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22話 笠井ばあちゃん


 どれくらい寝ていたのか。

 部屋の中は暗かった。

 カーテンのない窓から月が見えた。


「起きなきゃ」


 体を起こすと、頭が痛かった。

 寝すぎたか。


 スマホを点けると、夜の七時過ぎ。

 ふと昨日から何も食べていないことに気づいて、急にお腹が空いてきた。


 ふらふらと立ち上がり、冷蔵庫を見る。

 牛乳と缶のジュースが数本と、脱臭剤だけだった。


「面倒くさいけど、食べに行くか」


 独りごちて、家を出た。

 道すがら、辺りを見回す。


 見慣れない景色のはずなのに、どこをどう行けばいいのかが分かる。

 既視感とは違う。

 小さい頃に一度だけ行ったばあちゃんの家。大きくなって尋ねるようなもの。


「まあ、ばあちゃんはいないんだけど」


 ひとりで話を回していると、着いた。

 笠井ばあちゃんの定食屋。


「こっちのばあちゃんしか、知らないんだよな」


 古い引き戸をガタガタと開けて入る。

 温かい空気と、安心する匂いに包まれる。

 色褪せ古ぼけた水着姿のポスターと目があった。


「いらっしゃい。あら、太郎ちゃんじゃないの、今日は遅いわね」


 テレビを見ていた笠井ばあちゃんが振り向いて言う。


「こんばんは、ご飯まだある?」


 勝手知ったる我が家。

 ショーケースに、一品料理はなく閉店間際だったが、僕はかまわずテレビ前のテーブルに陣取る。

 入り口近くに男の人がひとりだけ。


「いつもの定食でいい?」

「うん。ご飯は大盛りで」


 厨房に入りながら、「はい」と声が聞こえた。


 テレビはいつものNHK。

 背広を着たキャスターが、ニュースを読み上げている。

 火事の話題と、戦争がまた始まったらしい。


 面白みない番組に、スマホを取り出してポチポチとする。

 何を見るでもなく、しばらく流し読みしていると背後の引き戸が開いた。


 僕は気にせずスマホを眺めていた。すると、目の前が急に暗くなった。

 テレビの前に誰かが立っている。


 誰だよ、と目を向けると、「あえっ……」と変な声が出た。


「なにが、アエ、よ。ビックリするか驚くかどっちかにしなさい」

「……はい」


 どっちも同じだろう、とは言わなかった。

 それより。


「ど、どうして先輩がここに?」

「その前に、ここ座っていい?」


 頷きながら勧める。

 テーブルを挟んで、朽木先輩が座る。


 眉毛の上でスパッと切れた前髪。

 赤縁のメガネ。


 いつもの先輩のはずなのに、いつもと違う。


「なに? ジロジロみて。女子と食事するの初めて?」

「い、いや。そういうわけじゃ」


 先輩は気にする風もなく、テーブルにあるコップに、置いてあったヤカンからお茶を注ぐ。


「いる?」

「は、はい。頂きます」


 僕の分も入れてくれた。


「あら、お客さん。太郎ちゃんの知り合い?」


 そう言いながら笠井ばあちゃんはシルバーのトレイに乗った定食、豚の生姜焼きをテーブルに置いた。


「可愛い子だね。今どきの子は、顔も小さいし、ほんと羨ましい」

「ありがとうございます。おばあちゃんも、健康そうで肌艶いいですね」

「あら、本当? 嘘でもうれしいわ」


 ほほほ、と笠井ばあちゃんは笑う。

 先輩は僕の定食をじっと見ながら、「私も同じもので」と言った。


「ご飯はどうする? 太郎ちゃんは大盛りだけど」

「ええと、一緒で」

「はーい。若い子は元気でいいね」


 また、ほほほと笑いながら厨房に入っていった。


「なによ、さっきから」

「いや、別に」

「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」


 聞きたいことがあり過ぎて、まとまらないんです。


「いいわ。じゃあ、私が当ててあげる。全部で三つ」


 一つしかなかったけど、まあいい。聞かせてもらおう。

 本当は二つ……ううん。今はいい。趣味と個性は、人それぞれだ。


 僕は先輩に向かって首を縦に振った。


「よし。まず一つ目は、お金は気にしなくていい」

「ブブー、ハズレです。なにいってるですか?」

 

 先輩は構わず続けて、Vサインを作る。


「二つ目、どうしてここが分かった。違う?」

「当たりです。それです!」

「それはね。これよ」


 先輩は僕のスマホを指さした。


「これ?」

「そう。あなたが寝ている間にGPSのアプリをインストールしておいたの」

「へーなるほど。だから僕の居場所が……」


 えー、と大声を出して、先輩にうるさい、と叱られた。

 思わず口を押さえ、後ろ向く。

 男の人は気にしていない様子だった。


「ちょっと、なに勝手なことしてるんですか!」


 自然と小声で抗議する。


「だって、ロックされてなかったし、昨日の今日でしょ? ひとりで徘徊されても困るから」

「徘徊って……」

「ほら、冷めないうち食べなさいよ」

「はい……」


 割り箸を割ったタイミングで、ばあちゃんが運んできた。


「いや、ほんと可愛いね。太郎ちゃんの彼女?」


 口の中の生姜焼きが飛びそうになった。


「ち、ちが」

「はいそうです。太郎さんがいつもお世話になってます」

「そうかいそうかい」

「ちょっと先輩!」

「あら、年上なのかい? 姉さん女房はいいよ。私もそうだったから。うちの孫にそっくりで可愛いわね」


 また、ほほほと笑って厨房に引っ込んだ。


「ちょっと先輩。変なこと言わないで下さい。誤解されるじゃないですか!」

「別にいいじゃない。減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃ」

「じゃあ、どういう問題?」

「えーと、そ、それは」


 抗議は虚しく散った。

 先輩は思いのほか、気にもせず、定食に手を付ける。


 しばらく見ていたが、反応がない相手ほど疲れるものはない。

 諦めて、僕も生姜焼きを食べた。


 食べている間、気象予報士が、明日の天気を告げていた。

 寒波とカンパ、どちらも寒い、というダジャレを思いついたが、言わないでいた。

 

 先に食べ終わった先輩が、コップのお茶を飲み干すと、僕の前に指を三つ立てた。


「三つ目。他の人に話されたら困るから」


 ご飯をすくった箸が止まる。

 それは先輩の願いであって、僕の疑問じゃない、とは言わないで頷いておいた。


「言い忘れてたの。このことは内緒にして欲しいの」


 なぜとは聞かなかった。

 それなりの理由があるのだろう。

 少しの付き合いだが、先輩の性格が徐々に分かりだした。


 答えが先で、理由は後回し。

 あと、忘れっぽい。


「いま、なんか言った?」

「いえ。なにも」


 そして、勘が鋭い。

 僕は彼女の取説に、そっと記載した。


 会計をするとき、先輩が一つ目に言ったことが分かった。

 先輩は自分の分を支払い、僕の勘定は、役場から貰っているからいらないらしい。

 なるほど、これがそうか。

 お金は気にしなくていい。

 世界は、本当に歪んでいる。


「ちょっと、付き合ってくれる」


 朽木先輩は、そう言って店を後にした。


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