なんやかんやで……
「それでは、改めて自己紹介させて頂きますね!」
――10分後。
佐々木くん、本当に色々と大丈夫? と心配してくれた管理人さんを何とか部屋に返した後、俺は正式にその女を部屋に招き入れた。
そして今現在、テーブルにつきお互いに向かい合っている。
……というか、こうして真正面から見ると、改めてその美貌に驚く。
先程は顔だけに注目していたが、よく見ればスタイルもとんでもなく抜群で、そこいらのグラビアアイドルならば裸足で逃げ出すに違いない。服の上からでも普通にでかいとされる女よりも更にでかいのがよく分かる。一体何カップなんだあの胸は。
さらに身長も、さっき近づいてきた時分かったが、俺より頭一つかそれ以上に大きい。身長が160cmと平均よりも低い俺からしてみたら羨ましいという他ない。
俺が彼女の容姿について詳しく観察していると、彼女がいきなりそう言って、床に三つ指をついた。
「私の名前はアグライアといいます。気軽にライアって呼んでください!
神界から、あなたを守る為に、あなたの元へやって来ました!
そしてこれからしばらくの間、ここに済ませて頂きます!
ご迷惑をかけると思いますけど、どうかよろしくお願いします!」
「……お、おう……」
多少強引に、ただの人間ではあり得ないであろう行為をいくつか目の前で見せつけられたので、もはや疑いの心は殆ど消えているが、それでも急にこんな事を言われたら、そう言うしかないだろう。
「えーっと、その、アグライアさん?」
「ライア、とお気軽にお呼びください!」
「……ライア、あー質問したい事は山積みなんだが……」
「はい、何でもどうぞ!」
……やたら元気一杯だな、この女神。
「……何でわざわざ俺の部屋に居候すんの?」
そう、まず第一の疑問は、そこだ。
仮にも神の名を語るなら、当然の様に全知全能であろう。いや、そうあるべきだ。
俺を守るというが、仮にも神を名乗るなら、運命ならなにやらを操って、勝手に守ってくれればいい。
何もわざわざただの人間である俺の狭いアパートなんぞに、居候する必要はまったくないはずである。
「はい、それは私のお母さ……いえ、上司にそう言われたので」
「? ここに居候しろって、そう言われたのか?」
「はい」
「それって、何か理由があるのか?」
「いえ、ただそういう指示がだったので、私はそれに従ったまでです」
「……」
えっ、それって結構重要じゃないのか……? と思うが黙っておく。
「……あー、さっき上司って言ってたけど、神様の世界でも会社みたいのってあるのか?」
何となく気になったので聞いてみる。
「はい、ありますよ。ちなみに私の上司はこの太陽系全てを管理下に治めている存在です」
「……そりゃまた、スケールの大きい話だな……」
スケールが大きすぎて正直訳がわからないがとりあえず相槌を打っておく。
「ちなみに私は地球の事なら隅から隅まで、北極から南極まで全て掌握しています。えっへん」
何で急に聞いてもない事言い出してドヤ顔してんのこの女神。
「そう……」
「あれ……私、地球の全てを掌握してるんですよ?……えっ、あれ? 私すごくないですか?」
思わず無関心に返事すると、なんか急にショボンとした顔になってしまった。
……ひょっとして褒められたかったのだろうか。
「え、ああ……うん、よくわかんないけどすごいんじゃない……」
「うふふ、ですよね。ですよね」
面倒臭かったので、めちゃくちゃ適当に褒めたのだが、すごく嬉しそうに頬をゆるめている。
……ひょっとして、この女神。ちょっとアホなんだうか……
神なのに……
「ちなみにライアは、その中で何番目くらいなんだ?」
ふと気になって純粋な気持ちで聞いてみた。
「えへへ、何番目だと思いますか?」
