを外す。先ほどまで寒かったというのに今は汗がにじむ。

 無線から告げられた”コアらしき反応”とはこれの事かと、理解した。

 コアと言うものは、そもそも天使と呼ばれる上位種が持っていたとされる人智を越える力を与えるモノである。天使以外は持ち得ないとされているが、何らかの影響でコアを持って生まれて来てしまう生物も少なくない。そういう風にこの国では伝えられてる。それは人間も例外でなく、一部でコアを保有した者がいる。

 コアは弱点であり、強味だ。コアを壊されればそれを保持していたものは死ぬ。だが、コアは保持者に加護を与える。

 先ほどの叫びは、コアを持つ黒獅子が加護を受け、熱風雨を起こす合図だったようだ。これで、黒獅子がコアを持ってることが確認できた。

 冷静に観察するラルクに熱風を帯びたまま槍の刺さっている肩を庇いながら突進してきた。


「!?」


 熱風が後押しして、先ほどより数倍早く、ラルクの反応が遅れた。目の前の獣からは視線を逸らせずにいた。

 刹那、振りかぶった瞬間が見えた。右に動きかわそうとしたが、バランスを崩し、尻餅をついてしまった。しまったと思った瞬間、バンッと突然聞こえた銃声と共に目の前で黒獅子は、体勢を崩した。

 黒獅子の向こうに視線を動かすとラルクにとって見慣れた人物がいた。襟足が長く癖毛混じりの髪が揺れていた。髪色のおかけで、銃口から上がった煙がはっきり見える。

 銃剣の銃口を獅子の脚に向け、無線に一言告げる。


『注意しろと言わなかったか?』

 嫌に鮮明に告げる無線に腹立たしささえも感じる。

「すみませんでした。」

 無線越しの会話だというのに感情まで伝わってくる。遠めに相手が、銃口を少しずらしたのが見えた。


『まぁいい。とりあえずこの黒いやつを始末する。』


 バシュッバシュッと振り向いた黒獅子の体に向けて放たれる銃弾。先程までの威勢のよさとは裏腹に弱々しく痛ましい様子の黒獅子。


『肩に刺さってるのお前の槍だよな。』

「はい……そうですが?」

『…槍無しでどうこいつと戦う気だったんだよ。まぁ、いい。』


 呆れたように言われては返す言葉もない。

 銃口に手をかけて、からくりと起動させれば、剣へと形態を変えた。そのまま振りかぶる。力のまま振るわれた剣を肢体を撃ち抜かれた獅子が、受ける。耐えきれず、グシャッと胴体に剣がめり込む。

 黒獅子からは熱風が放出されていたがこころなしか弱い。今が好機と言いたげに、熱風の発生源を見つけ、そこに向け剣を突き刺した。胴体は思った以上に硬く、力を込めて押し込む。

 柄の部分に達したようで、ゆっくりと剣を抜き始めた。それと同時に黒獅子のきれいな赤眼から光が消え熱風も止んだ。

 ラルクはその全てを見ていただけだった。尻餅をついていたことも忘れてみていたが、我に返り立ち上がる。

 向こう側の者はしゃがみこんで、黒獅子が冷たくなったのを確認し、ラルクの方に歩んでくる。

 黒獅子を倒した人物はラルクと同じく黒い上着を羽織っているため返り血は目立たないが顔にほんの少しついていた。気になるのか手で血をぬぐっている。


「ラルク、あの黒獅子たるいな。」


 獣はわかりやすすぎるということらしい。正直、あれだけの大型獅子と戦って楽しいと思う方がよっぽど以上だろう。たるいも相当以上だけれども。


 はっ?と正直返してやろうかと思ったが流石に思い止まり、冷静を装い言葉を返す。

「すみません、自分のせいで手間をかけさせてしまって。」

「ああ、手間だった。迷子の件は後で報告書付だ。黒獅子の件はまぁいい。」

「迷子……そうですね。自分迷子でしたね。迷惑かけて申し訳ないです。ところでスティーク隊長。」


 地理に疎いと言うか、方向音痴だと、他人と不意にはぐれてしまったときに面倒くさいことになる人だと、認めるしかない。認めたくないが、迷惑をかけている以上、認めて謝る必要がある。それよりも聞かなければならない事がある。


「他の人達は?」

「………置いてきた。誰かが楽しそうに黒獅子と対峙してるとか言うからさぁー?急いで走って来てしまった。」

「二人して迷子とかスティークさんどうするんですか?」

「いや、迷子にはならん。この霧もあいつのせいだと思うし、そろそろ晴れるだろ。」


 霧が晴れるまで待つ間にラルクは黒獅子に刺さった槍を抜き、放置されているケースにしまう。

 スティークも血を振り払い銃の形状に戻しホルダーにしまう。腰についたホルダーは重そうだが、本人は気にならないのだろうな。


「うーん、今日も疲れたねー早く帰りたいね!」

「そうですね。」


 背伸びをしてスティークはそうラルクに話しかけた。

 先ほどまでの殺気も畏怖も消え去って、笑顔で疲れたと腕を伸ばす男の人がいた。俗にいう、二重人格である。スティークはその類いだ。戦闘時は好戦的で威圧感がある、しかし、普段はのほほんとした人だ。

「あっ、来たみたいだから帰ろうか?」

 遠くに見える人影に手を振り、帰り道を急いだ。ラルクは迷子の言い訳を必死に考えていたわけだけれども。

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