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09話 ずっと続いている


 美術室で別れたあと、旧校舎の前で、僕は朽木先輩を待っていた。

 手の中には、体温を奪う金属が握られている。


「放課後、旧校舎の前で待ってて」


 今思えば、あれは現実だったのだろうか。

 噛み合わない会話。

 まるで夢の中のようだった。


 そう感じた疑問を打ち消すように、遠くから先輩が来るのが見えた。

 細い影が、ゆっくりと近づいてくる。

 目の前で止まるのかと思ったが、僕を通り過ぎて、旧校舎のドアを開ける。


「着いてきて」


 頷くと、先輩は入っていった。

 途端、湿った空気が纏わりつく。人の気配は、感じられない。

 でも、不思議と怖くはなかった。


 前を歩く先輩は、振り向きもせずに無言で進んだ。

 

 軋む階段を上がり、二階に向かうと、廊下の突き当りが目的地だった。

 

 案内板もなにもない。

 引き戸には、薄汚れた小窓があるだけ。


 先輩は少し重そうに扉を開くと、古本屋特有の匂いが立ち込めた。

 鼻がむずむずする。


「ここ?」


 そう声を上げたのは、ここが何の教室か分からなかったからだ。

 廊下側には、窓が並び、他の壁には腰くらいの本棚があった。

 本は埋まっているが、数は多くない。


 図書室もどき?


 そこで気づいた。

 天井と壁の間に、絵が並んでいる。

 どの絵も、既視感があった。


 端から順に目で追っていく。

 絵の下には、題名と解説。


 水面に浮く一枚の紅葉。

 波紋が消えかかった暗い水面に、鮮やかな赤が一点だけ浮いている。


 ひび割れた大地に咲く一輪のタンポポ

 乾燥して亀裂の走った地面から、力強く、しかし小さく花を咲かせている様子。


 時間を忘れて順番に眺めていくと、所々不自然な空白があった。

 丸々一枚、抜けているようなスペース。

 僕は気にせず、イラストに目を向け続ける。


 最後の一枚が目の片隅に入る。

 ふと、先輩の鳥の絵がどこにも無いことに気づいた。


「あの……先輩の絵は?」

「うん」


 そっけない返事にどう返したらいいのか、僕は諦めて最後の一枚に目を向けた。


 題名は、草原に落ちている鳥の巣。

 解説には、役目を終えて地面に落ちた、小枝や泥で編まれた空っぽの小さな巣。


 息が止まる。


 光を放つ一羽の羽根。

 薄暗い部屋の中で、そこだけが自ら発光しているかのような真っ白な鳥の羽根。


 これだけが、どこかが噛み合っていない。

 視線が、羽根の先端で止まる。

 白いはずなのに。光っているはずなのに。


「せ、先輩……この絵って」


 朽木先輩の家にあった鳥が飛び立つ絵と構図はよく似ているが、そこじゃない。


 埋まっていない。


 他は全部、埋まっていて隙間はないのに、この絵だけは違った。


「うん。やっぱり、気づいたんだ」


 先輩はゆっくりと僕に近づき、絵を見上げた。


「これ、今の三年生が描いた絵。完成させなかった理由は知らないけど」


 けど、なに?

 続く言葉を息を殺して待つ。


「もう居ないの」


 なにが。一体なにが居ないのだ。

 わけがわからず、視線を絵に戻し、眺める。

 すると、僕の悪い癖がうずいた。


 光沢がある。

 絵の具じゃない。乾いてもいない。

 角度を変えると、薄く反射する。


「う、うそだろう?」


 信じられない気持ちで、別の絵を見渡す。

 どれも同じだった。


 それは、絵じゃなかった。

 切り落とされた爪を、無数に貼り合わせたものだった。


「ずっと続いているの」


 先輩はそう言って、届かない絵に腕を伸ばした。

 その指先は、細くて綺麗に整えられて……いなかった。

 左手の小指の爪だけが、他と違って歪に見えた。


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