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サボり話

「お前さっき校庭見たか?」


授業が終わるや否や俺は真っ先に水谷に聞いた。


「へ?」


水谷はなんのこと?という顔をしている。

見てはいないようだ。


「さっきさ,うちのクラスの子が授業中なのに校庭にいたんだよ」


「んな馬鹿な」


こんな反応するのは当たり前だ。

うちの学校にはルールを破ろうとする奴なんか滅多にいない。

特に女の子,そんなこと考えたこともないんじゃないだろうか。


「でもさっきさ,女の子がいたんだよ」


これは嘘じゃない。

普段嘘を言いまくる俺だが今は本当のことしか言っていない。


「お前の知ってる奴だった?」


水谷は俺の言うことを疑っていない。

本当にいいやつだ。


それとこの発言にはもう一つ意味がある。

俺は人の名前を全く覚えようとしない。

異性なら特にだ。

だから俺の知っている奴というのは校内の有名人に限られていた。


「あれだ,最初に男子がかわいいかわいい言ってた子」


「神守さんか」


「そう,その子」


有名人ですらこの調子だ。

自分と関わりのない人間の名前がサッパリなのだ。


「でもなんだって授業中に校庭にいたんだ?」


「さぁ・・・?なんか桜の木に寄りかかってたけど」


俺以外は気がついていないんだろうか。

みんな普通に教室や廊下で雑談している。

ただ,さっきからその中にあの子がいない。


なんだか無性に気になっていた。

このとても平凡な日常に非凡が混ざったのがよほど違和感あったのだろう。

それになんだかこの珍しい現象がゲームのイベントみたいでワクワクしているのもあった。


「なぁ水谷,次の授業なんだっけ」


あの子が授業開始2分前に教室に戻ってこないのを確認して,俺は水谷に聞いた。


***


「先生!トイレ行ってきていいですか!」


授業始まって3分も経っていない時。

俺は意を決して教室を出た。


水谷の表情はバレるなよ,と言っているような気がした。

あいつはあいつで本当に行く気かよと思っているに違いない。


ガラガラッ


教室を出たのはいいが,困った。

あの子が今どこにいるかなんてさっぱりわからなかったからだ。


「どうするよ・・・」


元々独り言の多い人間だと自覚していたので,今更呟くのにためらいはない。

だがみんなが授業している時の廊下はとても静かで,なんだか寂しかった。

だから呟くことでその静けさによる寂しさを紛らわした。


とりあえず一応行きたいこともあってトイレに駆け込んだ。

用を足して一息,さっきの桜の辺りに行こうかなと考え始める。

けれどもあの桜のあるところって人目に付く気がする。

どうしたものか。


俺ら2年の教室は2階にあり,1年は3階,3年は1階という風になっていた。

人気の少ない図書館側の階段から降りていき,俺は渡り廊下のある場所から校舎を出た。


「今は授業中ですよ」


校舎を出た直後,目の前にいる女の子に言われた。

お前こそ授業中に何やってんだよ。


「俺だって授業サボりたいだろうが!」


ハタから見たらただの馬鹿だろう。

本当に何しに来たのか今更になってわからない。

別に級長でもなければ風紀委員でもない。

ただ女の子が外にいるから俺もそこに行こうと思っただけで。

よく考えたらハタから見なくても大した馬鹿だった。


「?」


彼女がこうなるのも無理はない。

俺の取った行動に深い意味なんかなくて,もしかしたらただこの子と話したかっただけなのかもしれない。

でも,なんとなくそれが楽しそうに思えて俺は行動に移してしまったのだ。


「なんで授業サボってんだよ」


「少し,一人になりたかったんです」


神守秋華は噂だと確かお嬢様だ。

クラスメイトの俺に敬語を使うあたりものすごく上品さを感じた。

目の前にいる女の子は紛うことなく神守秋華そのものだった。


「そうか」


俺は誰より行動が意味不明で,自分でも何しているかよくわからないレベルに達していた。

これをロマンチックに言うと神様がそうしろと言ったように思えて行動した,とでもなるのだろうか。


「あなたは何をしているんですか?」


「正直何もしていないです」


自分の馬鹿さに呆れているときにこんなことを聞かれても。

まともな答えなどないので先生に見つかったらただただ反省文が面倒くさいだけになりそうだ。


俺は元々他人が考えてすることに口出ししようと思うことは少なく,彼女の行動にも文句はなかった。

文句を口にしても大方口にしているだけで本心は違うことが多々ある。

