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21話 不可能に近い


 四角い箱は、不気味なほど静かだった。


 寒さに震え、それでやっと動けた。

 どれくらいそうしていたのか、時間の感覚がない。

 重い足を引きずって、紙を手にした。


『名簿一覧』


 印刷ではなく、手書きのメモだった。

 その下に、年と氏名。


 見知らぬ名前。


 奇数の名前が続く。でも、ときどき偶数が混じる。


「ん? 規則性があるのか」


 1989年から始まり、最後は今年、2025年で終わっている。

 2023年、氏名の欄は、朽木。

 2024年と2025年も同じ名前。


 ふと違和感を覚え、再度見返した。


「え? これって」


 2023年の名前に目が止まる。

 先輩は何も言っていなかった。


「これって先輩の……」


 目が離せない。

 複雑に絡まる世界に、僕は困惑しかなかった。


 でも、分かったこともある。

 どうして朽木先輩が、この世界のことをよく知っているのか。

 『位相』という言葉を使って表したのか。

 そして、終わらせる、と言った朽木先輩の気持ちを、少しだけ覗いたような気分になり悲しくなった。


 紙を置こうとしたときに片隅に書かれている文字に目が細くなる。

 口に出して読む。


「当たり前になってしまったものは、途中でやめ……」


 最後の文字は線でかき消されていた。

 なんとか読めないかと、蛍光灯にかざしてみるが読めなかった。


 諦めきれず窓際に持っていき、透かしてみる。

 かすかに浮き上がってきた言葉に、僕は息を飲んだ。


「……やめるのは不可能に近い」


 それが何を意味するのか、少し考えるだけで嫌になる。

 僕は振り払うように、台所に紙を置くと部屋に戻った。


「そうだ、先輩が何か送ってくれてたよな」


 自然と声が出る。

 静かすぎる部屋には、雑音が必要だった。


 メールを開くと、そこには添付書類が貼り付けてあった。


「これ、目を通しておいて」


 さっきの文字が頭を過ぎり、手が止まる。

 意味が分からない世界に、息が詰まる。


 それでも勇気を振り絞って、開く。


 爪切りは三種類ある。

 他にもあるみたいだけど、私が知っているのはこの三つだけ。


 1.白い爪切りは、現在の世界。


 2.金属爪切りは、未来の世界。


 3.赤い爪切りは、過去の世界。


 終わらすためには、別のものが必要になるかは分からない。

 来年の文化祭に出展するイラストの内容はこれです。


 羽を休める薄紅色の蛾。

 古びた漆喰の壁に、標本のように静止した、繊細な鱗粉を持つ蛾。


 どうしてこの題名なのか、私にも説明出来ません。

 気づいたら知っていた、ということです。



 読み終えて、僕はスマホを落とした。

 もう戻れない。

 朽木先輩が何度も、繰り返していた言葉が響き渡る。


「戻れないよ」


 先輩は最初からそう言っていた。

 なのに僕は。


 諦めとは違う、重いものが背中にのしかかり、布団に倒れ込んだ。

 このまま寝てしまい。


「起きれば、僕はどこに居るんだろう」


 終わりなき考えが、切れかけた電球のようにちかちかと瞬いていた。


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