恋する陛下
早くに父を亡くした俺は次男にも関わらず、
成人と共に戴冠式を受ける事となった。
何故兄が継がないのか。
父上は一途な人で亡くなった母以外愛さなかったので、
異母兄弟という訳ではない。
下にも弟が二人いるが全員実の兄弟である。
ただ兄が色ボケだっただけだ。
父が亡くなり、王位を譲るとなった段階で
『実は侯爵令嬢と相思相愛なんで婿入りしますエヘ☆』
ときた。全員ぽかーんとなったのは言うまでもなく。
普通であればそんなワガママ通るわけがない、
だが無駄に優秀なあの人はありとあらゆる手を使って、
俺に王位を押しつけ、見事自身の愛を貫いたのだ。
異例が異例だから無事にやっていけてるのかと
心配して、覗きに行ったならば……
兄は息子を背中に乗せた状態で、
「よーしパパ頑張っちゃうぞー!」
なんていいながら、バリバリ領地の統治に励んでいた。
その隣にいた愛する奥方に幸せそうに微笑んでいる姿を見た時には、
思わず殴りこみに行こうかと真剣に考えた。
今でこそ落ち着いたが、こっちはどれだけ苦労した事か。
執務はもちろんだが、女性関係が特に酷かった。
ぜひ王妃に!と臣下から娘を薦められたり、
他の大国から姫を送り込まれそうになったりと……丁重にお断りしたが。
拒んだらもっと張り切られた時には目も当てられなかった。
生々しいので詳細は伏せるが、
既成事実作っちゃえと一杯盛るとか本当に止めてください。
女に興味はなかった、だからといって男色家ではない。
突然王位を引き継ぐ事になって執務で目が回りそうだったというのもあるが、
迫ってくる女性は自分の好みからとことん外れていたのだ。
華やかな顔立ち、豊満な体つき、自信に満ちあふれた美しさ。
それらを兼ね備えた女性が自慢の艶やかなドレスで着飾り、
露骨に流し目を送ってきたり、まとわりついてきたり…。
決して彼女たちが醜い訳ではなく、むしろ煌びやかだと思う。
だからって食指が動くかと言われたら別だ。
むしろああいった強引でギラギラと、
獲物を狩るような瞳をしている女性は心底苦手なのだ。
王妃となる女性はある程度の身分が必要である。
だからといって前述の狩人みたいな令嬢方はごめんだ。
でも選ぼうにも周囲が急いてくる。
臣下との堂々巡りに何もかも嫌になった頃だった。
俺が運命の女性、リーチェに出会ったのは。
周辺国の視察に向かう事となり、
丁度、彼女の祖国に滞在させてもらっていた時の事。
噂には聞いていたが、国情は予想以上に酷い。
彼の国は農業で成り立っていたが、
天災続きで今は国民に宛がうだけで精一杯だと。
そのせいか貧困と疲労の色が際立っている。
城内も以前来た時に比べ、随分物が無くなっていた。
国財を売り払ってでも民を助けようという王の厚情が目に見える。
さすが良王の呼び名は伊達じゃない。
こんな時でも俺達を持てなしてくれる城の人々もそうだが、
街を回っても国民の瞳には希望があった。
この国を失うのは惜しいと一個人では思うが…。
「そういえば、ラドゥガ王。
庭でも行きませんか?」
そう提案してきたのは現国王である彼女の兄だった。
この国の庭園は『天上の世界』と表されるほど、他国でも名高い。
俺も初めて見た時はひどく感動したものである。
喜んで俺は彼の誘いに乗ったのだった。
色とりどりの花の中に少女がいた。
現国王と同じ、紅の髪が風に舞って踊る。
紅い睫に囲まれた緑の瞳は瑞々しく、
蕾に触れる手のなんと優雅な事。
温かな微笑みはまるで陽だまりを思わせた。
きっと花の妖精は彼女のような姿をしているのだろう。
鮮やかに咲き誇るその中央にいながら、
彼女は一際輝いていた。
「私の妹のリーチェです。
ああやっていつも花の世話を……ってラドゥガ王?」
すとん、と不思議な音がした。
今思えばあれこそ恋に落ちるという事だったらしい。
やたら呼びかけられていた気がするが、
全部右から左へ耳を通過していた。
最後の方では彼が涙目になっていた気がするがよく覚えていない。
この瞬間から完全に俺は彼女に心囚われてしまったのだ。
何故、小国とは言え姫君の存在を知らなかったのだろう。
そう思って、彼女の兄に尋ねてみたところ、
彼女はあまり夜会などの華やかな場所は苦手らしい。
また財政が危ないという事もあり、
年頃になってからは控えるようになったとの事。
