勘違いはまだ続く
リーチェが俺を名前で呼んでくれるように。
ぎこちないが俺も彼女を呼べるようになった。
となれば、きっと小躍りでもしかねないと思っていたのに、
俺は思いっきり落ち込んでいる。
リーチェの元気がない。
あの時以来、俺の顔を見る度悲しそうな顔をするのだ。
最初に逆戻りしている、原因はあれか?あれなのか?!
厭う男に名前呼びされて本当は苦痛だったと…?
そ、そこまで嫌われていたんだろうか(※違います)
「わからん……」
思い当たる節がそれしかないのだが、
この場合、嫌悪感を除くしか打つ手はないだろう。
だが父と同じ女遊びを好まない気質のせいか、
残念ながら俺は全くと言っていいほど女心がわからない。
どうすれば彼女の顔を晴れやかにできるのか。
今まで様々な困難に立ち向かってきたが、
生きてきた中で飛び抜けて難しい問題だ。
(……仕方あるまい)
気が向かないけれど、あいつに頼るとしよう。
内密の話があると俺はその男を呼びつけた。
「女の気を引きたい、良い手は無いか」
人払いをし、俺が話を切り出す。
相談相手に選んだのは大臣である。
今こそ禿……髪が薄くなったが、
昔は社交界で知らぬ者はいないというプレイボーイだった。
女癖は悪いが、仕事は優秀。
それに人妻には手は出さないので傍に置いている。
現在も正妻の他、妾が何人もいる色ボケじじ……
好色漢なのだから、こういう事には頼りになるだろうと、
話を持ちかける事にしたのだが。
何でこいつはこんなにも驚いているのだ。
「陛下、気になる女性がいるのですか?」
「だったら何だ」
「い、いえ意外だと思いまして」
大臣はほくそ笑みました、陛下は知らなかったのです。
言葉足らず故、自身が誤解を招きやすい体質であることを。
よってこの時大臣にはある企みが抱かれていました。
大臣は陛下が王妃を娶る前、
自分の娘を王妃にしようと目論んでいた一人です。
ただ陛下がリーチェをあまりに寵愛するので、
側室に娘を送り込むのは控えておりました。
でも、さっきの言葉で大臣は思ったのです。
陛下は別に囲いたい女ができたのだと。
0から1にするのは難しい。
でも一人でも側室ができたなら、
どさくさに紛れて二人目以降を増やすのは容易なのです。
とは言っても全くの勘違いなのですが。
現在進行系で陛下の心はリーチェ一筋、正に骨抜きです。
だけれど大臣は絶好のチャンス!と目が眩んで、
陛下の機微を悟っていないのでした。
おかげで一人盛り上がっているのです。
ようやく長年の夢である王族仲間入りが果たせると(※無理です)
その為に彼は策略を巡らせます、行動派な彼はすぐに動き始めるでしょう。
彼が起こした騒動によって二人の関係が大きく変わるのですが……
それはまた後ほど語るとして、今回の話に戻るとしましょう。
「ならば贈り物はどうでしょうか?」
「贈り物……」
「私が贔屓にしている商人をお呼びしましょう。
きっと陛下の愛しの君がお気に召す品が見つかるかと」
「頼む」
確かにそれは良いかもしれない。
やはりこの男に持ちかけて間違いではなかった。
ただやたら気味の悪い笑顔を向けているのが気になるが…。
まあいい。彼女が気に入る物を探すのが最優先。
彼女は香水はあまり好みでないようだ。
祖国であの数々の花の芳香に包まれてきたから、
いかにも人工的な匂いは苦手らしい。
ドレスは難しいだろうし、となるとやはり装飾品だろうか。
祖国の財産難に伴い、彼女は殆ど装飾品を売り払っていた。
だがこの国の王妃となれば、そういった品も必要になるだろうと、
彼女に買い揃えるように命じて。
それで華美な物より繊細な物を好むのだと知った。
あと俺と同じ趣味なのだとも。
となれば、他の物よりかは彼女が喜ぶ品を選ぶ自信がある。
彼女が気に入ってくれる品が見つかる事を願いながら、
商人がやってくるその日を待つ事にした。
「この度はお招きいただき誠に光栄です、陛下」
やってきた商人はなんとも人の良さそうな男だった。
ただ柔和な笑みに対し、瞳から感じるのは理知的な光。
どうもただの商人とは一線違う印象が与えられる。
「わざわざ遠くからすまなかった」
「いえいえ、
それで今日は…どういったものをお望みで?」
「装飾品を見せてくれ。
できれば石は控え目で代わりに細工を施しているものがいい」
