お互い愛せないと思っていた夫婦の秘密話
ふんわり異世界中世、魔法とかは多分無し。転生無し。
読みようによっては不同意な行為になだれ込んだオチに見えるかもしれないので苦手な人はご注意ください(合意のつもりで書いています)
よくある話なので被ってる作品があるかもしれないと思いつつ、ゆるい気持ちでお読みください。
「君を愛することはできない」
嫁いで早々の夜、夫婦の寝室でヴェルデー侯爵家当主のイーサンは、花嫁であるエイリーにそう言い放った。
エイリーの唇が小さく動き息が漏れる。それは安堵によるものであったがイーサンは悲しげに目を伏せた。呆れのため息だと思ったのだ。
「申し訳ないことをしているのは解っている」
「ああ、いえその、別に大丈夫です旦那様」
謝罪をするイーサンに、エイリーは慌てて顔の前で手を振る。
この結婚は親が決めた政略的なものだと聞いている。
エイリーの実家であるマナナン伯爵領は、昨年と今年に冷害を受けて飢饉状態になった。
民を救うために蓄えを出し切ってしまった伯爵家は支援をしてくれる貴族家との婚姻を望んだ。
そして運送業を手掛けるヴェルデー侯爵家が「侯爵家の運送業者に対し、マナナン伯爵領内の通行税を4年間格安に、領の運営が安定してから2年間は通行料金を免除する」その代わり「マナナン伯爵への支援、および難民への一時的な就労支援を行う」という契約の上で、二人の婚姻は結ばれたのだった。
マナナン伯爵領は広いわりに作物の育成に激しいムラがある扱いにくい場所だったが、経由地点にすると、隣接する6つの領地…足の速い果物や魚介類の特産地に行きやすい道がある。
相互利益のある関係であり、エイリーもある程度納得はして婚姻契約をした、はずだった。
「旦那様、私もお伝えしたい事があります。じつは、病気…というわけではないのですが、私の体は今、その…こ、…子を作る行為…が、できないのです」
苦し気にエイリーが俯いて告げる。
エイリーは結婚式の前に何度も両親と前侯爵に当分の間は初夜の免除を訴えていた。今日も結婚式の後、家財道具等を理由に一度、実家に帰るつもりでいた。そして今、抱えている問題を解決してから改めて初夜を迎えればいいと考えていた。
しかし、式の後にあれよこれよと流されて、侍女に風呂へ押し込まれ、布地の薄い寝巻に着替えさせられた後、この寝室に押し込まれたのだった。
「ですから、その、夜伽…がない点は問題ないのですが…お世継ぎに関しましてはどうお考えでしょうか」
「それは心配ない。もともと、叔父の家から養子をもらうつもりだったが……すまない、先に説明をしておくべきだった」
深く頭を下げるイーサンを見て、エイリーは少し驚いた。女性の地位が低いこの時代に、たとえ妻になったとはいえ爵位も下の家から嫁いだばかりで年下の女性に丁寧に接する高位貴族を見たのは初めてだった。
「もしかして、前侯爵様から聞いておりませんか?」
「ああ、聞いてない。叔父上は知っていたのか?」
「私から何度も訴えて、その通りにすると言っていましたが」
「……」
ヴェルデー前侯爵はイーサンの叔父にあたる。
元々はイーサンの父が侯爵当主であったが、事故で早逝をされたためその弟が継いだ形だ。しかし、本人はあくまで兄の補佐であったと言い、イーサンが成人を迎えるとすぐにその地位を譲った。なお、この結婚を整えた一人でもある。
物語にあるような不仲ではなく、心から兄を尊敬し支え、その息子を尊重する良き人だと思っていたが……。
外側から見えぬ事情があるのだろうと、エイリーはあまり深く尋ねる事をやめた。
改めてエイリーは夫を見る。目つきこそ鋭く冷たそうだが、中性的な美しい顔をしている。サイドを短く刈った髪は艶のある黒。背はあまり高くはないが、けして低くもない。鍛えられているため全体的にがっしりとした体にほどほどにムチッとした肉感があり……
――絵画や彫刻のモデル栄えしそうな人だ。
自分の体は全体的に細くヒョロ長く、筋張った体をしている。飢饉で栄養不足なのを抜きにもともとあまり発育がよくない。長く伸ばした赤茶の髪に緑の目。一応、貴族家として見た目は気を付けてきたが、ここ最近の農地周りでできた日焼けやそばかす顔は、平民の服の方が似合っているのではないかと思っている。