今では専ら庭園の世話か読書に励んでいると。
穏やかな気質で家族の贔屓目抜いても良い子だと彼は語っていた。
誠実な彼が言う事だ、まず間違い無いだろう。
俺の理想ド真ん中、ますます彼女が気になってしまった。
自国に帰っても浮かぶのは彼女の事ばかり。
日々募っていくばかりの恋情に耐えきれず、
俺はとうとう彼女の兄に頼み込んだ。
彼女もこの国も必ず幸せにするから王妃にさせてくれと。
毎日のように手紙を出した。
本来は彼女に出すべきだったかもしれないが、
彼女を目の前にしただけで緊張から倒れそうになる現状。
文通などできる訳がなかった。
彼も最初は戸惑っていたが、
あまりにも必死に縋るものだから根負けしたらしい。
彼女の意思を聞いてからということになった。
返事が来るまでおよそ10日間。
その間、俺は今までで一番混乱していたのだ。
本を逆さまで読んだり、マントじゃなくてシーツを羽織りそうになったり。
なのに顔はいつもの通り鉄仮面だから(単に感情が顔に出にくいだけである)
周囲も相当焦ったらしい。すまなかったと思う。
じらすにじらされ、ようやくもらえた返事はOK
自室で飛び上がって喜んだはいいが、
喜びのあまり「いよっしゃあああ!」と叫んだせいで、
何事かと思った兵が駆けつけてきたのには参った。
必死に取り繕ったが、今でも思い出すと恥ずかしい。
「子を産め。それ以外、貴方に望む気は無い」
そうして迎えた初夜。
俺は彼女に自分の意思を伝える事にした。
ほぼ無理矢理娶ったようなものだ、
愛してほしいなんていわない。
好きではない男の子を産むなんて以ての外だろうが、
どうかそれだけは許してほしかった。
彼女との子、俺達が結ばれた証。
それがあれば例え恨まれても耐えていけると思ったから。
もし一人生まれたらもう彼女に触れるつもりはなかった。
の、はずだったんだが……。
「……リーチェ」
隣で眠る愛しい人。
名前を呼び、その頬にそっと唇を落とす。
両方、彼女が起きている時にはできない事だ。
どうにか夜は過ごしているものの、
俺は未だに彼女とまともに会話もできない。
微笑まれただけで頭の中が真っ白になる。
情けないとはひしひし感じるがどうしようもない。
それでも自分は猿かと思うぐらい毎夜毎夜盛りに盛って、
(というか今夜もいたしてしまった、産後間もないのに)
結果、セラに恵まれた訳だが。
物凄く嬉しかった、また飛び上がってしまいそうになるぐらい。
もちろん王子でも健やかに生まれてくれれば何よりだが、
男ばかりのむさ苦しい環境で育った俺はずっと娘が欲しかったのだ。
生まれる前から愛しくて愛しくて堪らなかったが、
生まれてみたらもうかわいいったらなんの!
リーチェが妖精ならセラは天使だろう。
うちの娘可愛い、ホント可愛い!
愛するリーチェが産んでくれた上に、
髪質や唇の形やらリーチェそっくりなのだ。
こんな愛娘を可愛がらなくてどうする!
将来、彼女は絶対美しい娘になるはずだ。
親バカ抜きで断言できる、そんじゃそこらの男にはやらん!
(……それにても)
家族から引き離され涙に暮れていた彼女に対し、
自分のできる限りの事はしたはず。
おかげで彼女も最初の頃に比べ、笑顔を見せてくれるようになった。
でも彼女のあんな言葉が口から出るとは全く頭になかったな。
子供がもっと欲しいだなんて。
聞いた瞬間、扉と盛大に喧嘩してしまった。
今まで一番強い頭突きが決まったんじゃないだろうか。
その痛みで嘘じゃないと知って嬉しかっただなんて言えない。
護衛達が心配する中、一人喜びを噛みしめていたなど。
もしかしたら俺は嫌われていないんだろうか。
聞こうとして断念してしまった。
もしそんな訳ないだろうとか言われたら俺は一生立ち直れない。
でも言われる覚えがある以上、行動的にはなれそうもない。
「愛してる、リーチェ」
俺の想いは伝わる事はないだろう。
それでも耐えきれなくなった俺はそっと、
眠るリーチェへ言葉を零す。
今度は唇へ自分のそれを重ね、俺もまた眠る事にしたのだった。
二話目に入ったにも関わらず、名前が出てこない陛下。
そしてこの通り単なるただの嫁バカでした。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました!