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第三話

 そんなわけで、レモニーナさんはいったん転移して帰って行った。

 私はまどかさんとずーっとおしゃべりしてたいくらいだったけど、まどかさんも離宮見物したいだろうし、私の方も仕事仕事! 後はカザムさんに任せよう。

 王子の護衛をしてくれている護衛士さんからの定期的な連絡を読み、公的な手紙を一つ二つしたため、それから厨房へ。研究に没頭しているルイさんに、お茶と軽食を持っていこう。

 本格的な食事よりも、きっと手軽に食べられるものの方がいいんじゃないかな…私の知ってる“星心術士”さんたちもみんな、没頭中はそうだから。


 ワゴンに準備をして、渡り廊下を博物館の方へ押して行く。

 …まどかさんとルイさんは、お付き合いしてるのよね? いつもどんな風に過ごしてるんだろう。忙しいみたいだけど、私とカザムさんと同じであんまり二人の時間はないのかな。

 美男美女のカップルだし、お互い浮気とか心配してたりして。

ああ~それにしてもまどかさんって、美人だしスタイル良くてうらやましい! カザムさんどう思ったかな、今まで日本人と言えば私しか知らなかったわけだけど、まどかさんみたいな女性もいるんだってバレちゃったよ。

 …嫌だ、何だかもやもやしてきちゃった。散れ散れ!


 そんなことをくよくよと考えながら博物館の手前まで来た時、中庭の方を白い光が横切った。

 あっ! カザプカが来てくれた!?

 私は急いでワゴンを脇に寄せ、渡り廊下の段差を飛び降りて中庭に走った。

カザプカが白い陽炎のような翼を羽ばたかせて、庭の石像の上に舞い降りたところだった。

 このカザプカという鳥は、神の遣いと言われている。召喚された私のためにこちらの世界での名前をくれたのも、この鳥だった。

 実は、私は日本に、十代で産んだ娘を残してきている。カザプカはその能力で、私の書いた手紙を時空を飛び越えて娘の所まで届けてくれるのだ。逆に、娘の手紙もこちらへ運んでくれる。

 そして今日もやはり、カザプカはくちばしからはらりと封筒を落としてくれた。

「ありがとう、カザプカ…あなたが日本との橋渡しをしてくれるから、いつも救われてます」

 持ち歩いている娘あての手紙を、カザプカに差し出すと、カザプカはまたそれをくわえてふわりと舞い上がり、一気に上昇して虚空へと消えて行った。


 見送った私は、後ろに何か気配を感じた。

 くるり、と振り向くと、ルイさんと目が合った。そこは、ルイさんが作業している部屋の窓の、真ん前だったのだ。

 開いた窓から、ルイさんが眼鏡越しの目を見開いてこちらを見ている。

「…小梅。今、日本との橋渡し…って? どういうこと?」

 あわわ。いや、ルイさんまどかさんには知られても構わないんだけど、離宮の他の人間に聞かれるとまずい…。

「あ、えっと、今そちらに回ります!」

 私は急いでワゴンの所に戻り、ルイさんのいる部屋に向かった。


「それじゃあ、小梅は一応、日本と連絡が取れている状態なんだな?」

 私がうなずくと、ルイさんは何か考え込みながら、たぶん無意識にスモークチキンのサンドイッチに手を伸ばして食べ始めた。私は黙ってお茶を淹れる。

 ルイさんはふと食べるのをやめて、

「じゃあまどかも…いや、あっちが覚えてない…それに“星心印”の問題が…」

 つぶやきが止まったと思ったら、また食べ始める。

 そしてまた、夢から覚めたように、

「ああ、失礼。一瞬意識が飛んでた。あれ? この皿、いつの間に空に」

 私はつい笑みをこぼしてしまった。『一瞬』って、ゆうに十分以上経ってますよ。まどかさんのことを考えていたの?

「ルイさんとまどかさんは、本当に…お似合いですね。お忙しそうですけど、いつも二人の時間はどんな風に過ごしてるんですか?」

「そりゃあ二人ですることと言ったら…」

 そこでルイさんはいったん止まり、視線を宙に一瞬泳がせて

「…映画を観に行ったり?」

 そっか、やっぱり共通の趣味があるといいよね。あれ? でも微妙に疑問形じゃなかった? まあ、たぶん数あるうちの一つってことなのかな。

 私も、カザムさんと一緒にアンピィに乗るのは好きだけど、自分で手綱を取れるようにもっと練習しよう。

 …って、私、思いっきりお仕事の邪魔してない?

