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02話 一本だけ
背後で爪切り暖簾が耳障りな音を立てる。
「適当に座って、待ってて」
ダイニングに通された。
「座れって……」
何もない。
テーブルも、ソファも、台所の上にコップ一つない。
「物は置かない決まりなの。落ちたら困るから」
決まり。
生活の痕跡が、ひとつもない。
窓のカーテンすらない。
部屋というより、四角い箱だ。
「うん。どこでもいいよ。最初はみんな立って待つけど」
先輩は、淡々と言う。
この空間は、整いすぎている。
何もないのが、却って異常に感じる。
振り向いたら、朽木先輩の顔があった。
「ね。待ってて、ていったよね?」
先輩は、僕の目を覗き込む。
半歩踏み込めば、触れ合う距離。
「今日は一本だけだから」
何が、とは聞けなかった。
僕の中で、一本で済むはずがない、と勝手に思ってしまった。




