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無駄話

ちょうどそのころはうちの高校には桜が満開で。

教室からも見えるピンクで覆い尽くされたコンクリートが春を物語っていた。

新学年になったばかりでクラス中が浮かれている。

先生たちもどこかその空気に感染されて気が緩んでいるようだった。

そんな時期。


「なぁ,くがはさ・・・誰がかわいいと思うよ?」


男子の頭の中もちょうど春真っ只中。

新しいクラスになったので新メンツの顔品定めといったところ。


「俺はまず女子の名前がわからんのだが・・・」


パッと見、どれもこれも大してかわいいとは思えなかった。

それもそう,ここは理系の特進クラスなのだ。

特進クラスというと聞こえはいいが頭の悪い進学校のどこかしらの国公立大学合格しそうな奴らの集まりだが。

理系には女の子が少ない。

それどころかこの高校には元々かわいいといえるような女の子が少なかった。


「あの子はかわいいと思う」


そんな中、俺は一人の子を見つけた。

長い髪に整った顔立ち,大人しそうな雰囲気を持った子だった。

現在女の子たちと楽しく談笑中のようだ。


「やっぱりお前もそう思う?」


「だってあれ明らかに他と纏ってるオーラが違うだろ」


「だよなー」


どうやら男子はみんながその子が一番かわいいと判断したようだ。

誰かが会話しているのが聞こえる。


神守秋華かんもりしゅうかって言うんだってさあの子」


「へぇー」


こんなくだらない会話で始まる新年度。

俺だって彼女くらいできないかな,と内心浮かれていた。

だから,少し積極的になっていたのかもしれない。


***


「なんだって春休み明けて早々テストなんかせにゃならんのだ!」


俺は怒っていた。

といっても表面上のおちゃらけた怒りで本心は大して怒っていなかったりする。

ただみんなが思っていそうなことを適当に口走ったのだった。


「そうだそうだ!数学なんてクソくらえ!」


友達の水谷だ。

こいつとはいろんなことで意気投合してしまう。

同じクラスになったばかりだったが趣味が合い,仲良くなっていた。


「おい,水谷。先生たちは春休み前にテストしたばかりということを忘れているらしい」


「まったくもって無駄だよな」


「だがテスト内容はあの膨大な量あった春休み課題からしか出題されてない・・・」


「何が言いたいんだ陸」


「先生たちは俺らが課題の答えを丸写ししたかどうかをこれで見極めているということだ!」


「それがどうしたんだよ」


「俺らの成績次第ではちゃんとやっていることが評価されテストが消えるかもしれないということだ!」


そんなはずないのだが,俺は勢いだけで取りあえずあり得ないことを言いまくっていた。


「な,なんだってー!」


そう,この水谷の反応を聞きたかっただけなのだ。

俺らは最近ネットにハマっていて,その時々に流行っていた言葉を相手に言わせたり,自分で言ったりするのを楽しんでいた。


「マジレスするとみんな答えを丸写ししているだろうからテストの平均点とかそんなによくないだろうがな」


苦笑しながら俺は言う。

マジレスとは真面目にレスポンス(応答)するという意味で使っている。

俺はこういう言葉を頻繁に使いたくてしょうがないお年頃らしい。

それとこの発言は間違っていなかった。

大半の生徒が課題の答えを課題に写し書きしただけで真剣に取り組んだものなどごく一部のみであった。

だが例えみんなの成績がよかろうがテストが消えることなど今後一切ありえもしないことだろう。


「そういう陸はちゃんとやったのか?俺はまぁもちろん写したが」


「え?お前ってやつは・・・。ちゃんとやれよ!」


実は俺もしっかり写していた。

俺はよくこんな風に自分のことを棚に上げて言う奴だった。


「さすがだなぁ陸は。んじゃあテストも楽勝だったのか」


「んなわけないだろ,俺が課題始めたの提出日前日だぜ?」


「ちょ,おま」


彼,水谷は爆笑していた。

これで答え写したことは明明白白。

なんせ一日で終わるような量の課題ではないのだ。

俺が前日の夜9時から答えを写し始めて午前4時にようやくおわった程度だ。

水谷の言った「ちょ,おま」はネットで言うと「ちょwwwおまwww」と表現され,「ちょっとお前,それはないだろう」という意味だったりする。

wは笑いを意味する表現である。


「まったくもってあの量はけしからんわ」


「お前それ下ネタの時に使うやつ」


高校生男児というのはこうした大して意味のない会話でも爆笑して楽しむ。

少なくとも俺はそうして過ごしている。

こういう日常がたまらなく好きで,幸せだと感じている。


***


テストが一通り終わると先生たちはすぐさま授業に移行する。

休む暇なんてこれっぽっちも与えてくれないのだ。


うちの高校は授業毎に出席を取っているので成績を気にかけているとろくにサボることもできなかった。

というより学校全体がいい子ちゃんムードでずる休みや欠席はとても少なかった。

授業はみんなそんなまともに聞いてないくせに。


「おい,陸のターンだぞ」


生徒が授業を聞いてない証拠といっちゃなんだが俺は授業中水谷と五目並べを紙の上で嗜んでいた。

男子は他にもゲーム機や電子辞書の数独と呼ばれるパズルで遊んでいたり,戦艦ゲームや将棋など紙の上で様々な遊びをしていた。

先生たちも本当は気が付いていて見逃している場合がちょこちょこあるのを俺は知っている。


授業中の会話は先生に気づかれないように小声でするか紙面上で筆話するかのどちらかであった。

俺らの場合は今のところ五目並べ用の紙に小さく書く事よりも声で会話することが多かった。


「水谷すまん,これで俺の勝ちだ」


五目並べにはできたら勝ちといわれるパターンが俺が知っているだけで2つある。

四三というのと,四四というのだ。

五目並べは名前の通り碁石を五目並べたら勝ちである。

四三とは四と三を同時につくることで,四四とは四を同時に2つつくる必殺技なのだ。

どちらも決まった瞬間に大抵勝ちが確定する。

俺が水谷に仕掛けたのは最強の技,四四だった。


「おい陸,おれここに四つくってるから放置されると五目できて俺の勝ちなんだけど」


どこか抜けている俺は相手が四をつくったのに気がつかない場合も多い。

こういうパターンを除けば四三または四四は最強の技なのだ・・・。


「俺カッコ悪・・・完全に自分のだけしか見てなかったわ」


俺と水谷は五目並べでのプレイスタイルが全く違うものだった。

俺は変則的手法からの超攻撃派。

対して水谷は初っ端からの完全防御絶対主義だった。

俺は自分が攻撃得意なスタイルから相手がどう攻撃できるかを読み取ることができる。

だが水谷は絶対守備の観点からどう攻撃されると危ないかを読み取ることができた。

だから盤面では俺の攻め一色に見えるゲームばかりであっても勝ち負けの数は五分と五分であった。


「俺が水谷に一から教えてやったのに・・・」


新学期のテストの合間の休憩中に俺は水谷に五目並べを教えていた。

教えてすぐに水谷はメキメキ成長,いや正しくは俺もそんな上級じゃなかったのですぐ追いつかれた。


「でも陸がここ抑えてたら俺の負けだったろ?」


他にも勝てる要素をもう一つ作っといたので水谷の四目に気が付いていたら確かに俺が勝っていた。


「まだ陸のが上手いよ」


ちょっと嬉しい言葉だがもっとボコボコにできるようになりたいと思っている。

努力はしないけど。


内心ちぇっ,と舌打ちをしながら窓の外を見る。

俺はカッコつけたいのかよく窓の外を見る癖があった。

窓から見える景色はつまらないグランドに汚れたプール,校庭の木に,遠くにある観覧車だった。


そこに女の子の姿があるとは思わずに。

俺はボーッとしてその光景を見ていた。

しばらくボーッとしてようやく気がついた。


おかしい,今は授業中だ。

あと15分で授業が終わるとはいえ,この時間に一人であそこに立っているのはおかしい。

明らかに不自然な状況を目の当たりにしているのに彼女は周囲に溶け込んでしまっていた。

あの子さっきまで教室にいたんじゃなかったっけ。

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