「ほうほう」
商人は納得しように相づちを打って、
ならこういった物はいかがでしょうか?と
指輪、耳飾り、ペンダント、様々な品を取り出した。
どれも華美になりすぎず、かといって地味すぎず、品のあるデザイン。
俺の希望をそのまま反映させたかのようだ。
材質もそうだが、何よりどれも職人の腕がいい。
「……」
ふと端にあったブローチへ目が奪われた。
白銀の台に花がレリーフとなっている。
手にとってまじまじと眺めれば、商人が口を開いた。
「そういえばジャスミンは、
王妃様の祖国の花ですよね」
手中の品に描かれていたのは可憐な茉莉花。
そして彼女の国花は商人の言う通り。
彼女の庭園にもたくさん植えられていた。
その小さく儚げな姿がまるで彼女のようだと。
甘く夢心地にさせる香りにもいっそう彼女を思い浮かべて。
更に彼女の兄から聞いた話では彼女が一番愛でていた花らしい。
……道理で気になった訳だ。
普通の商人ならここでこれでもかと押してくるのだが、
彼は何も言わずニコニコ事の様子を見守っているだけ。
無理に勧めずとも俺が買うだろうと見なされたらしい。
あれだけ見つめていればそう思うだろうな。冷やかす気も無い。
そして、その対応は正解だ。
俺は強引に促されると途端気分が萎える性質だからありがたい。
「……これを」
一本取られたな。
そう考えつつ、俺はブローチを商人に差し出した。
「……様、王妃様!」
「え?」
侍女の大声で我に返る。
ああ、しまった。ずっと放心していた。
この様子だと何度も話しかけてきていたのだろう。
心配そうに彼女は私の顔を覗き込んでいた。
「どこかご調子でも…?」
「い、いえ大丈夫です!」
慌てて弁解してみれば、
そうですか?と一応引いてくれた。
だがどうも納得はしてくれていないみたい。
本当に体はどこも悪くないのだ。
気分が落ち込んでいるだけ。
当然の事、だからそんな感情を抱く方がおかしいのに。
陛下はお優しい、その態度が私をどんどん揺らがせる。
でもそれは私一人に与えられたものじゃない。
皆にその情けを振る舞っているのだろう。
一国の王である限り、民には恵み深くするものだ。
だから勘違いしてはいけない。自分が特別などと。
でも身勝手にも私は彼に心惹かれていく。
叶わないと知りながら期待して苦しんで。
(……ばかみたい)
そんな私のなんと醜く愚かな事。
静かに二回、いつものように扉が叩かれる。
嬉しいはずのそれが最近では私を悩ませた。
でも無視する訳にはいかない。
はい、と扉へ返答を投げかける。
「……おかえりなさいませ、アル」
入ってきた人物にぎこちないながら笑みを浮かべた。
上手く作れているんだろうか。
すぐ感情が顔に出てしまうので自信は無い。
陛下の登場に侍女は一礼し、部屋を出て行く。
部屋には私と陛下の二人きりになった。
近づいて来た彼は私の前の椅子にかける。
椅子を引く音がやけに大きく聞こえるのは何故だろう。
どくどくどくどく、落ち着き無く心臓が鳴る。
それから口の中が乾いていく感覚に襲われた。
彼を前にするといつもこの症状がでしゃばってくる。
理由は分かってた。それも明確に。
散々抱かれ、子を成した今ですら、
私は彼の存在に緊張するからだ。
「貴方は装飾品が好きか」
その質問は余りに唐突だった。
座るや否や、脈絡も無しに彼は尋ねて。
もしかして話のきっかけを作って下さっているのだろうか。
「はい」
でも上手い返事が浮かばず、簡素な答えとなってしまった。
だが気分を悪くした様子は無い。
それどころか、少し嬉しそうな顔をしている。
「なら、」
どうしてだろうと考えていた最中に、
陛下の手がすっと机の中央へ差し出された。
掌を出すよう命じられ、両手を彼に向ける。
その上に軽い何かが乗せられた。
彼の腕が引いてその場にあったのは。
「……これ、は」
「貴方の好きにしてくれ」
小さなプラチナのブローチだった。
刻まれているのはこの国の象徴である薔薇ではなく、
我が祖国の花であるジャスミン。
私の一番好きな花だ。
この花は他の物に比べ、あまりにも華やかさが無い。
その為、こういった装飾品のモチーフになる事はとても珍しいのだ。
偶然にしてはあまりにできすぎている。
もしかして、わざわざ選んでくれたのだろうか?
……私の、為に。
掌を見つめたまま、リーチェは動かない。
女性に贈り物をしたのは初めてだから、
この反応がいいのか、悪いのか、さっぱりである。
情けない話、少々足が震えてきた。
敵将を前にした時でもこんなに臆した覚え無いんだが、
か弱い少女である彼女に怯えているのか、俺は。
格好が付かないので無理矢理手で押さえて悟られないようにする。
(……な、何か聞いてみるべきか?)
感想とか、いやいやいや気を遣わせるのは良くない。
話題を変えようにも何を話せばいいのか。
頭を抱える。どうしよう、どうする、どうすれば、どうしたもんだ。
四段活用とかやってる場合じゃないのはわかっているが、
打開策が見つからず、ひたすら悩み続けていたその時だった。
「?!」
ぼろぼろ彼女が泣き出した。声にならない声を上げる。
それも半端な量じゃない。嗚咽は無いが正に号泣。
な、何した、俺、何したんだ?!
「泣くな」
だが、こういう時に限ってハンカチが無い。
俺は肝心な時に決まらない星の下に生まれたのか。
やむを得ず、袖で拭う。
でも濡れるばかりで彼女は一向に泣き止まない。
涙を零すものの、静かに泣き声一つあげぬものだから、
理由は判明しないままだ。もう俺の方が泣きたい。
「贈るのも許せぬほど、俺が憎いか」
混乱した挙げ句、俺はつい前々から秘めていた疑問が出てしまった。
言った時には時既に遅し。彼女が面を上げる。
その瞳に宿る物は明らかな戸惑いだった。
「違い、ます」
「なら何故嘆く」
それに彼女は小さく頭を左右に振る。
悲しい訳ではないらしい。
俺を見つめて、彼女はゆっくりと桃色の唇を開く。
「うれ、しくて。
陛下が、私の為に選んでくれたなんて」
その事が、ひどく幸せだと。
頬を濡らしたまま、だが彼女は見惚れるような微笑みで答える。
また陛下呼びに戻っている事よりもその言葉に俺も感極まっていた。
「……そうか」
俺も嬉しい、やら、リーチェ好きだああああ!とか、
うっかりおかしなテンションで対応しそうな自分を戒め、唇を緩める。
にやにや笑いにならないよう、適度に節度は定めつつ。
最後の滴を拭き取れば、彼女は気持ちよさそうに目を閉じる。
ムラッと何かが騒いだり、何これたまらんとか不健全な事は考えてない。
ああ、そうだ、これっぽちも頭に無い!考えていないと言ったら考えていない!
「大切にします」
ブローチを彼女はぎゅっと胸元で抱きしめる。
とろけそうな笑み。こんな顔が見られたなら贈って本当に良かった。
今日という日を俺はきっと忘れないだろう。
なんたって、彼女が俺を嫌っていないとわかったのだから!
こうなったらいつの日か好かれてみせる。最初の誓い?んなもん知らん!
拳を強く握り、俺は強く決意を抱いたのだった。
陛下と王妃の関係、それは周知の事実でした。
侍女も大臣も商人も国民も他国の民すら、皆、とうに気付いています。
ただ固く決意する彼と喜びに浸る彼女だけが知らないのです。
……もうとっくに二人の恋は結ばれているのだと。
モテたくせに純愛貫いたせいで陛下の恋愛レベルは地を這ってます。
リーチェに関してはもう埋まってます、だめだこの二人…。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!