何故質問に質問で返す……。
「……五番目くらい?」
すごく適当に当てずっぽうで言ってみると、
「うーん、惜しいですっ! 私の上司が神界の中で一番偉くて、私はその直属の部下なので……なんと、二番目の存在なんです、えっへん!」
「ああ……そう……」
なんなんだよこの女神。さっきからドヤ顔しかしてないよ。しかも何だよえっへんって。今時小学生でも中々口にだして言わないよ。
「えっ……何ですかその反応……私、すごいんですよ? 結構沢山いる女神の中で二番目なんですよ? 星一つくらいなら気軽に創造出来ちゃうんですよ?」
また……なんか急に弱気な感じになって褒めて褒めてオーラ出しまくりだし……。
「わ、わぁ……すげえなぁ……」
「うふふっ、それほどでもでも!」
超適当に褒めると、両頬に手を当て身を震わせながら喜んでいる。
その姿は確かに、ちょっと頭を撫で回してやりたなるくらい可愛らしいし愛くるしい。
まだ出会って30分もしてないが確信する。
こいつを動物でタイプ分けするとしたら間違いなく犬だ。それもご主人様命の、忠犬ハチ公タイプに違いない。ご主人様がおいで、と言ったら喜んで尻尾を振りながら駆けていく姿が容易に想像出来る。
「お前さ……よく、悪い人に騙されそうとか言われない?」
「えっ!? 健人さん何でわかるんですかっ! 人ではなく悪魔に気を付けろと言われますけど……え、エスパーさんなんですか?」
何故そんな事を真顔で聞いてくるんだお前は……。しかもいきなり下の名前で呼んできてるし……まぁ別にいいけどさ。
まるで純粋な幼稚園児と喋っているような感覚に陥る。
「いや何となく……」
というか、いるのか、悪魔。話が長くなりそうだから聞かないけども。
そこで一息付いた。
そしてなるべく真面目な顔を作って言う。
「それで……本題に入るが、俺を守るって、さっき言ったな?」
「はい、言いました」
「一体何から守るってんだ?」
まさかその、悪魔とかが攻めてくるとかって訳じゃないんだろうな……。
「守るというか何というか……その前にあのですね健人さん。お伝えしなければならない事実があります」
「ああ」
「――健人さん、あなたは今日から丁度一ヶ月後、死にます」
「……は? 俺が? 死ぬ? 何で?」
「不幸な事故に巻き込まれて、死にます。具体的にどういう死に方なのか、とかは、女神界の掟にひっかかるので、ちょっと言えませんけど」
「……」
その事実を聞いて、俺が思ったのは、そうか、という実に簡潔な想いだった。
あと、一ヶ月か。長いように感じるのだろうけど、あっという間なのだろうな、と人事のように思う。
「……健人さん、あなたの運命はこれからドンドン下り坂になっていきます。
今日の賭博での大勝ちが、最後の一花でした。これから先、健人さんにいい事はひとつも起こりません。
毎日毎日、運の悪い事ばかり起こります」
「……例えば?」
「リンスとシャンプーを間違えたり、首を寝違えたり、同じ本を二冊買ってしまったり……そっ、それはもう身の毛がよだつような恐ろしい出来事がっ!」
「そ、そうか……」
大した事ないんじゃねえか? とは思うが目の前の女神は大真面目な顔をしてそんな事を言っているので、一応頷いておく。
「それはどんどん加速的に悪くなっていき、最終的には目も当てられない状態になっていきます、
そして一ヶ月後、悪運が極まって……」
そこからの言葉は口に出すのも憚れるという感じでライアは口をつぐんだが、つまり簡潔に言って、死ぬって事だろう。
……なんだ、何も悪い事はないじゃないか。
毎日死ねなくて悩んでいたというのに、死の方から向かってきてくれるというなら、ありがたい話だ。
「で、でもでも! 安心してください! 私が来たからにはもう大丈夫です!」
