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01話 暖簾


 文化祭の実行委員に選ばれたのは、あの爪を切る音を聞いた日だった。

 二年の朽木琴音という先輩の名前を渡された。

 六文字。

 奇数じゃなくてよかった、と思った。



 玄関を開けたときから違和感があった。

 生返事をしたばっかりに朽木先輩の自宅を訪れる羽目になった。

 会ったことも喋ったことない。

 詳細は、預かった紙に書いてあるとクラスの委員は言っていたが、見もしなかった。


「お邪魔します」


 先輩は女子だった。

 それだけで、少しだけ安心した。


 ドアを閉めた瞬間、匂いが消えた。

 いや、消えたんじゃない。この家には匂いが一つもない。

 そして、僕は後悔した。


「うん。どうぞ、遠慮しないで」


 声は柔らかいのに、距離感だけが妙に遠い。


 廊下の先で、朽木先輩が振り向く。

 眉毛の上でスパッと切れた前髪。二重の瞳が、僕ではない、中身の方を覗いているようで鳥肌が立った。

 ブレザーにスカート。学校の制服姿で立っている。

 僕は、先輩の背後を指さす。


「……あれは、何ですか?」


 爪切りがぶら下がっている。


 暖簾のように……。


 玄関の通路を上から下まで埋め尽くして、金属の刃が微かにカチャカチャ音を立てて揺れている。

 どこにでもあるはずのものが、ありすぎた。


「うん。欲しかったら、持って帰っていいよ」


 喉の奥が詰まる。


「い、いらないですけど……」

「でもみんな、欲しがるんだよね。切った後ってさ……ふふふっ」


 柔らかな声も、別のもののように感じられる。


 爪切りは同じメーカーで、同じ形、色だけが違っていて規則正しく吊るされている。

 色順だけが揃って無くて、胸の奥がムズムズする。

 

 しかも新品と、明らかに使い込まれたものまで混ざっている。

 その中に、ひとつだけ異質な輝きを放つものがあった。

 金属だけでできた、まるで未来から来たような冷たい光を帯びた爪切り。

 他のものと比べて、刃の形すら微妙に違う気がした。

 

「そんなに変?」


 朽木先輩は不思議そうに首を傾げる。

 変、という言葉では足りない。


 量がおかしいのはもちろん、管理の仕方も間違えている。

 そして何より、吊るし方が揃っていない。


「うん。早く上がりなよ。冷えるでしょ」


 先輩の目線が、僕の神経質な部分をゆっくり刺激する。


「爪切りってさ」


 先輩は暖簾から一つ手に取った。

 軽く開いて、刃を確かめる。


「切れ味が落ちると、ちゃんと切れなくなるでしょ」


 ぱちん。


 先輩が自分の爪を切った。

 切り落とした爪が、床に落ちてコロコロと転がる。

 白くて小さな欠片が、僕の足元までゆっくり近づいて止まる。


「だから、取り替えるの」


 何を、とは言わなかった。

 ただ、先輩の視線が僕の指先に向いている気がして、思わず握り締めた。

 息が、浅くなる。


 店先の暖簾を軽く手で押しのけるように、先輩は爪の暖簾をくぐり抜けた。

 その後に続いていくのは、ひどく勇気がいることだった。


 ゆれ動く、爪切り暖簾。


 僕の足は竦んだ。

 それなのに、暖簾の端が解けているように垂れ下がり、目が離せなかった。

 揃えればきっと楽になる。

 瞬間、先輩の視線を感じた。


「気になるの?」

「……いえ」


 不揃いな爪切りの列が、肌をちりちりと刺すようだった。


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