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女神が俺を笑わせようと必死過ぎる   作者: みたむら けいすけ
2/11

女神降臨

よろしくおねがいします。

作者は超絶遅筆なんで、何年掛かるかわかりませんが、完結はさせる予定です

よろしくおねがいします

そして、彼女はその美しい顔を少しだけ歪ませて、キラキラと宝石の様に輝いてる瞳に、少しだけ涙を浮かべてこう言った。


「さよならです、健人さん。

あなたのこれからの人生に、どうか沢山の輝きがありますように――」


 美声を震わせてそう言うと、俺に背を向けて彼女はその純白な翼をはためかせゆっくりと空へと登っていく。帰っていく。

 俺は彼女に手を伸ばすが、当然の様に届かない。

 それでも俺は何とか彼女に追いつこうとあがいて、何か子供の様に訳のわからない事を叫んで――


「待っ――……………………………」


 そこで、目が覚めた。

 手を伸ばした先にあるのは、見慣れた天井。その他を見渡しても、いつもの本棚、いつものPC、いつもの机があるだけだ。

 ……どうやら夢を見ていたらしい。

 ふぅ、と息が漏れる。何ともファンタジーな訳の分からない夢だった。

 ……何か言われたような気もするが、忘れてたな。

 そう思いつつ時計を見ると、大体起きるいつもの時間ぴったしだったので起きる事にした。

 顔を洗おうと洗面台に向かう。

 寝不足でやつれ気味の顔が映る。目の下に隈、どこどなく合ってない眼の焦点。

 どんどん顔がひどくなっていくな……と、俺――佐々木 健人は思った。

 だが別に改善しようとは思わない。

 むしろもっともっとひどくなって欲しいと心から願う。

 髪の毛はボサボサだが、治す気もなし。髭も結構生えてきたが剃る気もない。

 ただ朝起きて顔を洗う事だけは習慣というか、ガキの頃から刷り込まれているので、蛇口を捻ろうとして、


「……?」


 ふと、自分の頬に一筋の跡がある事に気付いた。


「涙の跡……か?」


 触ると濡れている。どうやら先ほどの夢を見て泣いたらしい。

 ふっ、と苦笑ともため息ともつかない物が口から零れた。

 どうやらあんな訳の分からない夢で泣くくらい俺は涙脆くなったらしい。

 年を取ると涙腺が緩くなるというが、本当だろうか。まだ大学生で社会の荒波も体験していない、今年20になる若造なんだがな。

 そう思いつつ、顔水をぶっかける。

 春になって、水道水も段々暖かくなってきたと思うがまだ4月上旬。まだまだ冷たい。

 しかし……何が悲しかったんだろうな、俺は。

 そりゃあんな美人と別れるのはつらいが、泣くほどではないはずだ。

 あの二人の夢なら、まだわかるが……。


「……っ」


 バチンと、自分の顔を叩く。強く強く。今の思いを忘れる為に。

 駄目だ。あの二人の事は思い出すな。昨日も思い出して、一日中落ち込んで、何も考えられなくなって、大学をサボってしまったんだから。

 今日くらいはなんとしても行かないと。


「……よし」


 無理やり声を出して、頭から思考を振り払う。

 顔をタオルで洗い、着替える。

 頭のセットはしないからカバンを持てば大学へ向かう準備完了だ。

 朝食は……昨日の飲みかけのジュースだけでいいや。

 ペットボトルに残った炭酸水をぐいっと飲み干し、適当に投げ捨てて、外に出た。


「……」


 行ってきます、とは言わず鍵を閉める。

 当然返事はなかった。

 