「ごめんなさい、長居しちゃって! ごゆっくりどうぞ」

 私はあわててルイさんの部屋を出た。



 朝と昼は小梅さんもカザムさんも仕事の関係で私たちと一緒に食事をすることはないのだけど、夕食は二人そろって同席してくれた。

「きゃーーっ! ヤキトリだーっ! タレと塩とネギマとつくねもーーっ!」

 テーブルの真ん中に置かれた大皿に豪快なヤキトリの山に私が感激して声をあげると、小梅さんは可笑しそうに微笑んだ。

「ふふ、料理長、頑張ったみたいですね。タレと言っても、こちら仕様です。日本の調味料はほとんどなくて……だから、まあ、お肉と野菜の串焼き、なんですけどね」

「あ、確かにこうひとつひとつが微妙に大きいような」

 私もつい吹き出してしまう。

「そうだ、ラズトさんに頼んでおきましょうか。小梅さんへのお土産は味噌と醤油1ダース、って」

「あ! それがいいです! ラズトさん重いだろうな~、でも頑張ってもらおう」

 小梅さんはうふふ、と含み笑いをしている。

「あ、あと私が漬けた自家製梅干しもあります。まだ若いですけど、よかったらどうぞ」

「ええっ! 梅干し自家製ってすごい!! ちょ……すごすぎてクラクラします」


 小梅さんもカザムさんも普段着に着替えてリラックスした様子。カザムさんは割と無口だけど、飲み物を注いでくれたり、まめに小梅さんのお手伝いをしている。パステルカラーのカットソーとベージュのパンツを合わせた小梅さんを見ると、やっぱり自分と同じ日本人だなってつくづく思う。

「あ! そうだ。自家製と言えば、私、自家製のきゅうりのXちゃん持って来たんです。普通にキュウリから作るんですけど、かなり本物に近いんですよ。私、米と漬け物が無いと生きて行けないんで……」

「何? おまえそんなの持って来てたのか? 出発間際にごそごそしているかと思えば……」

 隣に座ったルイが何気に引き気味。

「えー、ルイだって普段喜んでぼりぼり食べてるじゃない。お互い日本人なんだから遠慮無しでいきましょうよ」

「え? お互い、って……ルイさんも?」

 カザムさんは私たちにサラダを取り分けている手を止めた。

「まあ、半分、だけど。母がやっぱりこっちの世界に迷い込んだので。あ、でもオレは一度も日本に行ったことは無いですよ。母を通して話を聞いたのと、映像で見たくらいかな」

「それでも、お二人に共通の部分があるって、なんだか絆が深くなるようでいいですよね」

 小梅さんが、カザムさんの差し出すサラダの皿にいくつか串焼きをチョイスして盛りつけてくれる。

 うわー、なんかこの二人の共同作業って新婚さんみたいに初々しーい。それでもなんとなく息が合ってるところが……ちゃんと聞いてないけどやっぱりこの二人って付き合ってるのよね? 明日にでも聞いてみようっと。

「そう言えばカザム君の反応……」

 ルイが言いかけると、

「カザムでいいですよ」

 彼は親しげに口角を上げた。

「カザムとラズト殿の反応がとても良く似ていて。オレが日本人の血が混じっているって話したとき。そうか。それはやっぱり小梅のことがあったからなんだろうな。ラズト殿は小梅のことは何も言ってなかったけど、今なんかつじつまが合ったと言うか……」

 私たちの前に食事が盛りつけられたお皿が置かれたので、食事が始まった。お肉はふかふかしているし、サラダはシャキシャキだし。梅干しも程よい塩加減。はあ、幸せ。

「そういえばどうしてルイさんはラズト先生と?」

「研究発表会でね、テーマは違ったんだけど彼はなかなか面白い視点で研究をしていて。それでオレが話しかけてから意気投合っていう感じかな。今回は行き違いになって残念だったけど。そうだ、今度は君たち三人でイリア・テリオに遊びに来るといい。船を迎えに来させよう」

