Step:2【お互いを知ろう】
人には習性というものがある。
それは無意識のうちの行動であり、特に理由がないパターンが多い。
俺がいつも教室の前方右側に座るのも特に意識してではない。
なんとなく最初に座った場所だからという理由からである。
「へぇ。じゃあ授業中に話す人いるんだ」
「近くに座ったときだけ話すって感じだけどな」
必修科目の黒板に近い前方付近となると、だいたい同じようなメンバーがそろう。
ひと言、ふた言ぐらいの挨拶は交わされよう。社交辞令だ。
かといって、友達と言えるまで親しい仲になるわけでもない。
顔は知れども、名は知らず。
そんな関係だ。
「私はマチマチかな。とりあえず空いてるところに座る」
そんな薄い関係から脱却し、半ば強制的に名前を知ることになった相手がコーヒーカップを持った。
釣られて俺もコーヒーに口をつける。
苦い。
綱本さんがブラックで飲むから俺も意地を張ってしまったけど砂糖を入れればよかったかな。
俺と綱本さんはふたりきりの教室を出たあと、綱本さんの『お互いを知ろう』という提案のもと、喫茶店に来ていた。
お昼すぎという半端な時間こともあり客は少ない。
学生も講義中だし。俺たちはお察しのとおりである。
「というか、こんな喫茶店あったんだな」
「大抵は大学内か正面にあるファミレスに行っちゃうからねぇ」
黒と白で統一された店内はモダンで趣があった。
そこら辺に疎い俺から見てもセンスがよく感じられる。
客層はリア充が多そうだから、常連になるのが難しそうだけど。
「吉永くん、趣味とかある?」
「読書かな。ジャンル偏ってるけど。そっちは?」
「んー、映画見るぐらい。『コレ詳しい!』っていうモノがないんだよね」
俺だってそうだ。
何かに関心を持っていてそれを取っ掛かりに話を展開していく。
それができないから。
「…………」
「…………」
会話が途切れる。気まずい空気が流れる。
「まぁ、ポンポンと話題を振れる人間ならお互いこんな苦労してないよな」
「だよね。友達百人いるよね」
百人は無理かもしれないけど、数人は確実にできているだろう。
「そういえば、綱本さんは高校には友達いなかったの?」
「同じ大学に来てる子はいないかな」
綱本さんも俺と同じで他県から上京していた。
「人との接し方とか喋り方とか、忘れちゃったよ」
「それ、わかる。俺なんか声の出し方すら忘れるところだった」
「一人暮らしだから部屋でも喋らないしねぇ」
そうなのだ。
一人暮らしは喋る相手がいないと、口を開かないで過ごすことができる。
俺はそれを繰り返してきたし、綱本さんだってそうだろう。
「じゃなくて、友達をつくる方法だよ! 不幸自慢してる場合じゃない!」
危うく負のスパイラルに陥るところだった。
「えー、いいじゃん。私たちもう友達でしょ?」
だが、俺の危惧とは裏腹に綱本さんは口を尖らせていた。
まるで危機感を覚えていない。
「無理につくることはないよ。無理は禁物。体に悪いよ」
「友達がひとりできたからって満足するんじゃない」
まったく、教室での勢いはどこへいったのやら。
しかし、友達というのはどうやったら作ることができるのだろう。
片っ端から『友達になりませんかー』と声をかけるわけにはいかない。
大学で友達を作る方法となると。
「綱本さん、ゼミには出てる?」
「うん。ちゃんと出席してるよー」
うちの大学では基礎ゼミを必ず履修させられる。
ほぼ自動的にどこかの教授のもとへ配属される。
ゼミは少人数中の少人数だ。それに同じ一回生同士で話しかけやすい。
そう考えて綱本さんを見るも、綱本さんは首を横に振った。
「無理。もうグループが出来あがってる。入り込める雰囲気じゃない」
俺が入った基礎ゼミも同じような状況だった。
付属高校からの内部進学生同士が固まって配属されたらしく、そいつらが幅を利かせている。
下品に笑うあいつらは絶対に許さない。
「そういえば部活には入ってないの?」
ここまで失念していたが、部活・サークルというのも友達づくりの王道ではないか。
俺は特に興味のある部がなくて入りそびれたが。
「言ったでしょう。入学式で風邪ひいて数日寝込んだって。登校できるようになったときには勧誘期間は終わってたわ」
当時を思いだしたのか綱本さんはため息をついた。
「そうなると、入りづらいじゃない?」
「気持ちはわかる」
スタートダッシュは重要だ。
そうなると、スタートから躓いた綱本さんは一体……。
俺と同じことに気づいたのか綱本さんは顔を両手で覆っていた。
「部活見学に行こう」
俺は綱本さんの手を取り、立ち上がった。