選抜話
高校生の部活動といえばこんなものなのだろうか。
俺の学校は強制入部システムがあるのにもかかわらず帰宅部が実に6割近くを占めていた。
みんなどこかしらの幽霊部員だったりするのだろう。
どの部活も輝かしい功績など上げられず,人数も少ないのでチマチマした活動しかしていなかった。
特に運動部は弱く,試合なんてしてもどの部も負けの連続。
ラグビー部なんて部員が足りなくて隣の高校と共同戦線,2校で1チーム組んで参加しているレベルだ。
なのに,だ。
陸上部はなぜか日曜休みの週6で活動していた。
県大会にいった先輩が去年卒業した中に2人いたこともあってか活動日数は多かった。
活動時間こそはそんなになかったけれども。
活動時間が少ないのは先生のモットーであったりもする。
少ない時間で効率のいい練習を,というモットーだ。
「陸先輩,また重役出勤ですか」
俺はというと相変わらず部活でも遅刻をしていた。
本日は土曜日,午前練習で起きるのが辛いのだ。
あきれたような顔をしてキャプテンが近付いてきた。
「こんなんじゃ次期部長はやれないな」
もらわなくても結構です,と心のなかで呟く。
正直仕事が増えてめんどくさいだけじゃないか部長なんて。
今日,部活のメニューは部内でのセレクションということだった。
セレクションというのは陸上競技の大会で1校1種目3人までという規定があるために行われる部内選抜レースだ。
それぞれが体調を万全にして1本のレースに全力で挑む。
こういう日だけはしっかりと水谷も参戦してきたりする。
これから100m競争を1年から3年までの男子8人で競う。
そして上位4名は学校代表の400mのリレーの選手に。
上位3名は100mの出場権を得る。
大会には1種目3名までとある。
だが100mに出たいだけなら記録会と呼ばれる大会と同時に同会場で開催される会に出ればいい。
陸上は大抵大きな大会でない限り記録会と同時進行で行われる。
記録会には学校から好きなだけ人を出してもいいのだ。
だが今から100mのセレクションをする奴らはその記録会が目的じゃない。
目的はリレーにある。
うちの高校の良いところの1つは弱小校なのにタータングランドがあるとうことだ。
・・・正確には大学の附属高校なので大学の施設を使わせてもらっているにすぎないのだが。
アップで体を温めようとグランドを走る時に後輩が後ろからついてくる。
「陸先輩,今日は負けませんから!」
こういうのがちょっとかわいいというかなんというか。
初心者のお前らが経験者の俺にどうやって勝つんだよ。
生意気な口を叩く割に実力が伴っていないのが後輩の特徴である。
あと身長と頭も伴っていないかもしれない。
「あのさ,アップは個人個人でやるもの。俺についてこないほうがいいよ。先生に怒られる」
それで後輩はショボンとしてちょっと離れて後ろで走る。
冗談のつもりだったのかそれとも緊張を解すためにくっついてきたのか。
ていうかお前ら後輩は先にみんなでアップ終わらせたんじゃないのか。
俺はグランド隅にいる先生の目がとにかく怖いので色んな動かし方をしながら周回した。
他のみんなはどことなく緊張している様子。
たかが部活内での競争なのにどうして。
このままじゃ本番気絶するんじゃないだろうか。
俺は一人木陰でストレッチすることにした。
レース開始は10時半。
それまでにしっかり体を動かせるようにしとかないといけない。
仰向けに転がってストレッチしていると人が近付いてきた。
「明人君おはよー」
「おはよ」
部活仲間の女子だった。
朝の挨拶しに来ただけだったらしくすぐにどっかへ行ってしまう。
女子も女子でセレクションがあるのでアップに忙しいのだろう。
部活にいる女子たちとはこんな軽い会話しか普段はしない。
俺はどの女の子に対しても平均的にあまり話さない傾向にあった。
基本的にはそうだが,こちらが話したかったりすることもときたまある。
まだ普通に話せる女子がいるとしたら,部活内ではこいつくらいなものか。
「おはよう明人」
「おはよう杏子,調子はどうだ」
少し緊張していそうな杏子。
先輩たちとのレースなんて毎日しているものなのに。
この子も何故こんなにも緊張するのか。
「悪くは・・・ないかな」
「そか。頑張れよ」
「明人もね」
はいつもより更に短い会話だった。
なんとなく杏子は俺と話すことででリラックスしようとしているのかもな,と感じた。
彼女の足の速さは部内女子では5番目くらいなのでたぶんリレーメンバーの補欠くらい。
でも彼女はレギュラーになりたいときっと思っていて。
だからこう硬くなっているのではないだろうか。
「俺は・・・いつもの練習と結果は大体変わらないものだと思う」
言ってから彼女には悪い一言だと思った。
それはお前は5番目宣言しているようなものじゃないか。
修正できるようにと思い続ける。
「お互いの実力を知っているのに,緊張してたら試合なんて出られないよ」
修正はできなかった。
というか見事悪化させてみせたのだった。
やっちまったぜ。
こんな風に言い換えられる気がする。
二流な上に緊張してたら一生勝てるかアホ。
俺ってこんな酷いやつだっけ。
「そっか。そうだよね・・・うん!明人ありがと」
杏子は感謝の言葉を残してどっかへ行ってしまう。
落ち込んでる風ではなかった。
上手いこと伝わったのだろうか。
あんなふうに下手したら相手を傷つけかねない表現をしてしまうのはモテない男の性なのかもしれないな。
気がつけば時計は10時を回っていた。
あぁめんどくさい,そう思いながらも体を温めていると時間はあっという間に10時半前になってしまった。
「おいチ○コ陸!俺様に勝てると思うなよ!」
「T先輩こそ」
スターティングブロック,略してスタブロと呼ばれるものをセッティングする。
これはスタートするときに使うもので足を乗せて,号砲の合図で蹴ってスタートを切るという使い方をする。
審判役は先生だ。
この人は大きな大会でも実際こうしてスタートの審判をしていたりするから信頼できる。
後輩に雷管をお願いするとへたくそでスタートしづらかったりする。
「位置について」
水谷もキャプテンも後輩たちも同学年の奴も全員が位置についたのを横目で見て,俺は静かに号砲を待つ。
この時ばかりは,大したレースでないはずなのに。
心臓が。
静かにバクバク鳴っていた。
「よーい」
バンッ
***
「あーチクショーッ!」
キャプテンが高い声を出した。
T先輩のが足が速いのは毎日の練習でわかりきっていただろうに。
さすがに1年生たちは後ろから1位2位を独占していた。
というか初心者なのだからそれは仕方のないことなのだが。
「やっぱり陸ははえーな」
俺に負けた水谷だった。
そりゃあんだけ部活さぼってりゃ俺には勝てんはず。
元々素質あっても練習しなきゃ速くはなれない。
「おいウ○コ!間違えたウ○コ陸!」
T先輩の言うことは無視することにした。
人の名前の前に汚いのをつけるだけじゃなく汚物と俺を同一視しやがったこの人。
本当に一瞬の出来事。
勝負はまさしくあっという間だった。
女子も男子に続いて競技が行われたが見逃してしまった。
杏子何位だったのだろう。
「おいウ○コ!」
今日の練習メニューはこれともう一つ俺の大嫌いな400mのセレクション。
これは400mの競技の為じゃなくて1600mリレー用。
マイル,と呼ばれる1600mリレーの選抜にあたる。
こっちは希望者でなく全部員強制参加だった。
11時に開始らしい。
できれば出たくないのだが,強制参加なのでしょうがない。
「ウ○コ!次の400は絶対負けねーからな!」
いい加減相手してやろうか。
相手は先輩なのに内心こう思ってしまう。
「俺より体力のない先輩が何言ってんですか」
「うるせぇ!お前のズボン走ってる時に下ろしてやる!」
たまにこの人はプチチンピラだと思う。
やらないくせにこういうことばっかり言うんだから。
向こう側ではキャプテンとうちの学年の中距離エースがライバル心むき出しで会話していた。
俺には関係ない。
***
「明人,今日は疲れたねー」
帰り際また杏子と一緒に帰ることに。
人生3度目の女の子との下校だ。
そのうち3回が杏子なのは内緒。
「いつもより練習メニュー少なかったのにな」
「ほんとにね」
「あ,そういやレギュラー入りおめでとう」
「ありがと・・・」
杏子は結局400mの方で部内4位となりマイル要員となった。
俺からするととても嬉しくない話なのだが彼女からするととても嬉しいことに違いない。
だって,今すごく嬉しそうな表情をしている。
「明人もマイル頑張ってね」
去年の先輩が卒業したせいで俺は部内3位でめでたくマイル出場である。
当日棄権したいくらいだ。
出るたびに動けなくなるあの地獄の400mはもう走りたくないのに。
「ん,頑張る」
でも出るからには学校の名前背負って行くのだから頑張らなくては。
とても嫌な気持ちとやらなくてはいけないという気持ちが心地悪い。
レースさえ開始すればそんなのどうでもよくなるが。
マイルは走った者にしかわからない快感がある。
とても気持ちいい,やりきった感。
あのしばらく冷めない熱。
嫌なのは走るまでなのだ。
直前までとても後ろ向きで怠惰な感情が大きい。
大会は来月にある。
そういえば杏子はマイル初出場か。
本番は一生懸命応援してやろう。
幼馴染として。