第一話
地球からずっとずっと、何光年も離れたエクスピダル惑星群のひとつ、イリア・テリオ。
その星のひとつにアカルディルという国がある。その首都、アカルディルに私、金目まどかは召還されて気がつけばここの生活も6年目を迎えていた。
イリア・テリオにはそれぞれの国に軍事機関があるけれど、そのひとつ、アカルディル国の私が籍を置く”バーシス”は、その中でも有数な組織として名を知られている。それでも結構平和安住が保たれているので、軍事組織としてはあまり機能してないのですが。それでも私はここでトレーニングや勤務に励む毎日。
「金目、今やっている仕事が片付いたら今日は上がっていいわよ」
私の正面の壁を背に、デスクを構えている管理部長がディスプレイから顔も上げずに言った。
「はい、もう少しで終わりますから」
私が答え終わると同時に音もなく管理部のドアがスライドし、よく見知った男が部屋に入ってきた。まあ、よく見知った、というのは……つまり、私の恋人でもある……
「おや、カネラ・イルマ。どうしたんですか?」
意外な訪問者に、ミケシュさんはディスプレイから顔を上げた。今足を踏み入れたばかりの彼はぐるりと部屋を見回し、私の姿を見ると、おや、と目を細めた。
「オレはシャムに呼ばれてるんだが、聞いてないのか? まあ、その前に来月の授業の変更に来たんだが……って、なんで看護チームのまどか管理部で仕事してるんだ?! ここの他の連中はどうした?」
……バーシスでカネラという大佐の称号をもつ研究者、兼教官職の私の恋人、イルマ・ルイは苛立たしげに濃い栗色の前髪をふわりとかき上げた。ミケシュはメガネのブリッジを指先で押し上げる。
「他のクルー三人は、昨日の打ち上げで食中毒です。なぜか私ひとりこのようにぴんぴんなのですが……私だけではもちろん業務は滞りますので、長官に相談しますと、『なら金目を使っていい』と許可が下りたので」
「シャムのヤツ、我がまま言い放題だな」
「最高司令長官ですからね。それでも機能していますから」
愛想も何もなく彼女は答える。
「不思議なことにな。おい、まどか。もうそんな仕事切り上げていいぞ。おまえついでにオレと一緒に来い。シャムに文句のひとつでも言っておかんとな。ああいう男はつけあがるばかりだ」
私は仕事をしつつ、彼らのやりとりを小耳に挟んでいたところ、急に自分に振られたことでびくっと変に反応してしまった。だって、文句って……最高司令長官に、よ?
「え……と、文句ならイルマ教官が一人で言いに行ってくださいよ。それにもう仕事は終わりましたし……私は大人しく帰ります」
そう言い、席を立つと壁に沿ってなるべくルイと距離を置くようにしながら、ドアの方へ移動し始めた。どうみても不自然だが、長官とルイのごたごた(ほとんど私情)に巻き込まれるのは勘弁!
そんな私をルイは横目で追っていたが、なにやら急にその眼力が増した気がした。
「まどか? どうせ帰る家は一緒だろ? それとも何? おまえは喜んでシャムの言いなりになりたいとか思っているわけ?」
私は壁に張り付いたまま首を振った。なんでこうなるのーー? 上司の命令に従ったまでなのにーー。と、心の中で叫んでも、今や蛇に睨まれたカエル状態だ。
「いえ……いえいえいえ」
「じゃあ、おいで。一緒に行こう。ミケシュ、お疲れさま」
ルイは私ににっこり微笑むと、しぶしぶ彼に近づいた私の手を取り、管理室を後にした。
夏の陽光が遮光ガラスにカットされているのにも関わらず、その光は遠慮もせずに最高司令長官室に溢れている。
「おまえね、なんで勝手にまどかを管理部で働かせてるんだよ」
「勝手に、って。だって私は長官だからね。バーシスの全ての権限と責任は私にあるのだけど。忘れたのかな? イルマ ルイ君」
長官が小首を傾げるとワンレングスの髪が肩でさらりと揺れた。彼はものすごく大きなデスクに組んだ両手を軽く置き、少し気だるそうに正面に立つ私たちを見上げた。
シャム・エルジオ・エステノレス長官は32の若年にしてバーシスのトップ……で、ルイの幼なじみでもある。そして、彼の趣味は2つ年上の幼なじみをからかうこと、……が今日までの私の見解。
「まあ、そんなことよりね、ルイ」
「なんだその不気味な声色は。またなんか企んでるな?」
前髪で隠れているけど、きっとルイの眉間にはしわが寄っている。
「いや、ただの任務だよ。ウィオ・リゾナに行ってもらおうと思って」
「買い物かなにかに行くような口調だな」
「研究だよ。”星心印”のね」
「あの……表意文字の、か?!」
ルイの目が興味深そうに輝いた。な、何? ”シン”って…… 私の頭の中ではてなマークが飛び始めたが、ここは私が口を挟むところじゃない。
