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07話 空白


 一週間ぶりに、教室の扉を開けた。

 思っていたより、普通の匂いがした。チョークの粉と、誰かの制汗剤。

 何も変わっていない、はずの空気。


「相沢、おかえり」


 前の席の男子が、振り向きもせずに言った。

 軽い調子だった。

 欠席していたことは、もう過去の出来事らしい。


「文化祭、残念だったな」


 別の声が混じる。僕は曖昧に笑った。

 残念だったのかどうか、自分でも分からない。


 黒板の上には、まだ色紙が残っていた。


『文化祭大成功!』


 丸文字で、明るく書かれている。

 教室の後ろには、例の絵が立てかけられていた。

 片付けの途中なのだろう。まだ外されていないらしい。

 鳥は、水面から羽ばたく直前で止まっている。


「あれ?」


 足が、自然とそちらへ向いていた。

 距離が縮まると、光の反射が少しだけ変わる。

 写真で見た構図と、同じはずだった。


 翼は大きく開き、飛沫が弧を描く。


「ん?」


 羽の先端に、わずかな空白がある。

 ほんの数ミリ。削れたような、足りないような、そんな隙間。


 記憶違い。

 ……いや。

 送られてきたメールの写真では、あの部分は、確か。


「どうしたの?」


 背後から声がした。

 振り向く前に分かった。


 朽木先輩だった。


「……いや」


 僕はもう一度、絵を見る。

 彼女がどうして一年生の教室に、と考える前に違和感が先行する。


 やはり、少しだけ、違う。

 でも、どこがどう違うのか、うまく言えない。


 先輩は、絵を見上げながら言った。


「やっぱり分かるんだね、太郎くん」


 その言い方が、妙に引っかかった。

 僕は無意識に、自分の指先を握り込んだ。


「この絵は持っていくね」

「え、うん」


「それじゃ、また」


 両手に絵を抱え、朽木先輩は出ていった。

 そのタイミングで、授業が始まるチャイムが鳴った。


 僕は、羽の先端の空白を、まだ見ていた。


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