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11話 毎年、綺麗に


 暗くなってきた図書室もどき。


 床に落ちた爪切りを拾ったときだった。

 廊下の先から足音が聞こえてきた。


 僕は咄嗟に、朽木先輩を見た。

 先輩は、何も変わらない顔で見返した。

 二重まぶたの中の目は、僕だけが映っていた。


 教室のドアが開いた。


「ん? こんなところでなにをしてるの?」


 生活指導の先生が入ってきた。

 目が合うと、斎藤先生は眉をひそめる。


「あなた、一年の相沢くんね?」


 言い訳を考える前に、先生の顔が頷いた。


「ああ、朽木さんと一緒だったの」


 振り向くと、先輩が僕の背後からすっと姿を見せた。


「だめよ、勝手に入っちゃ。古い校舎なんだから。怪我でもしたら大変でしょ?」


 先生はどこか他人事のように注意しながら、図書室の絵を見上げる。


「はい、すいません」

「もういいわよ。早く帰りなさい」


 興味を失った響き。


「あの、先生」

「ん? なに?」


 僕は一拍置いて口を開く。


「先生はどうしてここに?」


 絵から目を離し、一瞬驚いたような顔をする。

 生徒が先生に聞くようなことではないが、旧校舎へ来た理由が知りたかった。

 それに、朽木先輩が一緒ならどうして良いのか。


「ただの気分転換よ。ここの絵、素敵でしょ? だから時々来て眺めるの」


 はあ、もう少しで疑いの声が出た。

 見回りじゃなくて、気分転換だって?


 夕日に浮かぶ羽根の縁。

 先生には見えていないのか、それとも気づいていないのか。

 握った爪切りに力が入る。


「あの、先生。この絵は全部、爪で……」

「それがどうしたの?」


 言葉を遮り、僕を見る。


 どうしただって?

 あれは、爪で出来て。

 突然、制服の袖を引っ張られ、横を向くと先輩が静かに首を振っていた。


「行こう」


 消え入りそうな声でそう言って僕を連れ出した。

 先輩は旧校舎を出るまで、僕の袖を掴んだまま視線は一度も合わなかった。

 聞きたいことは沢山ある。

 それでも、「行こう」と言った先輩の声が、僕を従わせた。


 それにもう一つ。

 教室のドアを締める瞬間、先生はこう言ったのだ。


「毎年、綺麗に仕上がってるわね」


 震えながら、先輩の背を追うしかなかった。


 新校舎の正面玄関まで来たとき、不意に袖が軽くなる。

 朽木先輩は「今日は帰りましょう」と言って、校門の方へ歩き出した。


 僕は、動けなかった。


「……先輩」


 声が出た。自分でも驚いた。

 朽木先輩が止まる。でも、振り向かない。


「なんで僕なんですか」


 それだけ言うのに、喉が痛かった。

 先輩は少しの間、黙っていた。


 夕風が、先輩の髪を揺らす。


「うん。気づく人だから」


 それだけだった。

 振り向かないまま、また歩き出す。

 僕は追いかけることも、その場に残ることも出来なかった。


 結局、先輩の三歩後ろをついて歩いた。

 手の中の爪切りだけが、重かった。


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