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19話 白は使っちゃだめ


 どれくらい寝ていたのだろう。

 再び人の気配を感じて、瞼を開けたときだった。


「ああ、朽木先輩」


 ああじゃない、とメガネの奥が睨みつける。


「どうして居るんですか?」

「あなたね。電話したでしょ? 覚えて……」


 先輩は最後まで言わずに、立ち上がって部屋を出た。


「寝かせてよ」


 僕が再び目を瞑ろうとしたときだった。


「起きて、相沢くん」

「えー。まだ眠たいんです」

「いいから、起きなさい!」


 布団をさっと捲られ、冷えた空気が全身を覆う。


「うあ、やめてくださいよ」

「起きなさい。起きて、これを見て」


 僕を無理やり起こし、白い爪切りを目の前に突き出した。


「あなた、これを使ったの?」

「ん?」


 瞼を擦りながら先輩の手の平を見る。

 白の爪切り。


「はい。それがどうかしたんですか?」

「……しまった」


 先輩はそう言うと、目をつぶって天井を見上げた。


 そんな大げさな。

 爪切りで爪を切っただけじゃないか。


「あのね、相沢くん。私が悪かった。ちゃんと説明しなかった私が悪い」

「はぃ? 謝ることありました?」


 先輩は大きなため息をつくと、「いいから、リビングまで来て」と言ってまた居なくなった。

 僕は仕方なく起き上がると、頭を掻きながらリビングへ向かった。


 台所の横に立つ先輩。

 僕をじっと見ていた。


「はい。なんですか?」

「いい、ちゃんと聞いて」


 先輩は僕から目を離さず言う。

 台所に並べていた爪切りを指さす。


「爪切りにはそれぞれ役割があるの。昨日、相沢くんが使ったこの白の爪切りは」


 僕は先輩の話を手で遮ってから、冷蔵庫に向かった。


「ちょっと、話を聞いて」

「はいはい、聞いてますよ。その前に牛乳を飲ませ下さいよ。喉がカラカラなんです」


 冬は乾燥がすごくて嫌いだ。

 口を直接つけて、ごくごくと飲む。

 牛乳は白くていい、混じりけがないから。


「で、なんですか?」


 手の甲で口を拭きながら言う。


「白の爪切りは、現在なの」

「はぃ?」


 また変な声が出た。


「先輩、何言ってるか分からないです。爪切りに現在も過去もないでしょ? 寝ぼけてます?」


 あまりに突拍子もない話に笑った。

 先輩は爪切りをなんだと思っているだろう。

 可笑しくてたまらない。


「いいから、黙って聞いて」


 そう言ってから、爪切りを僕の目の前にかざす。


「この白の爪切りで切ると、今が侵食されるの」


 だから絶対に使わないで、と語尾を強めた。


「今日、この部屋に清掃スタッフが来たでしょ? おかしいと思わなかった?」

「え、どうして知ってるんですか?」

「やっぱり……」

「いやいや僕の行動を知っている先輩の方が怪しいですよ。もしかして、ストーカーさんですか?」


 先輩は僕の無視して、赤の爪切りを手にすると同じように突き出した。


「あなたが使っていいのは、この赤の爪切りだけ。覚えておいて。他は使っちゃだめだから」


 僕の顔色を見て納得出来なかったのか、


「いい? もう一度言うわよ。赤だけ。赤は過去、侵食前に戻れるから」


 カーテンのない窓から差し込む日差しに、赤縁のメガネが反射して瞳が見えない。

 それでも、わかる。

 先輩は今、震えている。

 なぜだかは分からないが、僕はとても悪いことをしたような気分になった。


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