「うん。ウィオ・リゾナって割と新しい王国だろ。それでまだ知られていない部分が多い。この”シン”のせいでね。おかげ、ともいうのかな。この言葉は神の言葉だ。つまりそれを使うウィオ・リゾナの民は神によって守られている。まあ、早い話がウィオ・リゾナと今後共同研究など接触が増えそうなんだが、この”星心印”がやっかいでね。翻訳機で読み取れないものがけっこうあるんだ。ルイの任務はそれらの調整と、あと実際におまえが言葉を勉強してくること。外枠だけでもいいからどんなものかね。現地で実際に見聞きした方がいいだろ。習慣の違いからも言葉は違ってくるだろうし」
「ふん、短期語学留学、ってところか」
「まあな。それに、だ。こっちには同時にウィオ・リゾナから星心術士ラズト・ジェガルトが来てくれて、うちの技術者にレクチャーしてくれることになっている」
「え? ジェガルト殿が?」
「知ってるのか?」
「ああ、何度か合同研究会で顔を合わせたことがある。医師としてもかなりの腕を持つ。頭が切れるし、彼と話をしていて全く飽きることがない」
へえ……偶然にもそんな繋がりがあるんだ……。
私は隣に立つ恋人の横顔を見上げた。
「ま、ご親切にもこの話を持ちかけてきたのはレモニーナ殿だからな。断るなんて選択肢は無い。ルイ、おまえはレモニーナ殿の指導のもと、いろいろ学ばせてもらえるんだ。光栄だろ?」
長官は片方の口の端を上げてにっと笑った。うっ、いつもながら妖麗だわ。そんな風に長官を見ている横で、ルイはすっと人差し指を長官に軽く突き出した。
「レモニーナ殿……の名前はもちろん研究者の権威として知られるが、あれだ。レモニーナ殿と言えば……」
一瞬、長官の顔が凍り付いたように見えた。って、まさか、ね。たとえこの星が割れたとしても口角ひとつ持ち上げないような肝っ玉の持ち主がね……
「そうだ、シャム。おまえが確か軍事学校2期、17歳のとき! 夏期格闘技ワークショップで当時指導員として来ていたブロンドの君に交際を前提に試合を申し込んだ無謀な学生がいて、結局全治2週間の傷を負わされたんだったよな。そのときのブロンド美人がレモニーナ殿で、そのバカ男が……おまえだ」
「くっ! おまえ、どこでオレの淡い青春の一ページを……おまえはオレと学年が違うからその話は耳に入らないはず……」
よっぽど悔しいのか、長官は苦虫を噛み潰したような顔をしている。……初めて見た。こんな長官。
「いや、獅子王がな。ちょっとしたネタとしてな。そうか~~。レモニーナ殿か。うん。確かに光栄だ。おまえがお世話になった方なら特にな。で、どのくらい滞在すればいいの?」
「……10日間」
ふん、とルイは顎に手を持って行く。
「じゃ、まどか同伴な。それで、プラス一週間休暇。オレ、10日間もおまえの近くにまどか置いとけないし。たしかおまえの奥方と子どもは実家に帰省中だったよな? ならなおさらだ」
「お、おまえ、これは仕事だぞ! 上司の命令! 辞令! ガキじゃねーんだから、一人で行け!」
あらあら、長官かなり乱れているわ……珍しい。っていうか、え? 私?! 同伴?!
「シャム」
「なんだ?」
鼻息荒い長官を前に、ルイはにやりと口の端を上げる。
「レ モ ニー ナ ど の」
「!」
「はい、決まりね~。出発いつ?」
「3日後だ……」
「了解、エステノレス長官」
わざと慇懃な声でルイは答え、そしてトントン拍子に決まった話にまだ混乱気味の私の手を取ると、上機嫌で長官室を後にした。
さて一方、やっぱり地球からは、時空だか何だかよくわからない単位で離れた場所に、ぽつんと存在する惑星・ガデュエリオン。
大陸ではいくつもの国が、ぶつかり合ったりくっつき合ったりと戦国時代の様相を呈しているそうだけど、少し離れた島国であるここ、ウィオ・リゾナ王国では、実に牧歌的な時間が流れていた。
「はぁ…何だか変な気分」
牧場の間をつらぬく農道を、大型のアンピィ(カモシカ)の背に揺られて進みつつ、私は軽くため息をついた。
私の後ろで手綱を取ってくれている、護衛士のカザムさんが、ふっと笑ったのが気配でわかる。
「王子が心配ですか?」
「ううん、王子はサマーキャンプすごく楽しみにしてたし、女性護衛士さんが何人もついてくれてるから心配はしてないんですけど。私の方が寂しくなっちゃって」
私、日野 小梅は三年前、この新興国に日本から召喚されて、ひょんなことからウィオ・リゾナの王子さまの乳母をやることになった。
普段は郊外にある離宮に住み込みで、王子のお世話をしたり離宮全体の管理をしたりしながら暮らしているんだけど、今年パブリック・スクールに通い始めた王子が、この夏はサマーキャンプでしばらく留守にすることになった。
キャンプの後も離宮にはすぐには戻らず、王宮の方で何やらお父上とお母上(つまり国王陛下と、その第二夫人)と公務があるそうで、かなり長いこと王子は帰ってこない。
今は、クラスメイトたちと嬉々として旅立つ王子を、キャンプの集合場所まで送ってきた帰り。この機会に、私も少しは子離れ(?)しないとね!
