トリトニアの伝説 外伝11 幸せのボレロ
この作品は「トリトニアの伝説」の外伝です。
とても短いショートストーリーです。
これまでのあらすじ
一平とパールは晴れて夫婦となり、二人の間には黒髪の男児が生まれた。
病弱であることで両親をやきもきさせていたパールは、母に倣い、己の手による子育てに勤しんでいた。
今も夫婦の部屋の続き部屋で休むアスランに母乳を与えてきたところだ。
この時間にたっぷりとお乳を飲めば、大抵の場合アスランは朝までぐっすり眠る。
そのあとは夫婦の時間だ。
夫婦の部屋に戻ってきたパールを認めると一平は優しく声を掛けた。
うんと詳しくは本編一部〜八部をお読みください。
「寝たのか?」
アスランに授乳をし、寝かしつけていたパールが入室してきた。
「うん…」
応えるパールの表情が柔らかい。
先に寝台に入って横になっていた一平の横に、ごく自然に潜り込んでくる。
「…もう来ないかと思ったぞ」
冗談だが、そう言って一平はパールを揶揄した。授乳中に寝落ちしてしまうのは、パールに限らず子育て中の女性にはよくあることだ。
「寝てないってば。…待った?」
小首を傾げ、上目遣いで見上げる仕種が愛らしい。
パールがやってくるのを待つ間、一平は考え事をしていた。昼間の会議で決まった人事異動の人選をあれこれシミュレーションしていたのだ。暇つぶしに読むような本もテレビもここ海の中には存在しない。記録とてそれぞれの頭の中にしか留め置けない。
一平は言った。
「考えることは山ほどあるさ」
それはそうだ、とパールは思う。
一平が守人に就任したのは僅か七ヶ月ほど前。それ以前にも、役職に就いてからも、一平が覚えなければならないことはパールのそれとは比較にならないほど多かったのだ。
ただでさえ守人になるのは大変なのに、一平はトリトニアで育ってさえいない。しかも生まれたのは地上。海で生活するようになってたったの五年である。どれほどの鍛錬をし、知識を吸収し、気力を必要としたのか想像するのは難しい。
それは全てパールのため。パールと添い遂げたいがためだけに彼は精進しているのだ。今もなお。
他人より小さくて、未熟で、いつまで経っても大人になりきれない―とパールは思っていた―こんな自分のために。
パールはオレが守る。
一平はそう言う。それがただひとつの究極の生き甲斐だ、とでも言いたげに。
パールは天にも昇る気持ちだ。
一目会った時から焦がれに焦がれて、やっと手にした一平の連れ合いというポジションを得て、一平の血を分けた子どもを産み、母となることができた。今のパールは幸せの絶頂にいた。
素直すぎるパールはその心を包み隠さない。
幸せは享受しなければ意味がない。そう思っている。
考え事をしていた、ということは、頭の中では仕事をしていた、ということだが、一平がパールのことを待ち侘びていたこともわかっていた。
一平に抱きついてパールは言う。
「今日も…してくれるんでしょう?」
何を、とは一平も訊かない。言わずもがなだ。
黙って唇を寄せる。
触れれば火が点く。昔のような啄むようなキスではもう我慢できない。
「おまえには敵わないな」
ぼそっと呟く。
「え?何が?」
パールには意味がわからない。
「…そういう…ところがだ…」
一平はパールを見下ろし、優しげに目を細める。今一度、口付ける。
パールはそれを合図と受け取った。夜着を下ろし始めた。
その手を一平が掴んで止める。
「?」
「…オレがやる…」
そんなことを言われたのは初めてでパールは面食らう。が、逆らう必要もない。
「うん」
子どもっぽい応え方だが、表情も挙措も恥じらっていた。
―実に、いじらしい姫さまだ―
以前、副官にそう評されたことがあった。正しく、人の妻となって尚、パールはいじらしかった。
その風情が一平を幸せの境地に誘う。
初めて会った頃そのままの、信頼溢れる眼差し。何を言わなくても迸り出る、一平を求める想い。
一平もそれを受け止めて、またパールに返す。その応酬だった。
愛しい…。愛しい‥。
その想いだけが、二人の間で一晩中こだましていた。
(トリトニアの伝説 外伝11 幸せのボレロ 完)
新婚の一平とパールの夜の一コマです。
甘えん坊のパールと体に似合わず純情な一平。
いいコンビですよね。
次回の投稿はパールが天に召されてからのお話をお届けします。
しばらく準備期間をいただきます。