 いつも乗る電車が来る5分前に駅に着いた。

 手持ち無沙汰でぼーっとしていると、不意に、ティリリン、ティリリンという音が電子音が響いた。

 『一番線、電車が通過致します。黄色い線の内側に立って、お待ちください』

 続いてそんな声も流れる。

 ……来た。今日も。

 今日こそ、今日こそ、と思う。

 今日こそ、俺は死ねるのだろうかと。

 想像する、こちらに向かってくる電車に向かって、飛んでしまえば……。

 ホームに向かって一歩踏み出す。そのまま、2歩、3歩と重ねていく。

 黄色い線の上まで来た。ここまで来れば、もうあと2,3歩なのだ……が。

 足はブルブルと震え、額から嫌な汗が吹き出す。心臓はバクバクして、吐き気を催した。

「っ……ぁ……」

 目の前を凄まじい勢いで通り過ぎる電車。恐怖で口からワケの分からない言葉が出る。

 ……今日も死ねなかった。

 はぁ……と、ため息を付きながら、俺は続いてホームに滑りこんできたいつもの電車に乗った。


 席について、、ケータイをいじる気にもなれずぼんやりと見飽きた景色を眺める。

 外では日本の国花、桜が所狭しと咲き乱れていた。

 綺麗だなと、思うがそれ以外特に思う事はない。

 昔はもっと、色んな感想を持っていたが、忘れた。


「わー見て見て! 桜超綺麗!」

「ホントだ! あ、今週末花見しない?」

「うわっ、それ超いい!」


 やかましい声が聞こえてそちらに目を向ける。制服を着込んだ女子高生がキャーキャーとやかましく騒いでいた。

 はぁ、とため息をつく。何でバカってあんな我が物顔で外を出歩けるんだろうと純粋な疑問が頭に湧く。

 ……桜が可哀想だな、あんなバカ女どもに酒盛りの名目にされて。というかああいうのが、twitterとかFacebookとかで『いつメンで花見しながら酒盛りナウ(笑)やっぱりこのメンツ最高(笑)バリウケる(笑)』とかアップしてネット住民に叩かれているに違いない。

 そもそも花見して酒を飲んで、それの何が楽しいってんだ。

 どうせお前ら数年後には卒業してバラバラになって、数十年後にはお互いの事すら忘れてるだろうに。

 お前らが求めてるのは友達じゃなくて、友達という自分を構ってくれる存在だろ。

 ……と、思うがそれを未だに花見花見と騒いでいる女子高生にぶつける気はない。

 ただ余りにもやかましく、うざったいので他の車両に移った。

 ……速く大学に着いてくれ。


 電車から降り、徒歩5分。ようやく大学に着く。まずは講義の変更がないか掲示板を見る。変更は特にないようだった。

 ならばと思い、取っている講義の教室に向かおうとしたのだが、その横のサークル掲示板がやけに派手になっているのに気付いた。

 見れば、やれ新歓飲み会だの、新歓カラオケ大会だの、バーベキュー等という言葉があちらこちらに並んでいる。


「……」


 特に感想はない。強いて言うならば勝手にやれ、だ。

 それに俺はもう二年生だし、今さらサークルなんざ関係ない。

 どのサークルに入ろうか、なんてキャーキャー騒いでる一年生達の眩しさを尻目に、俺は教室へと向かった。

 まぁ、なんだ。期待なんかするなよ。一年生。


「え~であるからして、この日本という国の本質は~」


 頭が真っ白なおじいちゃん教授が、パワーポイントを駆使して授業をしている……が、それを真面目に聞いている生徒は3割……いや、2割に満たないだろう。

 レジェメを写メったあとは、友達とひそひそ話するかスマホのアプリで遊ぶかラノベや漫画を読むか寝る、と言った具合だ。

 みんな高い授業料を払っているのに、本当にそれでいいのかと一瞬思うがだがまぁ俺にしたってまともに授業を聞いている訳ではない。

 ネットで大して面白い訳でもない大型掲示板のまとめサイトを見て、ひたすら講義が終わるのを待っているだけだ。

 サイト巡りは二桁に登り、それにも飽きてテトリスをやり始め、テトリスにも飽きて何か新しいアプリを探そうとネット巡りを三十分ほどやってようやく講義が終わる。

 やっと終わってくれたと思っても、まだ講義が今日はあと2つもあると思い出し、俺はため息を付いた。

 何とか3限までの講義という名の退屈な時間を潰しきると、俺は小さく伸びをした。

 小気味よい関節の音がした後、疲労感がどっと俺を襲う。

 何にもしないというのは案外疲れるものなのだ、主に精神面からによるもので。

 ぐぅ、とついでと言うように腹も鳴った。

 昼飯も食堂に行くのや生協で何か買うのも面倒くさくて、食べなかったのだ。

 ……どうしようかな。

 一瞬迷って、別に一日ぐらい食わなくても死なないかと思ったが、昨日の夜も食わなかったなと思い出したので、帰る 道に何か食おうと決め、席を立った。

 出口へ向かって行って、そこで入り口付近に見知った顔の男女数人の集団がいるのに気付いた。

 …………。

 頼むから気付いてくれるなよ、と思う。めんどくさいから。

 そのまま横で素通りしようとして、しかしタイミングが悪くそいつらが俺を見た。

 そしてバツが悪そうな、居心地悪そうな、何とも言えない顔をする。

 

