18話 望月さん
何もないリビングの壁に、背を預けて座っていた。
冷えた床には、朽木先輩から貰った三つの爪切りが置いてある。
なんてことのない爪切りが、なぜか興味を掻き立てる。
普段は気にもしないのに、無いと困る。
これはきっと僕の宝物になるだろう。
白の爪切りを手に取り、ばちん、ばちんと音を鳴らす。
全部で十回。
散らばった爪をみて、僕は立ち上がった。
今日は疲れた。
爪切りを拾い、コップ一つ無い台所に並べる。
その横に、先輩から渡された紙も置いてあったが、そのままにした。
「今は必要ないか」
僕は、リビングの奥にある部屋に向かった。
端に積まれていた布団を敷くと、風呂も食事もしないまま、僕は眠りについた。
その日、掃除機の音が耳に届くまで、僕はぐっすりと寝ていた。
人の気配と掃除機を掛ける音で目が覚めた。
不思議と怖くなかった。
僕は父と二人暮らし。きっと父が掃除機を……。
慌てて起き上がり、リビングに出た。
見知らぬ女性。
床に掃除機をかけていた手を止めて、僕を見た。
「あ、おはよう。起こしちゃった?」
四十代くらい。
白い三角巾を巻いて、白のエプロン。
「だめよ。若いから寝たいのは分かるけど、冬休みでしょう? クラブとか入ってないの?」
「……あ、はい」
「息子も夜遅くまで起きてるから、朝、なかなか起きなくて困るのよね」
「あの……失礼ですけど、だれですか?」
僕がそう言うと、女性はちょっと驚いた顔をした。
だがすぐに、破顔して、「そっか。今日からなんだね」と。
「クリーニングスタッフの望月です。役場からの依頼で、清掃に来ているんですよ」
「役場から? 僕、頼んでないですけど」
「わかってる、わかってる。ここの団地ね、契約してるの。一人暮らしの子をサポートするためにね」
「そう、なんですか?」
そんなシステムがあるのか、この町には。
僕が戸惑っていると、エプロンのポケットから紙を取り出して、「相沢太郎くん、でいいのよね?」と言った。
「は、はい。僕であってます」
「よかった。違う人の家に来たと思ったじゃない。驚かさないでよ」
望月と名乗った女性は、再び掃除機を手に床を掃除し始めた。
それが当たり前。
そう思う以外、他の考えは思い浮かばなかった。
しばらくして、掃除が終わる。
「また来るわね。三日に一度だから、洗濯物はカゴに入れといてね」
望月さんはそう言うと、爪切り暖簾を手で分けて出ていった。
掃除をしたせいか、いくぶん空気がきれいになった気がした。
僕は、冷蔵庫をあけて牛乳を取り出した。
コップを探したが、見当たらなかったので口をつけて飲んだ。
「今度来たとき、コップの場所を聞いておこう」
頭の片隅にそう記憶して、冷蔵庫に戻した。
遠くで何かが響いている。
なんだろう?
テレビはないし、目覚ましも止めたし。
「あ!」
僕は布団の部屋に急いでいって、上着のポケットからスマホを取り出した。
知らない番号。
「もしもし?」
すぐに応答があった。
「朽木。今から行くから」
「え、あ、はい」
そう返した途端、通話は切れた。
「なんだ?」
しばらくスマホの画面を見ていたが、上着に放り投げると布団に潜り込んだ。
何かを忘れているような気がするが、上手く思い出せない。
結局どうでも良くなって、僕は目を瞑った。
温かい空気に包まれて、僕は意識を手放した。




