表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

03話 気づく人


 朽木琴音。


 繰り返される先輩の名前に、僕はどうしようもなく震えた。

 どうして、こうなった。


 答えられずにいると、視界の端にダイニングから続くリビングが目に入った。


 何もない。

 いや、正確には「家具がない」だけだ。

 壁に、一枚絵が飾られている。

 新聞の見開きくらいの大きさ。


 鳥が、水面から羽ばたく瞬間。

 翼が大きく開き、水飛沫が散る。


 絵だということを忘れそうになる。

 美術部の僕が言うのだから間違いない。

 コンテストに出せば、入賞、いや優勝するかもしれない傑作。


 僕は吸い寄せられるように一歩近づく。

 あまりにリアルで立体的で、耳を澄ませば音まで聞こえそうだ。


「上手く作れているでしょ?」


 朽木先輩が、僕の視線を追って言う。


「……え、はい」


 言いながら、喉が渇く。

 描いている、ではなく。

 作っている、と言った。


 視線を戻す。

 絵の表面が、妙に光っていることに気づいた。

 絵の具でも、ニスを塗ったのとも違う。


 気になって近づいた。


 鳥の羽の一本一本。

 水面の粒。

 どれも、形が揃っている。

 僕は、均等に安心を覚える。


 同じ大きさ。

 同じ曲線に、厚み。


 ふと小さな違和感を覚えた。


 何かが足りない?

 ん? いや、これは完成してない?


 なんとなくだから、上手く言えない。

 悩んだ挙げ句、無難なことを口にした。


「……これ、何で出来てるんですか」


 朽木先輩は楽しそうに首を傾げる。


「うん。色々だよ。集めて、選んで、並べてる」


 集めて。

 選んで。

 並べる。


 連想するワードは、やはり「作る」だった。


 絵を作る。

 あながち間違いじゃなけど。


 それって、いや、違う。

 そんなはずはない。

 材料なんて、なんだっていいじゃないか。

 貝殻とか、ガラス片とか。

 そういうアートもある。


「……すごいですね」


 無理に言葉を繋げる。

 違和感はそこじゃない。でも……。


 朽木先輩は満足そうに微笑んだ。


「うん。ほら、近くで見ても大丈夫だよ」


 一歩、近づく。

 二歩。


 床がやけに冷たい。

 絵の端が、視界に入る。


 接着剤のはみ出し。

 不揃いな隙間。

 その隙間に、白いものが見えた。


 細くて、湾曲していて。

 僕は、反射的に自分の親指を見た。


 爪の先――欠けている、気がする。

 そして気づいた。


「……これって、未完成ですよね?」


 口にした途端、ムズムズする感覚が全身を襲う。


 未記入欄。

 不揃いな数字。

 構図の非対称。


 僕の嫌いなものだ。

 揃っていないと落ち着かない。


 目を逸らすと、朽木先輩の顔色が変わっていた。

 怒りでも、驚きでもない。

 僕は、気まずい雰囲気を感じ、言葉を繋ぐ。


「え、いや。その、なんとなく……」


 僕は身振り手振りで誤魔化しつつ視線を戻すと、絵の中の鳥と目が合った気がした。

 言わなくてもいいことを、考えなしに口にする。

 説明もロクにできないくせに指摘して、人を不快にさせる。


「君、名前は?」


 先輩の目が薄く、刺すように僕をみる。


「あ、相沢太郎です」


 え、いまさら?


「相沢くん……相沢くん」


 先輩は少し遅れて二度繰り返し、僕から視線を外してこう言った。


「うん。あと一つで完成するわ」


 何が、と聞く前に、先輩は瞬きもせず鳥の絵を見つめ続けた。

 最後のピースが埋まらない絵を、僕は黙って隣で眺めた。


「どこが未完成か、わかる?」


 唐突な質問に、僕は驚いた。

 息をふっと吐く。

 僕は思ったままを口にする。


「ここの羽根の部分がまだで……って。え、待って! これって……?」


 腕を伸ばし、指先で未完の部分を触ろうした瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 ぱちん。


「うそだ……」


 声は震え、無理に笑おうとして鼻息が荒くなる。

 その部分だけ、ぽっかりと空いていた。ちょうど、親指の爪の大きさに。


「うん」


 先輩の声は、短かった。


「あなたは気づく人なんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