「おい佐々木。お前もこの講義受けて……」


 それでもその中の一人、端正な顔立ちをした優男……岡村が俺に話しかけてきたが……俺は、無視した。

 ……悪いな、と思う。ごめんなとも。

 それでも俺は、振り返りもせず足早に教室から出て行った。

 ……岡村、お前はこんなになった俺にすら、声を掛けてくれるんだな。

……本当にいい奴だよ、お前は。

 そう思いながら、俺は岡村をの方を振り返りもせず、教室を出ていく。

 階段をダッシュで降りて大学の敷地から抜け出し、駅の方へと駆けていった。

 今日も大学で一言も喋らなかったな、とふと思った。


 そして向かった先は……パチンコ屋だ。

 入口の自動ドアを開けると、過剰な騒音と光量そしてタバコの煙と匂いが俺を襲う。

 顔をしかめる。目と鼻……つまり大げさな光とタバコの匂いには慣れても、ともかくこのけたたましすぎる音量にはいつまで経っても慣れる事が出来ない。

 うるせえな、とポツリ呟くも周りの音に掻き消されるので一人言を言っても周囲に聞かれないのがパチ屋のいい所だと俺は思う。

 ただまぁそれ以外は……だが。

 そう思いながら目的のパチンコ台に着席する。某アントニオなプロレスラーをモチーフにした台だ。

 そして台に躊躇なく諭吉を突っ込み、ジャラジャラと玉が出てくれば準備完了。

 あとは台の右下にあるハンドルを握り、捻れば遊戯開始だ。

 1枚のガラスの向こうで玉が釘を舞台にして踊る様に跳び跳ねている。

 俺はただそれを、無感動に無表情に見ているだけだ。

 別にパチンコなんて、好きじゃない。先週5万勝った翌日に15万負けたし、当たりを煽る演出ばかりでイライラするし。

 ……それでもパチ屋に来てしまうのは、あのアパートに帰りたくないだけなのだ。

 アパートに帰って、一人になってじっとしてしまったら、もうダメになってしまう。

 ネガティブ思考の闇に捕らえられて支配されてしまうから。

 死にたい、呼吸をしたくない、この世に存在していたくない、自殺したい、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

