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第四話

 一夜明けたその午前中を、まどかさんと過ごした。ラズトさんブレンドのお茶をポットでおもてなし。

「まどかさん、よく眠れなかったんですか?」

 なんとなく、だけど険しいオーラが漂っている……?

「いえ、すっごくよく眠れたんです。朝までもうぐっすり」

 そう言ってぐいとカップを傾けるまどかさん。

「え……と、じゃあ、ルイさんと何かあったんですか?」

「いえ、ぜんっぜん、何もなかったですよ!」

「はぁ……」

 た、たぶんあまり気にしない方がいいのかな。私は次の言葉に困ってしまって、エプロンの裾を少し払った。

「あっ、ごめんなさい……小梅さんに当たっちゃった。だって、ルイってば私の気も知らないで、朝食後に”なあ、もしかしておまえ生理か?”なんて言うものだから……ああいう生物オタクにはゾウリムシの一生も私の28日周期も同じレベルだから頭に来ます! ねっ?! 小梅さん」

「ぷ、いや、ええっと」

 まどかさんの言い方に思わず噴き出しそうになりつつ、返事に困る私。つまり、ルイさんとは何も無いけれども、それも不満、なんだ?

「そっか…恋人がずっと仕事してたら退屈ですよね。カザムさんも不満なのかな…?」

 ちょっと自分たちに重ねてしまう。

「カザムさんが?」

「えっ、あっ、口に出てました!? あ、そうだ!」

 あわてつつ、私はふと解決の糸口を見つけて彼女に提案してみた。

「カザムさんにどこかに連れて行ってもらったらいいですよ! もうすぐ護衛士の訓練からもどってきますから、そしたら聞いてみては。もしまどかさんが言いにくいのでしたら、私がポステで伝えておきます」

「え……、カザムさんに? いいのかなあ」

 彼女は少し迷っているみたいだった。私はそれを払うように言葉を継いだ。

「護衛士は、お客様の接待もれっきとしたお仕事です。大丈夫ですよ」

「じゃあ、お願いしてもいいですか」

「はい。じゃあ、一時間後くらいにテラスで落ち合うと言う段取りにしておきましょう。私はこれからルイさんのお手伝いですけど、なにかありましたらいつでも声を掛けてください」

「ありがとう、小梅さん」

 まどかさんはやっと口元をほころばせた。うん。やっぱり女性は笑っていないと。

 私はまどかさんが席を外した後、ティーセットを片付けてから、エプロンのポケットに入れてあった手帳を取り出した。こちらで一般的に使われている文字でメッセージをしたため、窓辺に行く。

 左手の薬指の指輪を外し、薬指に刻まれた私の名前にキス。それからその唇で、指笛を吹いた。

 空から落っこちるくらいのスピードで、ポステがやってきて窓枠にとまった。足についている通信筒に、カザムさん宛のメッセージを入れる。指笛が吹けるようになるまで、ポステなかなか呼べなくて大変だったのよね。