カザムさんが、私の耳元に顔を寄せて言った。
「俺が、コーメが寂しくないようにしますから」
ささやかれて、私は耳が熱くなるのを感じる。鞍の前の部分につかまった手に、余計な力が入ってしまう。
カザムさんと、恋人同士と呼べる関係になってから、まだ日が浅くて慣れない私。日本に心を残したまま、こちらで生きていくしかない私を、カザムさんはすごく大事にして優しく接してくれる。まるで、お姫さまにかしずく騎士のように。
こういう時にさらっと何か、カザムさんが喜ぶようなセリフを返せたらいいのにな。
「あっ、そうだ、お客様がいらっしゃるんでした!」
別の話を始めてしまうのは、照れ隠しです。
カザムさんも体勢を戻して、
「ああ、聞いています。ガデュエリオンと交流のある星、イリア・テリオの方でしたね」
そう! 他の星との交流があったなんて、恥ずかしながら今まで知らなかったの。
ウィオ・リゾナ王国には、日本のようにデジタルなものは普及してしない。電気で動く自動車や家電はあるけれど、全ての家庭に普及してるわけではないし、電車や飛行機のような移動手段もない。なので、てっきり宇宙になんて進出してないと思ってた。
というのも、ウィオ・リゾナには動物との関係を大事にする文化があるから。
移動手段には、今私とカザムさんがそうしているようにアンピィに乗る方が一般的。車よりもアンピィと触れあう方が楽しいじゃない、って感覚なんだよね。
手紙も、主にポステという鳥が運んでくれる。郵便というシステムが存在しないわけじゃないけど、天候条件等でポステが運べない場合に使用されるくらいかな。
特に、結婚式の招待状とか何かのお礼状とか、儀礼上重要な手紙はポステが運ぶのが正式になる。
オレンジ色のツバメみたいな鳥で、飛ぶのがすごく速い上に、“星心印”と呼ばれる特殊な文字で送り先の相手の名前を書くと、その相手のいる場所へ届けてくれるという能力があった。
こんな風に、動物との暮らしが当たり前のウィオ・リゾナ王国は、意識的に人間の文化の発展をゆっくりにして、動物たちに合わせているみたい――ここに来た私はそう感じた。
そんなちょっとレトロな文化で、なぜイリア・テリオと行き来ができるのかというと。
この星には“星心術”という魔法のような術が存在していて、特にこのウィオ・リゾナではその術が発達しているからなのです。
「レモニーナ先生がラズト先生をイリア・テリオに派遣して…代わりに、あちらから研究者の方がこちらに来られるんでしたよね」
カザムさんの言葉に、私はうなずく。
「もう“星心殿”の方に到着されて活動されてるそうなんだけど、レモニーナさんがその研究者の方を離宮にお連れしたいって…どうしてかしら」
レモニーナ・ルイスタ教授は、こちらの世界における私の保護者的存在で、“星心印”研究の第一人者。そして、その弟子のラズト・ジェガルトさんは普段、離宮で王子の家庭教師、兼宮廷医を勤めている。
それに護衛士のカザム・セージスさんに、王子の両親と姉上、叔父のファシード・アスカスさん…私が異世界の人間だと知っているのは、主にこの七人だけ。あ、あと王子自身ね。異世界の人間が王族の乳母をやるのはちょっと問題ありなので、このことは内緒なんだ。
カザムさんはちょっと考えて答えた。
「離宮には王家の博物館がありますから…こちらにしか保管されていない資料などもあるんでしょう。それに、ラズト先生が持ち込んだ資料もあるし」
「そっか…そうですね」
それなら、博物館に移動しやすい場所にお部屋をご用意しようかな。レモニーナさんのお客さまだし、粗相のないようにしなくっちゃ。今は特に、離宮内はちょっと人手が少ない時期だし。
「俺もしばらく泊まり込みますから、何かあったらいつでも言って下さいね」
カザムさんの鍛えられた身体から、優しい声が響いて伝わってくる。
…私とカザムさんって、職場が一緒の上に私が住み込みのせいか、あんまり二人きりになることがないんだよね。
カザムさんは、出会ってから今まで、私にたくさんのものをくれた。でも、私がカザムさんにしてあげられたことなんて、ほとんどないような気がする。
それが何だか申し訳なく感じられる、今日この頃だった。