 ……危ない。今も一瞬、負のスパイラルに入りそうになった。

 まぁどうせパチンコから帰ってもそうなってしまうのだが、その時間は少しでも少ない方がいい。

 だから俺は勝てない賭博と分かっていても、パチンコに来ているのだ。

 我ながら、クズだなと思う。

 だって、俺は結局あのクソ野郎と同じ道を――


『大当たりだ、このヤロー!』


 顎が特徴的なこの台の主役のレスラーにそう言われ画面を見ると、三つの七がならんでいた。


「……へっ?」




「よ、四十万円……!」


 あれから数時間後。

 台がぶっ壊れたのではないかと思うほど連チャンが続き、ドル箱のタワーが二十列くらい出来た後、ようやく大当たりが終わった。

 そして出した玉の数、なんと約十万発。

 玉一発四円なので、換金した結果先ほど呟いた通りの額になった訳だが。

 今までの最高の勝ち額が十万程度で何の取り柄もないただの大学生である俺としては、正直身に余るお金だ。


「こりゃ帰り道こえーな……」


 それは勿論、柄の悪い連中に絡まれたらという思いもあるがギャンブルではよく言われているのだ。

 大勝ちするとその帰り道に、『事故る』と。

 これはつまり確率の低い出来事が発生した時、それが収束を起こすからという意味である。

 最も有名なのは麻雀の役、九蓮宝燈で和了ると死ぬというものだろう。

 勿論、きちんと確率論を学んだ人からすれば思わず鼻で笑ってしまうような定説に違いない。

 俺だってそんなもの、信じてはいなかったが……実際に大勝ちすると、少々気味が悪い。

 何かこのあと、良くないことが起こるんじゃないかと思ってしまう。

 だが、と思う。

 ……良くない事が起こる? は、大歓迎だぜ。

 殺すのならさっさと殺してくれて構わないぞ、神様。

 来た時はまだ明るかったが、すっかり暗くなった空を見上げてそう思う。

 ……早く俺を殺してくれよ、そっちに連れてってくれよ、頼むぜ。

 ――俺にはもう、どうせ生きる意味なんてないんだからな。

 すっかり重くなった財布の感触を感じながら、俺は帰路に着いた。


 ……この後、『事故る』以上の事がアパートに待っているなんて、その時の俺には知る由も無かった。


 駅から歩いて五~六分の所に俺のアパート、『アパートヴィーナス』はある。

 近くにコンビニやハンバーガーや牛丼のチェーン店、ファミレスもあるし、立地的には良好な部類に入るだろう。

 風呂とトイレが一緒、六畳一間と狭いが俺一人で住むには十分な広さだ。

 いや、むしろ共同トイレとか風呂無しとかではない以上、恵まれている方か。

 さぁ後は帰って寝るだけだと家に向かっていたのだが。


「おや、佐々木くん。お帰んなさい。何だか顔見るのも久しぶりねえ。元気してた?」


 玄関口でばったりと、『アパートヴィーナス』の管理人のおばちゃんと出くわした。


「……ども」


 まずい人に見つかった、と思いながら、目を合わせない適当な挨拶で誤魔化……せなかった。


「あらあら元気ないねぇ佐々木くん。若いんだからもっと元気出していかなきゃ。ていうかあなたまた痩せた? ちゃんとご飯を3食食べてる? あと野菜とか魚も食べなきゃダメよ? 若いからって油断してるとすぐ風邪引いたり体調崩しちゃうんだから。せっかくのいい男がそんな暗い雰囲気してたら台無しだよ勿体ない」


「う、ウス……」


 また始まった……。

 俺は心の中でため息をついた。

 この管理人のおばちゃんは五代 京子という。ちなみに旧姓での本名は、音無 京子。とあるラブコメ漫画の管理人さんを思い浮かべる人もいるかも知れないが、どちらかというといつも飲んだくれてるおばさんの方に似ている。

 決して悪い人ではないが……とにもかくにも無類の話好きで、一度捕まると最低でも10分は話に付き合わなければならないので、はっきり言って非常にめんどうくさい。

 ついでに言えば、このアパートの名前はこの管理人さんの旦那さんが付けたらしい。命名理由は、『俺の嫁っていう女神がいるアパートだからな、当然だ……って言わせんな恥ずかしい』とは酔っ払った時必ず言う彼の弁。ついでに彼の名前は五代優作。

 どこが女神なのだろう……と俺はどこか遠い所を見て思ってしまうのだが、昔若い時の写真を見せて貰った事がある。

 確かに、とんでもない美人だった、旦那さんが女神と呼ぶのも頷けるほどの。

 まぁ今ではすっかりその影は鳴りを潜めているようだが……時の流れとは残酷な物である。

 

「なんかすっかり暗くなっちゃってさぁ、だめよすぐ年取

っちゃうんだから、もっとパーッと行かないと。大体最近は全然飲み会付き合ってくれないじゃない。また昔みたいに騒ごうよ、あたしの旦那もあんたがいないと寂しいって言ってるしね」


 管理人さんが、マシンガントークの最中に笑顔でそんな事を言う。

 昔みたいに、か……確かに昔はよく飲んでいた、管理人さん夫婦やアパートの皆と。

 けど、もう半年くらい、いやもっとか。全然参加していない。

 理由は、まあ、何となくだ。


「ええ、まぁ……時間が取れたら……」


 絶対にしないけど、それでも口だけでもそう言っておく。


「おっ、言ったね。約束だよ?」


 おばさんは素直に信じてくれて、そしてようやく満足してくれたのかそれじゃお休み~と言って俺を解放してくれた。


「……」


 俺はお休みなさいとも返さず、階段を登る。

 まったくおばさんにも困った物だ。良い人だけどさ。

 ……何だかどっと疲れた、と思う。

 そう言えば、人とあんなに喋った……というか接していたのも2週間ぶり……いや、一ヶ月ぶりくらいだろうか? 確か前に人と接したのは……いつだったっけ。そんな事も忘れたしまった。

 ……。

 部屋の前に着く、二◯七号室。二階の最奥の部屋が俺の部屋だ。

 鍵を開けようとして、俺の部屋の前に何やら散らばっている物がある事に気付いた。

 ……羽?

 真っ白な、純白な羽があちらこちらに散らばっていた。


 「……なんだこりゃ?」


 そう思い、鍵を開けるついでに一つ手に取る。。

 白鳥が俺の部屋の前で一休みでもして行ったのだろうか?

 というか……なんだこの羽、すごく綺麗だ。まるで作り物の様に整っている。

 羽の良し悪しなんて詳しい訳でもないが、とにかく綺麗という印象を富に受ける。

 どこかの金持ちが飼っている血統書付きの白鳥でも逃げ出したのだろうか。

 いや血統書付きの白鳥ってなんだよと自分の思考にツッコミを入れながら鍵を開け部屋に入る。


「……ん?」 


 ん? ……なんだ、このいい匂いは……。

 ドアを開けた瞬間、何とも言えないほのかな良い香りがした。

 それも気分が明るくなるような、爽やかな匂いだ。

 しかし……芳香剤なんか買ってないのに、何で……

 微かな疑問を抱きつつ靴を脱いで、部屋に上がる……と、


 俺のベットルーム兼居間に、背中に羽根の生えた、真っ白なドレスを着た長い髪の毛を金色に染めた女が、俺のベットに腰掛けていた。


「……ッ!?」

 

 ……ど、どういう事だ?

 一瞬、アパートの誰かが部屋を間違えたのかと思ったが、この2階の最奥にある俺の部屋に間違って入るとは考えにくい。それに一部屋一部屋ちゃんと鍵は違うはずだ。マスターキーでも持っていない限り開けられないはずだし、今朝ちゃんと鍵を掛けていった記憶もある。

 泥棒か? 空き巣か? いやその両方か? と思い、オレオレ詐欺か? とも何故か思った。まずい頭が混乱している。

 とにかく、泥棒にしろ空き巣にしろ、警戒するべきだ。

 相手は女とは言え、まるで天使か女神の様なコスプレをしているとはいえ――というか本当に何でそんな格好してるんだ――ともかく、このような犯罪行為に走るという事は、何か武器になるような物、手近な物で言えば包丁か果物ナイフの様な物を所持しているに違いない。

 頭の中で最悪の未来を想像し、すわ刺殺される――という恐怖から取り敢えず後退しようとした所で、バコッ、と空の ペットボトルを蹴っ飛ばしてしまう。ペットボトルが壁に当たる音が響く。

 ……朝の奴か、クソっ、ちゃんと片付けて置けばよかった!

 後悔先に立たず。相手がこちらに気付いた。

 今まで下を見ていた目線が俺の方を向く。

 そして、俺と目があった。


 ――その瞬間、時が止まった。

 世界が停止したと思った。

 名前も知らない、変なコスプレをしている空き巣か泥棒容疑のそいつが余りにも、余りにも――美しすぎて。

 非の付け所が見当たらない、等という話ではない。

 完璧な美という概念が擬人化した、とでも言えばいいのだろうか。

 街中を歩けば老若男女を問わない所か犬や猫すら振り向くのではないかと思うくらい、ある種の凄まじささえ感じる。

 まず、顔が驚く程小さい。俺の両手で包めそうなくらいだ。そしてその小さい顔に、それぞれが完璧な精巧さを持つ顔のパーツが、奇跡のようなバランスで配置されており、もう神々しささえ感じさせる。

 次に目に付いたのは髪だ。

 純金色の思わず触れてしまいたくなってしまうそれは、一本一本が芸術品の様に艶やかさを持っている事が近づかなくともはっきりと分かり、女性であったら誰もが羨むような物である事に間違いない。

 そして何よりも、目だ。

 一度目が合ってしまったら、もう二度と離す事は出来ないのではないか、吸い込まれてしまうのではないか、そう錯覚するほど彼女の金色の目は輝いていて、そして綺麗だった。

 ……すっげえ……。

 泥棒と叫ぶ事も、その他の何もかも忘れて、俺は見惚れた。

 金色の女神。ふとそんな言葉が浮かぶ。我ながら陳腐すぎるが、それ以外の表現が見当たらない。

 そして、たっぷり5秒は見つめ合っただろうか。

 その女が、初めて口を開いた。


「佐々木 健人さんですか?」

 

 鈴の鳴るような、ソプラノの声が俺の鼓膜を優しく震わせた。聞いているだけで体の隅々まで癒されるような、透き通った声だった。   

 その声に思わず心臓をドキッとさせながら、何故俺の名を知っているんだと思いつつ、俺は頷いた。

 俺が頷くと女は得心を得たように頷きながら、ベットから立ち上がり、俺の方に歩いてきて、俺の眼前一メートルで立ち止まる。揺れる髪から、さきほど部屋に入ってきた時のいい香りが漂った。

 そして、深々と頭を下げた後、顔を上げてこう言った。

 

「初めまして、佐々木健人さん!

私、女神界から参りました女神のアグライアです!

今日この日からこのアパートに居候する事になりました! 色々とご迷惑をおかけすると思いますが、どうかよろしくお願いします!」


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