「よろしくね」

 ちょい、とくちばしをつつくと、ポステは弧を描くようにして視界から消えて行った。


 ルイさん、昨夜の夕食の時に、何か私に言いたそうにしていた? と思ったら、やっぱり部屋に入るなり彼が言った。

「小梅が昨日少し話してくれた、カザプカの話なんだけど、やっぱりもう少し詳しく教えてくれないかな」

「え、ええ、いいですよ。でも、どうして?」

「なんとかまどかの環境でも日本と連絡が取れれば、彼女も喜ぶと思うんだ」

「あ…そうか」

 まどかさんが手紙を書いて、もしそれをカザプカが運んでくれれば…。

「でも、無理ならぬか喜びだろう。小梅、この話はまだ秘密にしておいて欲しいんだ」

「わかりました」

 私はうなずいた。そして、昨日は概略しか話さなかったカザプカとのことについて、詳しく話し始めた。


 気がついたらずいぶんな時間が経っていて、またもや私はあわててしまった。アシストするって言ってたのに、全然じゃないの! 何かお手伝いしないと。

「あ、これ博物館の資料室に返す分ですか? 持って行っておきましょうか」

 こちらはデータベースとかないから、調べものしたりまとめたりは大変だろうな。

「それじゃあ、こっちも」

 ルイさんは手元の紙の束を取ろうとして、「!」と一瞬手を引いた。紙で指を切ったみたい。

「大丈夫ですか?」

 私が近寄ると、急にルイさんが私の左腕を取った。はっ、と顔を上げると、視線が合う。整った顔立ちに、泣きぼくろがセクシーで、ドキドキする。

ルイさんは言った。

「小梅。もうひとつ、頼みがあるんだけど」

「は、はい……」

 私はつい、彼の真摯な瞳の前にノーという言葉を忘れてしまう。でも、頼みって……一体なんだろう。



 カザムさんは、小梅さんがちゃんと連絡してくれたのだろう。約束通りテラスで待っていてくれた。

「それではマドカさん、街へ出てみましょうか。ルイさんに断ってこなくていいんですか」

「あ、じゃあ、ちょっと行ってきます」

 私はルイと小梅さんが作業している部屋の前までくると、ノックしようとドアに身を寄せた。すると、ドア越しにルイの声が聞こえて来た。


「もう少しこっちに来て……して欲しいな」

 え? なんで……中で何してるの? そんな私の疑問を無視して、二人の押し殺したようなくぐもった声が聞こえてくる。

「でも……いから、無理……」

「ちょっとだけ……から、見せて……」

「あ……イさん、恥ずかし……」


 私は軽く目眩を感じて、呼吸を整えると、そっとその場を離れた。

 どういうことなんだろう。

 そんな言葉がぐるぐると頭の中でループしていた。



 私はルイさんのがっかり顔を見ながら、術をかけるために支えていた彼の手をそっとデスクの上に置いた。

「だから無理って言ったじゃないですか、私はまだ回復術は練習中なんですよ~」

 ルイさんに頼まれ、紙で切った指に回復術をかけようとしたんだけど、術円を展開したもののその先が不発に終わってしまったのだった。

「いやいや、でもまどかと同じ日本人の小梅が、術円を展開してるだけで不思議な光景だな」

 ルイさんは私の術円をマジマジと見ている。

「あまり見られると恥ずかしいですってば。さあ、普通に治療しましょう、傷はちょっとだけですし。…はい、これでよし」

 私は、王子のためにいつも持ち歩いている絆創膏(アニマル柄)をルイさんの指に巻いた。

 あーあ、回復術ができれば、王子がしょっちゅう作る擦り傷切り傷なんてすぐに治せるんだけど。



「マドカさんはアンピィ、俺と二人乗りで大丈夫ですか?」

 私が複雑な気持ちを抱えたまま、カザムさんの待つテラスに戻ると、彼はあのカモシカに鞍を置いたところだった。

「え? 私一人で乗れますよ。向こうじゃキマイラ乗り回していましたから」

「ああ、キマイラですか。じゃあもう一頭用意しましょう。今日は街を抜けて少し遠乗りに行きます。帰りに街に寄って買い物も出来ますよ。女性は買い物が好きでしょう?」

「好き! 好きです!」

 私は一も二もなく答えた。


 川に沿って私たちはアンピィを走らせ、お腹が空くと川のほとりで、小梅さんが彼に持たせてくれたサンドイッチを食べた。中身はペッパーハムと、チーズ。

 天気はいいし、緑は多いし、お弁当はおいしいし、隣には素敵な男性が座っているし、こんなピクニック最高。


「あ、そうだカザムさん」

「なんですか?」

 デザートのリンゴを川の水で洗っている彼は、私の呼ぶ声に顔を上げた。

「あのーー、カザムさんと小梅さんって恋人同士なんですよね?」

 カザムさんは虚をつかれたような顔を一瞬したが、すぐに短くはっきりと

「はい」

 と答えた。

「あのーー、よけいなお世話だとは思うんですが、なんだかお二人の間にはまだこう、遠慮の壁みたいなものがうっすらと見えるのですね……あ、ありがとう」

 カザムさんからリンゴを受け取る。彼はそのまま私の瞳をじっと見つめた。

 うわ。まともに正面から見るとちょ、直視出来ないんですけど。その穏やかなダークグリーンの眼差しに吸い込まれてしまいそうで。

「そう見えますか。…それも、仕方が無いかもしれません。お互いに気持ちを確かめ合ってからまだそんなに日も経っていないし……それに俺にとって初めての女性なんです。本当に心から大事にしたいと思わせたという意味では」