女神は俺がそれを聞いて落ち込んでいると思ったのだろうか? わざとらしい明るい口調で、そんな事を言ってきた。
「不肖この私、三大美神が一人、光輝の名を冠するアグライアがあなたを全力でお守りしますから!」
ふんす、と両手をグーにして俺に力強く宣言するライア。
可愛いな、と純粋に思う。深夜アニメに出てくるキャラクターみたいだ、とも。
きっと俺が普通の奴だったら、これからこの女神と色んな交流をして、なんだかんだ恋に落ちて……みたいな具合に物語が展開していくんだろうな。
でも俺は決して、そんな安っぽくて都合のいいお話なんざ、望んじゃいない。
「……いや、いいよ」
「……え?」
俺が望むのは、死。
ただそれのみだ。
「俺なんか守ってくれなくていい。
死ぬってんなら甘んじてそれを受け入れる。
だから――俺の事なんか守んなくていいよ。今すぐその女神界って所に帰ってくれ」
「へ? あの、健人さん。な、何を言っているんですか?」
目を丸くし、驚いてるライア。
「だから……言葉の通りだって。
俺はもう、死にたいんだ」
「ど……どうしてです? し、死んだら何も残らないんですよ?」
まっとうな言葉を吐いてくるライア。
そのまっとうさが何だかおかしくって、苦笑する。
「別に、生きてたって何も残らねえよ、俺には」
「そ、そんな事はないです! 生きてればいい事ありますよ! 必ず!」
「何だよいい事って」
「そ、それは……具体的な事は言えませんけど……でも、とにかく死んじゃダメです! 絶対に!」
「いいよ、そういうありがちな慰めとか。いらねえから」
「あっ……」
――きつい言い方だったかな……と思う。
悪意とか敵意とか、そういう歪な物と、本当に無縁の世界でいたのであろうレイアにとって、残酷な物言いであった事に間違いない。
顔を伏せ、何も言わない。
「……わかってくれたか? だったらわるいがさっさとこの部屋から――」
「――わかりました」
急に顔を上げた。
思わず眩しさを感じるような清々しい笑顔で。
「じゃあ私が――健人さんに、生きる楽しみを教えて見せます!」
「…………」
いきなり何を言っているのだろうこの女神は……。
「……いや、あの、ライアさん? 本当にそういうの結構なんで、ボク……」
「ダメです! 私もう決めました! 健人さんの傍にいて、不幸を取り除きます!」
どこまでも真っ直ぐな瞳が、俺の目を捉える。
その大きい金髪の目にこもる気持ちは、恐らく本気だ。
「――下手に出てたら調子に乗りやがって! 不法侵入ださっさと帰れやコラァ!」
「ダメです! 帰りません! 絶対に健人さんを死なせません!」
「うるせえ! 帰れったら帰れゴルァ! 大体てめー! 本当に女神なのか!? ああ!?」
「なっなっなっ……! なにを言い出すんですか! 私は女神ですよ本当に!」
心外な事を言われて怒ったのか、先程までの色素が薄かったレイアの顔に、ほんの少し赤みが増す。
「証拠がねえだろ証拠がよォ!? おめえがやった事つったらただ管理人のおばちゃんの体をすり抜けてあとおばちゃんの目に映らなかっただけじゃねーか!」
「そ、それで十分でしょう!? それとも人間界の方々はあんなすり抜けがほいほい出来たり、透明人間みたいな事が出来るんですか!」
「うるせえ、ともかく俺はお前が信用出来ねえ! お前ただ色々難癖付けてただ俺の家に居座ろうとしてるだけだろ!?」
「ひ、ひどい……! そんな……私は純粋に健人さんを死なせたくないだけで……!」
「黙れっ!」
「ひっ!」
「ともかく帰れ! 俺は死にてえから助けもいらねえ! ましてやお前みてえに電波撒き散らす女、どんなに美人でも一緒にいれるか! 出てげ!」
そう言って、俺は毛布にくるまって、ライアにそっぽを向く。
