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25話 六文字


 三度目の生活指導の先生だった。

 そして、言うことは一言一句変わらなかった。


 怖いと言うより、不思議と面白かった。

 試しに違うことを喋ってみたが、前回、前前回と全く同じ文言だった。


「だめよ、勝手に入っちゃ。古い校舎なんだから。怪我でもしたら大変でしょ?」


 僕は、「先生、お昼食べました?」と言ったのに。


「まったく、あの場面でなんてことを言うのよ」

「ちょっと、気になって」

「そうだけど」


 前を歩く朽木先輩。 

 声に、少し笑いが混じっていた。


 これで少しだけわかった。

 だが、まだ確信が持てない。

 他でもテストしてみないと。


「それで、なにか分かったの?」

「あ、はい。たぶん、わかりました」

「そう。じゃあ、教室は無理だから、私の家に行きましょう」

「えっ、先輩の家ですか?」


 先輩はすっと振り向くと、赤縁のメガネを人差し指で持ち上げた。


「なに? 嫌なの?」

「いえ。光栄です」


 先輩は平然としている。

 恥ずかしいのは僕だけか、と思うと少しだけ気分が落ち込んだ。


 先輩の家は学校から意外と近かった。


 一戸建て。

 小さな門があり、二、三歩歩いた先にドアがあった。

 途中、庭先が見えたが芝生があるだけで、植物はなにもなかった。


「お邪魔します」


 玄関でそう言って靴を脱ぐ。


「誰もいないから、気使わなくていいわよ」

「はい」


 他人の家の匂い。

 今の家には匂いがない。

 懐かしいのとは違う、心の柔らかい部分を掴まれた気分がする。


「私の部屋は、二階なの」

「はい」


 先輩の後に続く。

 二階に上がると、すぐの扉を開けた。

 奥に同じドア。

 きっとあそこがお姉ちゃんの部屋だろう。


「共働きだから、夕方まで帰ってこないわよ」

「はい」

「お茶でいい?」

「はい」


 先輩はドア口に立ち振り向いた、「はい、しか言わないのね」と言ってドアを閉めた。


 僕は、ふっと息を吐いた。

 緊張とは違うものを感じていた。

 女性の部屋というのもあるけど、もっと別のなにか。

 分かりそうで分からない。

 絡まったコードのように、イライラする。


「あーもう。なんだこれ」


 声に出して頭を掻いた。

 階段を登る足音が聞こえてきて、僕は慌てて紙を広げた。


 一覧と構図のメモだ。

 そこにある規則。


「あら、もう始めるのね」

「はい……うん」

「無理しなくていいわよ」


 お茶の入ったトレーを勉強机に置くと、壁に立てかけてあった小さなテーブルを出してきた。

 その上に、紙を広げる。


「先輩、紙とペンを貸してもらえますか」

「うん」


 机のペン立てからシャーペンを取り、ノートを渡してくれた。


「じゃ、僕の仮説をお話します」

「わかった」


 そうして、僕の検証というか、考えを披露した。


「まず、偶数の年を出します」


 ノートに、1989年から始まる偶数年を取り出した。

 全部で、18個。


「それから、図書室の空白に当てはめます」

「ちょっと待って。覚えてるの?」

「はい……うん。不規則が嫌いで、自然と覚えていて」


 苦笑いを浮かべた。

 僕の変な癖だ。


「わかった、ごめん。続けて」


 僕は再びペンを走らせた。

 偶数年の始まりは、1990年から2024年。

 それを空白だった図書室の絵と重ね合わせる。


 絵がない年は、全部で五つ。


「2002年から始まって、2006、2012、2016、2022年で五つです」

「そうなのね」


 先輩は僕が書いた数字をじっと見ていた。


「でも、これだけじゃ」

「はい。横に書くとこうなりますが、これを違う形で並べてみます」


 僕は、1990年代と書いた隣に、偶数の年を書き並べた。


 1990年代 1990、1992、1994、1996、1998

 2000年代 2000、2002、2004、2006、2008

 2010年代 2010、2012、2014、2016、2018

 2020年代 2020、2022、2024


「こうなります」

「うん」

「見やすくするため、空白のない年を消します」


 僕は消しゴムを借りてゴシゴシと消した。


 1990年代 

 2000年代      2002      2006

 2010年代      2012      2016

 2020年代      2022



「これですっきりしました」


 気づけば、声が少し大きくなっていた。


「う、うん。見やすくはなったけど」

「絵がない年は、全部で五つ」


 僕はペン先でその数字を順に叩いた。


「あ、四周期ってこと?」

「はい。正解です」

「でも、ちょっと違います」

「え、どういうこと?」

「僕も最初はそう思ったんです」


 僕はそう言ってから、ペンを走らせた。


 1990年代 

 2000年代     2002 加藤健太 2006 木村朱里

 2010年代     2012 前川結衣 2016 山田紗倉

 2020年代     2022 朝霧めぐみ


「こうすると分かります?」


 僕はペンを置いて先輩を見た。


「えっと、なんだろう?」


 朽木先輩は顎に手を当てて、考え込んだ。

 普通は、ピンとこないだろう。

 たぶん、こういう数字の並びばかり見てきた僕だから気づいた。


「じゃあ、ヒント。六文字」


 しばらく眉間にシワを寄せた先輩は、「あ!」と声を上げた。


「名前、全部六文字」

「うん。ひらがなにすると、名字三文字、名前三文字。全部で六文字」

「かとうけんた、きむらあかり。そっか、六文字だ」

「正確には、2022年の朝霧めぐみさんだけは七文字で例外だけど」


 そこが、少し気になっている。


 僕は口には出さずに、朽木先輩の横顔を見た。

 それが最後のピースになる、と信じて。


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