「あ! それ、いい!! 小梅さん、カザムさん、是非」

「え……そんなこと、可能なんですか?」

 小梅さんは伺うようにカザムさんを見上げた。カザムさんは柔らかく頷き、

「ソラミーレ様にお休みをいただければもちろん可能ですよ。コーメはあまりまとまった休みを取っていないので、この機会に申請してみては?」

「うわーー、考えても見なかった。でも、行けたら嬉しいな」

 小梅さんは心ここにあらず、といった感じで漬け物を一つ口に運び、「おお!? ほんとにあの味!」と感心の声を上げた。

 話がウィオ・リゾナのことになり、カザムさんが歴史や街の様子など砕いて話してくれた。

 食事をしながら、私はふとルイの様子が少し変なことに気がついた。なんだかぼーっとしているようにも見えなくはない。カザムさんの話に入り込んでいるのかと思ったけど、そうでもないらしい。ときおり、小梅さんを見て、小梅さんが気まずそうに視線を上げると、ふっとそらす。

 な、なんだろ、この雰囲気?

 一瞬腑に落ちないものを感じながらも楽しく食事と会話は進み、食後のデザートを堪能してから私たちは先に部屋に失礼した。


 ルイは部屋に入るとすぐに資料が積まれたデスクの前に陣取ってしまった。私は窓を開け、さわやかな夏の夜の空気を部屋に入れた。白いさらさらのカーテンが風に泳いだ。少し身を乗り出して夜空をあおぐ。

「見てみてー、ルイ、星が落ちてきそうよ」

 私は振り返り、ルイを呼んだ。

「んー、ちょっと待って」

 そう言ったきり全く動く気配のない彼。こういうときのルイって何を言ってもダメなのよね。もういい。先にお風呂入っちゃおう。

 クリーム色の大理石で出来ている広いお風呂。湯船の四隅にはプルメリアのような花が木の小鉢に控えめに盛って置かれている。甘い香りはそこから立ち上っている。小鉢の横のローソクに灯をともして、お姫様気分満喫中!!

 ルイも来ればいーのになー、なんて思いながらお湯をぶくぶくさせてみたりとついつい長湯。

 用意された、すとんとした可愛らしいノースリーブワンピのナイトウェアを着て部屋へもどっても、ルイはさっきから1mmも動いた様子はなく、さっきと同じように資料の文字を追っている。

「るーいー」

 私は後ろから甘えモードで彼の首に腕を回した。椅子の背、邪魔です。

「あれ? なんだ。もう風呂出たのか、早かったな」

 いえ、かなり経ちますってば。

「ルイ、まだ寝ないの?」

 私は彼の横顔にお風呂上がりの火照った頬をすり寄せ、唇を尖らす。

「あ、うん。この資料は持ち出し禁止だから必要なところは写せるところは写しておこうと思って」

「コピーさせてもらえばいいのにー」

「あのね、持ち出し禁止って、複写禁止ってことなの。悪いな、まどか。先に寝てていいぞ。おまえも今日は疲れただろう」

 そう言うと彼はちょっと首をひねって私の頬に軽くキスをした。私は諦めて彼から腕を解いた。

 つまんない。でも仕事だもんね。

「おやすみなさい。あんまり無理しないでね」

「うん、おやすみ。オレもすぐに行くよ」

 うそつき。

 私は寝室のドアを後ろ手に閉め、呟いた。


 翌朝、小鳥の目覚ましで目が覚めた。

 文字通り、本物の小鳥だ。窓を少し開けたまま眠ったら、隙間からするりと入り込んだらしい。その小さな執事はベッドの蔦模様をかたどる縁に掴まり、チチチ、と歌った。

 隣ではルイが端正な横顔を見せてすうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。ずいぶん良く眠っている。

 私はふとブランケットを持ち上げて自分の体をチェックした。

 はい! 着衣の乱れ無し! 肌に変な印付いて無し!

 ほっとするやらがっかりするやら複雑なきもちのウィオ・リゾナでの朝。

 だ、だからルイは仕事で来ているんだし!!

 そうやって自分を納得させようとしている自分に納得いかないものを感じながら、私はそっとベッドから抜け出た。

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