本当は俺だって女の子に、ましてや優しげで純粋そうな子にこんな事は言いたくない。
だがまぁこれだけひどい事を言えば、ライアも俺に呆れて出て行くだろう。
それを狙って、こんなひどい事を言ったのだが……
「どうしたら……私が女神と信じてくれるんですか……それと、健人さんの部屋に居させてもらえるんですか?」
後ろからそんな声が聞こえてくる。
……まったく、どんだけ良い奴なんだよ、この女神。
見ず知らずのこんな俺の事なんか、とっくに見捨ててくれてかまわないってのに。
「……さっきさ、星の一つくらい簡単に創れるって言ってたろ?」
「……は、はい!」
だから、何でそんな嬉しそうに返事するんだよ。
心がざわつくから、そんな声出さないでくれ。
「じゃあ、それを実行してみてくれよ。
そしたらまぁ……信用してやらんこともない」
「えへへ……健人さん、いいんですか~そんな事言って~。私に掛かったらそんな事、ちょちょいのちょいですよ~?」
「……おう」
ちょちょいのちょいってリアルで言う奴久しぶりに見たな……。
「ん~そうですね、健人さん、何かリクエストありますか?」
めっちゃやる気マンマンという顔で聞いてくるライア。
何でこの子こんなテンション高いの……。
「……月、だな。それだったら誤魔化し聞かないし」
まぁ、他の星とか増やされても正直、全然分からんしな。
「了解しました!」
そう言うとライアは、丁度俺の部屋から見える月に向かって両腕を掲げると、
「ハッ!」
と気合の入った声を出した。
直後、何かこう……波動の様な物が周囲を通過した気がした。
「出来ました! どうぞご覧下さい!」
ええ、そんな簡単に月って出来ちゃうの? と思いながら、空を見ると、
月が夜空を覆い尽くしていた。
「……お、おう……」
「えへへ、どうです? これで私が女神と信じてくれますか?」
「……こ、こわっ。なんか恐い! なんか凄まじいこう本能に訴えかけられるような恐怖を感じるから! 消してくれ! 頼む!」
「……ええ、だってせっかく作ったんですよ?」
想像して欲しい、夜空に所狭しと無数に存在する月を。
異常事態も異常事態である。恐らく有史以来人類が初めて遭遇する出来事に違いあるまい。
なんか近所の犬とか猫とか鳥とか一斉に吠え始めたし、その鳴き声もマジだから恐ろしいし、何よりあちこちから人の悲鳴も聞こえてる。
ライアはのんびりした事を言っているが、はやく消さないと収集がつかない。
「いいから早く消せ! というかこの出来事事態なかった事にしろ! 信じるから、お前女神だってめっちゃ信じるから!」
「……まぁ信じてくれるならいいですけど」
頬を膨らませて、渋々と言った表情で夜空に手をかざし、
「えいっ!」
と言うと、また波動の様な物が、俺の周囲に流れ……。
――気付けば、数えきれないほどあった月は忽然と姿を消し、いつもの月が一つであり、星が散らばっている夜空に戻った。
……マジで言葉通り、星の一つや二つも簡単に創造可能とか、なんて恐ろしい女神なんだこいつは……。
「じゃあ、私の事を家に置いてくれますね!?」
キラキラと目を輝かせて、振り向いて、そんな事を言ってくるライア。
別に信じるからと言って、置いておく事になるという訳ではないんだが……もういいや。
「ああ……もう勝手にしてくれ……」
そう言うとライアはすっごく喜んでいた。なんか小さくガッツポーズまでしていたし。
俺はそんな女神を見ながら、はぁ……とため息をついて、ベットに突っ伏した。
どうしてこうなった……。
そう思いながら、色々あって疲れたのか、急激な眠気が襲ってきた。
「あれ、健人さん? もう寝ちゃうんですか? あのー……」
そんなライアの声が聞こえてきたが、眠さには逆らえず、気付けば眠りの世界に誘われていた。