今度こそ呆れのため息を唇に乗せると、イーサンがはっと顔を上げた。
「すまない、私の言い方が悪かった。君は魅力的な女性だと思う。
豊穣の秋色の目や髪も私は素晴らしいと思っている。愛さないという言い方も、悪かった。そういう事が言いたいのではなく、その」
言いづらそうに口をもごもごとさせた後、虫の羽音のような声で
「私は、君を、女性を、抱けないのだ」
そう言った。
その言葉の意味をエイリーが理解するのに数秒かかった。
そして、返す言葉を探すことに数秒。
「それは、その、男しょ…」
「違、ああそうだ君はもう私の妻だと教会も国も認めたんだから説明しよう!その方が誤解がない!」
そういうとイーサンは慌てて上着を脱ぎ出す。
突然のことに、冷や汗をかきながらもエイリーは「あの、えっと」と情けない声をかけることしかできなかった。
そして、イーサンがシャツを脱ぎ、その下に着込んでいた装甲のようなインナーを剥ぎ取る。
「私と『共犯』になってくれ!」
その下から現れた、柔らかそうな乳房。
同性と思っていても、肌を晒すことは恥ずかしいらしく、頬から耳までを朱に染めて少し泣きそうな目を足下へ向ける。
「本来であれば私は爵位を継げない方の性なんだ」
この国ではまだ女性の権利は弱い。爵位は息子、または娘婿しか継げない。
けれど、イーサン…本当の名前はイーベルと言ったが、彼女はとても優秀だった。齢10歳でその領地経営や新事業の開拓力は父と並ぶほどであった。お前が男であればと両親と、兄はいつもそう言っていた。
それでもいつかは良い家に嫁ぎ、家同士を繋ぎ、兄と夫を支えようと考えていた。叔父がそうあるように、当主を支えて家を繁栄させたかった。
彼女が14歳のある日、大規模な山火事が起きた。領民を助け、現場指揮を取るために向かった父と兄はそこで焼かれて死んだ。
兄は手遅れだったが、父は救出された直後は意識があり、叔父に「イーベルに家を任せたい」と零した後に息を引き取った。
叔父とイーベルはその願いを叶えたかった。
だから兄の死体をイーベルとして、長男イーサンに成り変わった。
最初の数年は意外とうまく行った。二人は似ていたし、まだ体も男女の差がない。しかし、「イーサン」が大人になるにつれ、婚姻の打診がくる。見た目は衣類でカバーしてきたが、触れれば露見してしまう可能性もある。隣における、理解のあるまさに「お飾りの妻」が欲しい……そう思っていたと。
ぽつぽつと語る彼女をよそに、エイリーは視線をあちこちに巡らせていた。
話は聞いているが意識をしないと、目はまっすぐとイーサンの大きな胸に吸い込まれそうになる。
「旦那様、あの、ですね、大丈夫です。私はその、気にしないと言いますか」
「……許してくれるのか」
「許すと申しますか、その、まずは服を」
「……ありがとう、エイリー嬢!」
感極まったように「イーサン」はエイリーに抱きつく。
柔らかい肌が触れた瞬間、「イーサン」はその違和感に気づいた。
脚の辺りに触れるソレ。「イーサン」が望んでも持てなかった物の存在。
す、と体を離し、エイリーの目を見据えた。
怯えとも困惑ともなんとも言えない目を潤ませたあと、喉の奥からエイリーが声を絞る。
「姉さんが、うちのエイリーが、申し訳ございません……!!!!」
エイリー、改め、その弟であるエドウィンは、ベッドから転がり落ちるとともに綺麗な土下座をして見せたのだった。
*****
全ての告白を終え、ベッドの端と端のふちに座った二人の間に気まずい空気が流れている。
「つまり、本物のエイリー嬢は家出をして行方不明と」
「はい……旅先から手紙は来るので生きてはいるんですけど、捕まらなくて」
「それで代わりに弟である君が結婚式に出た」
「……その通りです」
現在必死で本物のエイリーを捕縛、もとい保護しようと国中を探し回っているはずだ。なんやかんやと理由を付けて家に戻った自分と姉が入れ替われば万事解決するはずだった…とエドウィンは遠い目で応えた。
「えっと、エイリー、いや、エドウィン殿」
「はい」
「…………ウエディングドレスの女装とても似合っていた、うん、素晴らしい演技力だった」