ただなんとなく言ってみるだけで興味なんて持っていなかった。


けれども普通の人が言いそうなことは俺も言う。


「神守さんは教室に戻らんの?」


「私ですか・・・?私はもう少し,ここにいたいです」


何か特に理由があって外にいるというわけではないのか。

いや違う。

一人でいたかったってことが理由になるのか。


そんな簡単な思考を巡らせて一言。


「んじゃ,俺は教室に戻るわ」


最初から最後まで一貫してわけのわからないことをして俺は教室に戻った。


***


「おー,長いウンコだったな」


教室に戻るやいなや先生が言った。


「あー,下痢だったんです」


俺は下品にも授業中に堂々と言い切った。

今なら嘘八百でも並べれそうな気がする。


「そうかそうか」


この数学の先生は一年の頃から今までずっと俺の担任をしている伊従いより先生だ。

数学の教師なのに俺らと一緒に国語や英語,社会科目や理科などの模試を受けたりする。

しかもそれが全て8割以上の点数だというのがこの先生のすごいところだ。

現役高校生だったころは東大B判定だったりしたらしい。


俺は友達との間でいよっちと勝手に先生にあだ名をつけている。

いよっちはこの学校に配属されてからもう20年にもなるらしい。


席に着くと水谷がちょっかい出してきた。


「陸,どうだった」


この顔は色恋沙汰を期待している顔だ。

何を期待しているんだか。

俺がナンパできるとでも思ったのか。


「会ってこれたか?」


水谷は今とても楽しそうだ。

表情が生き生きしている。

高校生は男女ともにこういう話が好きな時期なのだろう。

だが


「水谷・・・残念ながら会っただけで会話はちょっとだけだた」


俺はわざと何もなかったというアピールを強調した。

ちなみに「だた」という言い方は俺なりの「だった」だ。

俺は日本語を捩るのが好きでケチャップをケチャプーと言ったりマヨネーズをマネヨーズと言ったりする。


「で,どんな話をしたんだよ」


あんまりしつこく聞かれるのも嫌なので紙に大体の流れを書いて渡した。


「なんだよつまんねー」


そしてこういう水谷の反応を期待していた。


「そういうもんだろ」


そうはいえど俺はあの会話をそれなりに楽しく思っていた。

普通の日常で普通の人が聞いて意味わからない会話をするのが俺のお気に入りだった。


そうこうしているうちに授業は終わってしまった。

50分などあっという間だという感じだった。

いつもは退屈で長い50分なのに。


全ての授業が終わって掃除の時間になると神守さんは普通に教室に戻ってきていた。


***


俺が高校に入ってから一番嫌だったのが掃除の時間。

自分の部屋だって年に一度掃除するかしないか程度なのに,なんだって学校なんかを掃除しなきゃならないんだろう。


「掃除当番制の学校を選ぶべきだったなぁ」


サボり症も手伝い,俺は校内の散歩をすることでその時間をつぶしていた。

一年の時はゴミ袋を持ってゴミ捨て係りを装っていたが次第に持つのもめんどくさくなってきてやめた。


学級の友達らも最初は俺をサボるなと注意してくれていたのに今やそれすらしなくなった。

先生はこの状況をどう思っているのだろう。

俺は一度たりともこのことについて先生に注意されたことはなかった。


一年間ずっと委員会に参加せず,掃除もせず,学級の行事に積極的に参加しなかった結果俺には結構独特のポジションができあがっていた。

水谷とか仲のいい友達はいるし,男友達とは普通に接して話していたが。


「えーと,陸君,ちゃんと掃除しませんか?」


しかし女の子からすると,俺みたいなのは厄介な存在なのかもしれない。

当番を無視して校内を横行しているのだから。

声をかけてくれたのは意外にも教室で掃除していた神守さんだった。


他の女子たちは俺とは接しづらいのか神守さんに俺のことを一任しているようだった。

俺は授業サボってる奴がそういうこと言えるか?と憎まれ口を叩こうとしたが


「んー,今日は遠慮しとくわ」


相変わらずのキチガイ発言をして適当に違う場所へ移動した。

あまり嫌味ったらしいことを女子に言って嫌われたくなかったから大口は叩けなかった。

周りの女子の反感買ったら嫌だし。

というか反感なら今の発言でも十分売れていたような気がしないでもないけれど。


俺は俺なりにこんな生活に満足していた。

彼女が欲しいとは思うけれど,こんな自分に彼女なんて到底できないだろう。

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