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第二話

 私とルイは“星心殿シーニウム”と呼ばれる敷地の一角に船を停め、少し小高くなっている丘の、そこから向こうに広がる街を見渡した。澄み切った青い空が、近い。

「私たちの文化は、動物たちとともに歩んで来たとも言えるのです。だから、街の中にも自然がとても多いのが特徴なんですよ」

 迎えに来てくれた白衣をぴしっと着た年配の男性が目を細めて言った。

 星心殿のある場所から緩やかに丘は下り坂になり、降りきったところに大きな運河が横切っていた。街は全体的に白い建物が目立ち、大きな道に沿って必ず緑の街路樹が連なっていた。

「なんだか自然公園の中にいるみたい」

 私は隣に立つルイのシャツの袖を軽く引きながら言った。

「あ、ああ。ずいぶん動物たちが慣れているもんだな」

 ”あんたたち、だれ?” とでも言いたげに一頭の大カモシカがルイの脇腹をその湿った鼻で突いていた。

「それはアンピィという動物です。私どもの間では車よりも日用的な移動手段なのです。さあ、レモニーナ殿がお待ちかねです。ご案内しましょう」

 彼は私たちを神殿の中に招き入れた。

 長く続く白いピカピカの廊下を、私は落ち着き無く回りをきょろきょろ見ながら進んだ。

 全体的な雰囲気こそ、地球のどこかの大学のようだけど、一部はもともとは草むした遺跡だったそうだ。大陸側の戦争のせいで散らばってしまった知識を先人が拾い集め、この島のこの場所を拠点にして“星心術”として体系化していったのが、この国の成り立ちに関わっているらしい。


 そして、目の前で見た“星心術”は、まさに魔法だった。

「本当、驚いたのよ、あの時の男の子がバーシスの長官さまになった時は」

 金色の短髪がボーイッシュなレモニーナ・ルイスタ教授が、シャツの袖をまくりながら楽しそうに亜麻色の瞳をくるくるさせた。

「もったいないことしたわ~、あの時は、私がウィオ・リゾナの伝統的な武器を使えるんで、そちらの学生さんたちにレクチャーしに行ったのよね。で、格闘技の時間にいきなり、交際を前提に試合を申し込まれて…」

 レモニーナさんはクスクス笑いながら、左腕に刺青のようにぐるぐると刻まれた不思議な文字列を指でタッチした。すると、『神から賜りし印』である“星心印”が光る列をなして現れ、彼女の腕の周りでゆっくりと円を描いた。

「だって彼ったら組み合った瞬間、十以上も年上の私に『レモンちゃんって呼ばせて欲しい』とか言うから、ついプチッと切れちゃって。うーん、私も若かったわぁ」


 私の隣で、ルイはお腹を抱えて笑っている。

「ひー、れ、レモンちゃん! オレ、この話を聞けただけで、ここに来た甲斐があった!」

 私はちょっぴり、長官が気の毒になった。この話をネタに当分遊ばれるだろうなぁ。


 私とルイ、そしてレモニーナさんがいるのは、研究都市の一角にある『転移ホール』と呼ばれる場所だった。ここから、郊外にある王家の離宮へと移動するんだそうだ。

「あっちにも見せたい資料があるし…それに、会わせたい人もいるのよね」

 というのがレモニーナさんの弁。

 王子さまが暮らしているというお城には興味があったけど、今は王子さまは留守だというし…誰と会わせて下さるのかな。

 何だかレモニーナさん、私を初めて見た時にビックリしている様子で、それから私が日本人だと聞いて目を輝かせてたけど…。


 レモニーナさんの指が、竪琴を弾くように空中の印を弾いて行く。次々と光を放つ印、そして足元の床にも魔方陣のように刻まれた印が、それに呼応するように光り出す。

“星心印”…恐ろしく複雑な象形文字のようなそれは、まるで漢字の意味を部首やつくりから類推できるように、誰にも等しく読むことを可能にする。そして、印の持つイメージを深いところまで読み取れる人だけが、その力を引き出すことができる。