「悲しいフォローはやめてください」
「いや、でも所作とか裾捌きとか……もしかして普段から?」
「たまに女装させられてました」
「そうかぁ……」
もともと自由奔放なエイリーの尻拭いが半分、「妹が欲しかった」欲を満たすため半分に
ドレスやワンピース姿ででかけさせられる事が多かったのだ。
むしろ姉より淑やかだと一部から悲しい高評価をうけている。
「もしかして、叔父上は知っていてこの結婚を進めたのでは」
「なんかうちの両親もそんな気がしてきました。家出したのは俺って事にして、姉は嫁いだ事にして……」
「逆に、継承予定のない男児であれば旅に出て自活することもあるしな」
「ううう、俺は兄さんの下で会計役になって安定した暮らしがしたいって、学校でもずっと勉強してきたのに」
袖で目元をゴシゴシと拭いながら腹の底からエドウィンが声を漏らす。
「イーサン」改めイーベルはそんな彼をぼんやり眺めていたが、突然パン、と勢いよく手を叩く。
「もう逆に予定通りでいいんじゃないか?」
「何がですか」
「会計ができる者は大歓迎だ。侯爵家の仕事を手伝ってくれ。手当も出るし安定した暮らしだ。そして婚姻も問題なし、私の妻として夜会や社交も出てもらう、どうかな?」
確かに。
全て予定通り。いや、心配していた隠し事もさらけ出して受け入れてもらった。うっかり男性にお手付きをされる心配もなく、仕事も任される。学生時代に励んだことも無駄じゃない。
「確かに、あの、こんな形ですがよろしくお願いいたします…旦那様」
そう、素直な気持ちでエドウィンは笑った。それをイーベルは少し驚いた顔で見返した後、すぅと目を細める。領地で飼っているウサギ狩り用の猛禽類に似ているとエドウィンは思った。
「2つ、謝罪と撤回をしよう」
「なんでしょうか」
「愛さないと言ったが、あれは無しにしよう。君を好ましく思っている」
「えっと」
「あと、君は女性じゃないので、抱けると思う」
「はい? それは」
逆じゃないですかね、という声はベッドの軋みに飲まれて消えた。
後世、ヴェルデー侯爵家の夫婦の仲睦まじい姿は市井でも有名なほど語られる事になった。
常に寄り添い、3人の子宝にも恵まれた。「妻」の懐妊がわかると、「夫」が大事をとり二人で静かな遠くの療養地に引っ込み、子が生まれるとまた夫婦そろってテキパキと仕事をこなす様子は比翼の如きと称された。
また、代理として働く叔父の手腕も認められ、彼の一家も国から男爵位を賜ることとなった。当初は叔父の息子が侯爵家を継ぐ予定だったが、叔父一家の希望もありイーサンとエイリーの長子が継ぐ方向で教育が進んでいる。
円満な家庭ではあるが、ある出入りの商人はこんな事をこっそりとこぼしていた。
「夫婦仲がいいのは本当さ。そこに間違いはないが、たまに大柄なドレスと小柄な紳士の服を望まれる事があってさ。外野にはわかんねぇ、二人だけの秘密があったのかもしれねぇな」
前日譚:
真エイリー「領地がヤバいっぽいんで一攫千金してきます。探さなくて大丈夫よ!」
両親「あんのバッッッカ娘!!!」
前侯爵「なんか伯爵領ヤバいんだって?あと娘さん家出したでしょ! 弟さんを娘さんのフリさせて嫁にくれたら全部解決してあげるよ!」
伯爵「息子が?嫁????」
前侯爵「悪くしないヨー衣食住保証で多分才能も活かせる仕事もあるし良い女の子を結婚相手として用意できるヨー」
伯爵「結構いいのでは」
前侯爵「働き者で真面目で貞淑で(私にとっては)可愛い身内女子をご紹介できるよー多分お宅の息子さんの事好みだと思うんだよねー相性良いと思うなー」
伯爵「いいじゃん。息子、嫁に出します!」
後日譚:
エドウィン「姉さんから荷物来た。遠い国で日照りに強い植物の種と苗と優良な肥料の作り方の本。あと俺の結婚祝いに自分で掘り当てたらしい宝石の原石」
イーベル「エイリー嬢、本気で領地のために家出したのか」
エドウィン「根は悪い人じゃないんだよねぇ。無鉄砲なだけで。あとそれを叶えるフィジカルと運と根性もある」
とかなんとかあったりなかったり。
男性ホルモン強めイケメンお姉様×気苦労女装坊ちゃんっていいよねという趣味を昇華したくて書きました。
満足しました。