 彼は私からつい、と視線を逸らし、きらめく川面を見て眩しそうに目を細めた。

 小梅さんの輝きに心を奪われたときの彼の顔を見た気がした。

「あと……年上の女性というのも初めてなんで、どうしたらいいのかと……それでもコーメはたまにすごく無邪気なところも見せるし、ホント、ちょっとどうしていいのか……」

 彼は再び私を見、はにかんだ。

 きゃーーん、胸キューーン。

 彼がフリーなら即押し倒しているかも! って、違う!! 私最近行動がルイ化して来ているような……やだ! 私は思い切りリンゴにかぶりついた。

「小梅さんは、甘えてくれたりしないんですか?」

「あまり。どちらかというと、俺の方がコーメに、こう…」

「メロメロ?」

 う、と一瞬詰まったカザムさんは、結局笑いながらうなずいた。

「まあ、いいんです、今の関係でも。俺は三番目だし」

「三番目?」

「コーメにとって。一番と二番は娘さんとオージ殿下ですから」

 いやいやいやいや! それはそれって言うか、そうだとしてもさ!

「でも小梅さん、自分があまりカザムさんと過ごせないことを気にしてましたよ」

 さっき小梅さんと話した時のことを思い出して言うと、カザムさんが顔を上げる。私は畳みかけた。

「カザムさん、男は我慢してればいいってものじゃありませんよ! たまには獣にならないと!」

「え……獣にはすでに何度か……」

「は? それでもまだ初夜の前の新婚カップルみたいな雰囲気なんですか?!」

「いえ、えーと、ティンプ(フェレット)に……」

 彼は何度か術を使って、小梅さんの前で動物の姿になった話をしてくれた。

「えーーーー、ティンプって……そこで小さくなってどーすんですか。いや、確かに可愛いですけども……いや、そうじゃなくて! いいですか、老婆心ながら言わせてもらいますが、”行ってきます”、”ただいま”のキスは恋人同士ならこれはマストです! そして隙あらば三時のおやつの甘いキスを離宮の柱の影でしてもよろしいくらいです! カザムさん、女は男性に少しくらい荒々しい扱いをされるとキュンと来るものなんです! 『いやよいやよも好きのうち』って、知ってますか? 日本ではそう言う言葉があるんですけどね。あ、まあ程度にもよりますけど、カザムさんと小梅さんがそれだけ好き合ってるなら、あ、あくまで私の見解ですが、けっこう押していいと思いますよ!」

 とうとうと説く私に圧倒されたのか、カザムさんはちょっとフリーズ状態だった。そしてはっと我に返る。

「あ…はい。ちょっと、考慮させていただきます。それよりも、ルイさんはそういったことを、マドカさんに日常茶飯事でしているんですか?」

「いやもうチャンスがあらばそれ以上。まあでも、普段はお互い仕事がありますから、そうでもないですけど、たまに昼休みとか呼び出されて何かと思えば『充電』とかやられますよ」

「は、あ…。それはさておき、マドカさんもルイさんも日本人、コーメと同じ血が通っているって、なんだかうらやましいですよ。俺はコーメの名前もちゃんと言えてないですから」

 カザムさんは控えめに微笑んだ。

 あ……昨日の夕食のときの小梅さんの言葉を気にしてるのかな……

「えっと、そういうのって、血のつながりとか同郷だとか……そりゃ共通点があると何も無いよりはお互いを理解しやすいように思いますけど、そんなことないですよ! どれだけ相手を思っているか、どれだけ相手のことを知りたいか、自分を理解してもらいたいか、コミュニケーションを取ろうというお互いの努力が無かったら、物理的なモノでの繋がりなんてまったく意味が無いです。ね、だからカザムさんもそんなこと気にしないで遠慮なく小梅さんに迫ってください!」

 カザムさんの瞳の影がやっと晴れたのを見て、私は腰を上げた。

「カザムさん、そろそろショッピングクィーンの血が騒いで来たんですけど。街に案内していただけますか?」

「よろこんで、お供します」

 

 街でのお買い物は、私が自然療法に携わっていると言うと、彼はラズトさん御用達のハーブのお店に連れて行ってくれた。イリア・テリオでは手に入らないハーブティーをはじめ、種類も豊富で、他にもオーガニックの化粧品や石けんもあって私は大興奮。店員さんも公用語がばっちりで、たくさんあるハーブの効用など丁寧に説明してくれた。迷いに迷って何種類かのお茶と、石けんを購入。

 こっちの通貨用意して来てよかった~~。にこにこ現金払い。

 お店を出ると、カザムさんが荷物を持ってくれるって言ったけど、そんな滅相も無い! でも意外と男の人って頼られたいという気持ちもあるのかも。と、その後、帰るまでずっと上着だけ持ってもらった。郊外は風が涼しかったけれど、街は暑くて。

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