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近づいて、遠のいて

「アルファディート様、アルファディート様、アルファディート様……」


先程から私は同じ名前を何度も繰り返しています。

何も知らない方から見れば、気が触れたかのようでしょう。

気は確かです。大丈夫です。これは練習ですから。


というのも私に仕えてくれている侍女から提案されたのです。

陛下と仲良くなりたいのであればどうしたらいいのかと聞けば、

名前で呼んでみてはいかがでしょうと。

彼女が言うには名前で呼ぶ事によって距離を縮められるらしいです。

友達の多い彼女が言う事ですから信じてみました。


ただ私はあまり名前を呼ぶ事に慣れていません。

親愛を置く陛下であれば尚更難易度は上がります。

でも、もう王妃となって1年が経つのです。

そろそろ親しくなる為に動いてもいいのではないでしょうか?


「王妃、入るぞ」

「おかえりなさいませ、アルファディート様!」


こんこんと軽く扉が叩かれた後、陛下が入ってきました。

そして早速迎えの挨拶で実行に移してみます。


「……」


軽い気持ちでやったのは間違いだったのかもしれません。

思いっきり顔を顰められました。威圧感5割増しです。

やっぱりダメだったんだ。そ、そうですよね。

私なんかに名前を呼ばれるのなんて不快になりますよね。


「アル」

「え?」

「アルでいい」


でも返ってきたのは意外な言葉でした。

おそらく愛称と思われるのですが、

私などが口にしていいのでしょうか。

陛下のお心を読み取ろうにも、いつもの無表情のままです。

わ、私はいったいどうしたらいいのでしょうか?




もし俺に羽があったら今頃、天上に頭をぶつけていた事だろう。

それほどまでに俺は浮かれていたのだ。

にやつきそうな頬を必死に宥め、

彼女の前で情けない顔を晒さないよう平静を装う。


リーチェが、リーチェが俺の名を呼んでくれた!

最初怯えられていた頃に比べると随分前進したんではないだろうか。

このまま頑張れば彼女の心は俺に向いてくれるかもしれない。


自分でも舌を噛みそうな名前だし、

どうせなら愛称で呼んでほしい。

そう思って口に出してみたのだが彼女は困り顔。

やはりこれはまだ早かっただろうか。

内心ハラハラと事の様子を見守る。

乙女とか言うな、嫌われないようこっちも命がけなんだ!


「…アル、様?」


首を傾げながら、控え目に彼女が唇を開く。

瞬間、パンパカパーンと頭の中でファンファーレが鳴った。

どうしよう幸せ過ぎて涙出そう。

いいや、ここで満足しちゃいけない。たまには賭けにでなくては!


「アルでいいと言ったはずだが」

「へ、陛下を呼び捨てにするなど」

「リーチェ」


名前を紡げば、彼女の新緑のような瞳が大きくなる。

声、震えなかっただろうか。唯一それだけが気がかりだ。

昂ぶる自身を落ち着かせる為にも深呼吸。

心臓の鼓動が修まり始めたのを見計らって俺は彼女に命を。


「呼べ」




陛下、やっぱり怒ってらっしゃるのでしょうか。

先程よりも声の重圧が増しています。眼光もより鋭く。

蛇に睨まれたカエルの気分が何となくわかった気がしました。


怯えているのも事実ですが、

実は喜んでいる私もいるのです。

というのも先程、陛下が初めて私の名を呼んでくださいました。

好きな方に紡いでいただけるのはこんなにも嬉しいものなのですね。


陛下の望みとあれば、私もお応えしなければ!

恥ずかしさを振り切って陛下を見つめます。

女は度胸!拳をぎゅっと握り、噤んでいた口をほどきました。


「ア、アル!」


やりました、噛まずに言えました!

全身全霊力を振り絞ってどうにかこなす事ができました!

浮かれる余り私は気付いていなかったのです。

陛下の腕が伸びてきていた事など。


「ひゃっ」


思いっきり抱きしめられました。

今までとは違って意味で抱かれて、私は呼吸が止まるかと。

あわわわわ、と顔を真っ赤にする私などおかまいなしに、

陛下は耳元で囁きます。


「リーチェ」


陛下のバリトンに体が震えました。

彼は気付いてらっしゃらないのでしょうか。

ご自身がどれほど魅力的な声をしてらっしゃるのか。


「……リーチェ」


そ、そんなとろけそうな音色は止めてください!

腰砕けになっちゃいますから!


(やめて、ください)


……それに勘違いしてしまいます。

陛下が私を好いていると、そんな訳ないのに。


その腕を拒めたら良かった。

でも私はその腕の心地よさに逆らえず、ただ抱かれたまま。

降ってくる唇をいつものように受け入れる。


(陛下、陛下、お慕いしております。心から)


どうしてだろう。幸せなのに、こんなにも胸が痛むのは。

夜の帳の中、ささめいた想いは形になる前に消えていった。

それにしてもこの陛下、はしゃぎすぎである。

こんな調子で結ばれるのか作者ですら不安になってきました。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!

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