 床に刻まれた方の術円には、どこかへと移動するための術が組み込まれていて、レモニーナさんの腕に刻まれた方の術円には、その移動先が示されているらしかった。

「ルイ、マドカ、行くわよ~。シズ・カグナ離宮へ!」

 強い光が満ちた。


 目を開くと、そこは塔の上の方にある円形の部屋だった。縦長の窓がいくつもあって明るい光が差し込み、天井も柱も床もアイボリーの石でできていてツヤツヤと光っている。床には、先ほどの部屋と同じような術円。

 部屋の端の方には階段の降り口があって、そこに一組の男女が立っていた。

「コーメ、カザム、連れて来たわよ」

 レモニーナさんの声に、二人が頭を下げる。

「シズ・カグナ離宮にようこそおいで下さいました」

 前に立つ女性が、にっこりと顔を上げた。紺色のジャンパースカートに白いエプロン、それに頭にレースの頭巾のようなものをかぶっている。うわ~、『お帰りなさいませ、ご主人さま』ってセリフが似合いそう。

「私、オージ殿下の乳母で…って、え?」

「あれ?」

 私も思わず、声を上げていた。

 黒目、黒髪の彼女。その顔立ちはまさに…。

「にほんじん!?」

 同時に声を上げたものの、お互いに次に続くものがなく私たちは顔を見合わせるだけだった。

 そんな私たちを見てレモニーナさんがくすっと小さく笑った。

「あらあら、あなたたちがそこまで驚くとは思わなかったわ。まあ、マドカを見たときには実際私もまさかとは思ったけど」

「確かに驚いたな……」

 まるで私の代弁をするようにルイが言った。

「まさかコーメ以外にも日本人が……」

 コーメ…小梅さん? の隣に立つ男性も唸った。

「はいはい、同郷の方は同郷の方同士でつもる話もあるでしょうから、私はルイを資料室に案内してくるわ。カザム、あなたも仕事がないなら一緒に来る? あ、ルイ、紹介がまだだったわね。この青年は王国の護衛士カザム・セージス。優男に見えても腕はかなりのものよ。そして、まだ目を丸くしているのがコーメ。第二王子の乳母さまで、この離宮の管理もしている人」

 突然名前を呼ばれてハッとした様子の小梅さんは、挨拶のために彼女に近づき、差し出したルイの手をはにかみながら取った。

 あ、可愛い。

「す、すみません。つい取り乱してしまいました……オージ殿下の乳母をしております、日野小梅です」

「イルマ・ルイです。短い間ですがお世話になります」

 ルイは簡単に挨拶をすませると、すぐにレモニーナさんの方へ向き直った。

「レモニーナ殿、貴重なお時間を申し訳ないですが、早速資料室へご案内をお願い出来ますか」

 彼女は軽く頷いた。

「俺もいきます。……あ、」

 レモニーナさんのもとへ足を向けたカザムさんが私の前で立ち止まり、私の手を取った。目元がふっと柔らかくなる。

 うっ、な、なんか彼、非常に眩しいんですけど!

「ウィオ・リゾナ王国護衛士、カザム・セージスです。普段はオージ殿下とコーメの護衛を主にしています。困ったことがあったら何でもおっしゃってください」

 そっと手を下ろす。

「あ、そうそう」

 歩き出しかけたレモニーナさんが、ふと足を止めて私たちを見た。

「マドカが日本人だって知って、どうしてもコーメに会わせたくて連れてきちゃったけど、実はコーメが日本人だってことはこちらでは秘密なの。シャム長官と私の顔を立てて、ルイたちも内緒にしといてちょうだいね」

 口の横に手を当ててひそひそっと話したと思ったら、ぱちん! とウィンク。なるほど、長官はこれにバキュンとやられたのね。

「レモニーナさん……ありがとうございます!」

 ぱっ、と笑顔になった小梅さんは、少し瞳を潤ませていた。

「じゃあ、あとでな、まどか」

 ルイは短く言う。

 そしてレモニーナさんは殿方を率いて部屋を後にした。


「改めて初めまして。日野小梅です」

 彼女はふわりと笑った。ほんとうに白い梅の花のような可憐な笑みだった。


 私たちは日の降り注ぐ窓際の小振りなソファに並んで座っていた。窓の外には美しい庭が広がっている。


「あ、金目まどかです。……いや、でも本当に日本から来られたんですよね」

「ええ、まあ、”来た”というか、召還、っていうんですか。それでここに来て3年になります」

「あ、私も召還です。でも小梅さん、召還されて乳母さまになるっていうのも面白いですよね。珍しいと言うか」

「あはは、そうですよね。最初は、自分が乳母やってるなんて思ってなかったんですよ。だって、目が覚めて隣に赤ちゃんが寝ていたら、もう必死でお世話するしかないですしね!」

 そのときのことを振り返るように、小梅さんは当時のことから今日までの話をしてくれた。やっぱり始めは馴染みの無い世界で苦労されていたみたいで、つい自分と重ね合わせて話に引き込まれてしまう。

 私も簡単にイリア・テリオでの自分の身の上話をし終えると、話は自然と日本のことになった。

「あ、すみません、小梅さん、お年っていくつなんですか?」

 彼女は小首を傾げた。そういえば、いくつだっけ、と言った感じ。

「今年で33ですね」

「わ! 見えない。同じくらいかもう少し下にも見える! って、失礼ですよね。私もたまに若く見られますけど、20代前半に見られたときにはなんか逆に『舐めてるのかー』っておもっちゃったり。あ、私は31なんです。でも異世界経験値は私の方が上みたいですね」

 私はエッヘンと胸を張ってみせる。小梅さんはまたからりと笑った。この人の笑顔はこちらが和んじゃう、そんな優しさがある。

「和食が恋しくなったりしませんか?」

「ふふ、実は、イリア・テリオには醤油と味噌があるんですよ」

「うわ! う、うらやましいです~! こちらはお米はあるけど、お味噌汁は食べられなくて」

「私はB級グルメも恋しいなぁ。ラーメンとか、おでんとか、タイヤキとか」

「懐かしいですねぇ…白いタイヤキとか、好きだったな~」

「白!? なんで白!? 今そんなのが!?」

 懐かしい日本の話に花が咲き、気がつくと昼の日差しはだいぶ柔らかくなっていた。

「そういえば、まどかさんは日本との交信手段ってどうされているんですか。やはりイリア・テリオにはそう言った技術が発達しているんでしょう?」

「いえ、実は全くないんです。それに召還された時点で私の存在は地球には無いことになっています。でも、一緒に召還され、帰って行った仲間たちの記憶には私が生きているんじゃないかな……。調べる術はないから何とも言えませんけど」

 

 そのとき、レモニーナさん一行がもどって来た。

「あ、お帰りなさい」

 小梅さんは立ち上がり、レモニーナさんに近づいた。

「コーメ、私は今からまたちょっともどらないといけないの。だからあなたにルイの仕事のアシストを頼んでもいいかしら。そしたらとても助かるんだけど。もちろん出来るかぎり私も顔を出します」

「えっ、私がアシストなんて出来るんでしょうか」

「軽く翻訳をするくらいよ。ルイはまだここの文字に慣れていないから」

「それなら、よろこんで」

「すみません。お願いします」

 あの常に上から目線のルイが、申し訳なさそうな顔をしているなんてなかなかレアな見物だ。まあ、貴重な資料を研究させていただくんだもの、当然よね。

「あ、でも今から少し仕事があるので、後からお部屋の方へ伺うということでよろしいですか?」

「そうしていただけると助かります」

 ルイが初対面の人にはほとんど見せることのない、くだけた笑みを見せた。

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