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【書籍 1/5発売!】人工衛星サニーの冒険 ~転生した〝元〟気象衛星がお天気令嬢になるまで~  作者: mafork(真安 一)『人工衛星サニー』ほか書籍発売中!
第4章:魔科アンサンブル予報

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4-10:気球


 季節は進み、子爵領にもどっさり雪が降るようになる。大陸中央へのショートカット・コースである峠も、こうなるとさすがに通れない。

 行商人の来訪が減って、領地が静まる季節だった。

 サニー達も、研究に明け暮れる。さてそろそろ新年というところで、久しぶりに巨体の行商人が現れた。


「素材屋でございます!」


 子爵家にやってきた素材屋は、今日は馬2頭で引く大型ソリを伴っていた。これまた大きな馬らが、ぶふんと蒸気のような息を吐く。

 たまたま表にいたサニーは、収穫祭以来の顔に嬉しくなって駆け付けた。


「素材屋さん!」

「これはお天気令嬢、お久しぶりでございます」


 馬ソリが非常に目立つためか、後ろには村人たちがゾロゾロ続いていた。冬はみんな暇なのである。

 お屋敷からメイド服にマフラーを巻いたリタが飛び出し、持っていたハタキを振った。


「はいは〜い、子爵家のお客様ですよぉ! みんな散って散って!」


 羊を散らす牧羊犬に似て、リタが野次馬を追っ払う。

 毛皮を着込んだ若様もやってきた。後ろには、セシルと愛犬ロビンも続く。


「久しいな! 冬道は骨が折れただろうに」

「こんにちは、声で話すのはいつ以来でしょう」


 可愛らしい声で、セシルが頰を緩める。

 素材屋は目を丸くしてサニーとアルバートへ振り返った。


「こ、これは……!」

「声は治ったのだ」

「そうですか! そうですか!」


 笑みを深め、素材屋は手を叩く。

 はにかむセシルが微笑ましい。セシルの峠守の力は、子爵夫妻、そしてサニーとアルバートだけの秘密で、リタにさえ伏せている。

 そのため治った経緯は明かせないが、素材屋は目端を拭った。


「失礼、子供に少し弱いもので。本当に、年の変わり目によいお話を聞けました」


 素材屋は、鳶色の目をソリに向けた。


「ご家族でお過ごしのところ、突然のご訪問で申し訳ありません。ですが素材屋、この度は大役を仰せつかりまして」


 そう言われると、巨大な馬ソリが気になる。人が住めそうなほど、荷台がこんもり膨らんでいるのだ。

 若様は、はっとする。


「まさか」

「若様?」

「……いや、その大荷物では屋敷の門を通らんだろう。中庭に回ってくれ」



     ◆



 馬ソリから覆いがとられ、素材屋と2人の弟子が荷物を中庭に広げる。それは、前世のブルーシートにも似ていたし、巨大なテントのようにも見えた。なにせ幅が8メートル近くある、円い布地の塊なのだ。

 巨体の素材屋が荷台から大きな大きな、お風呂サイズの編みカゴを下ろす。

 そこで、サニーは荷物の正体に気づいた。


「これ……!」

「やはりか」


 それぞれに驚くサニーとアルバート。セシルとリタも、興味深そうに眺めている。

 素材屋は得意げに鼻の下をこすった。


「気球です」


 青い目をきらめかせるサニーには、2種類の驚きがある。


(異世界にあったんだ……! でも、なんでここに)


 気球は、今はぺちゃんこだが、空気が入れば膨らんで空に昇るのだろう。

 アルバートが腕を組んだまま固まっていた。


「まさか、いきなり現物が来るとは」

「わ、若様がお頼みに?」

「いや……まぁ、そうとも言えるが」


 額に手を当て、アルバートは唸る。


「王立学会宛てに、『気球』の研究者がいないか問い合わせを行っていたんだ。しかし返事よりも早く、気球の現物が来るとは」


 あ、とサニーは思う。確かに若様は『高空観測に気球が有用』という論文を書いていたうえ、実際に研究者を探していた。


「それについては、こちらから説明しましょう。アルバート様のご慧眼どおり、気球については一昨年辺りから研究者がいましてね」

「……知らなかったな」

「無理もありませんな。貴族らに口を出されるのを嫌って、伏せていたようなので。公開実験も特許も、今年の冬ようやくです」


 気球は大気観測に有用な一方で、軍隊の偵察などにも使える。口出しを恐れて秘密にしたのかもしれない。


「目的は、大気中の魔力を高空で観測するため。気象観測ですな。しかし、アルバート様の論文で、気象と魔法にそれほどの関係性がないとわかり、そのほかの研究からも『いっそ渡した方がいい』と考えたのでしょう」


 素材屋は、大きく腕を広げた。

 直径8メートルほどの、かなり本格的な気球だ。


「おまけに、どうもこちらの気球には欠点といいますか――性能上の限界があったらしく。ただ、アルバート様なら解決可能かもという期待もあって、今回お貸しする運びとなったわけです。詳しくはこの手紙を」

「……ふむ」


 サニーとアルバート、2人で文を読んだ。素材屋の話を聞くと込み入った事情のようだが、手紙にはアルバートの論文に感銘を受けたこと、気球の有用性に気づいてくれたことへの感謝、などなどが率直に書かれている。


「有人飛行の実績もあるな。最大到達高度、500フィー……」

「えっすごい!」


 大体500メートルだ。


「発明者は、もっと上に昇ると考えていたようだな。なるほど、想定より高度が低かったのか」

「――あ、これ、ガス気球ですね」


 サニーはすぐさま気づいた。


「ヘリウムや水素といった空気より軽いガスを、中に充填して昇っていくのだと思います。手紙には、錬金術で空気を『より軽く』変質させて昇ると書いてますけど――たぶん、うまくガスを作れなかったのでしょう」


 有人気球は、史実でも初回実験で千メートル近く昇っている。そこに至らなかったのなら、おそらく浮遊ガスの不備だ。


(熱気球なら、もっと簡単なのですけど……)


 素材屋が薪のような指を立てる。


「ちなみに、この方もすでに新型の開発に着手しているようです。貸し出しの代わりに、助言もほしいと」

「ふむ、要は改修依頼か。だが、気球だけもらってもやりようがないぞ」

「ご心配なく。お望みなら、無償で技師も派遣するそうです」


 アルバートは眉をひそめた。


「――やけに気前がいいな」

「ははは」

「裏があるだろう」

「……実は、クレメンス師とベアトリス様が、貸し出しを渋る学会を説得してくださったのです」


 サニーは、2人の思いに感銘を受ける。が、アルバートは複雑な顔。


「ベアトリスか」


 友情に胸を打たれる前に、どうも請求書の心配をしたらしい。


「事業家も、『ぜひ飛ぶのを見たい』と」

「――うまくいけば商売にするつもりだな」


 若様は銀髪をなで、首を振った。


「今、研究が立て込んでいてな。あいにく、気球観測は後回しになりそうなのだ」

「なんと、左様でしたか」


 話し込む2人をよそに、サニーはリタやセシルと一緒にぐるりと気球の周りを巡った。

 2人は面白そうに気球を眺めたり、球皮(エンベロープ)をつまんだり。


「これが空にあがったら、確かにすごいね」

「本当に飛ぶのでしょうかぁ」


 ふと、胸に考えが過ぎる。


(高く、飛ぶ? そうしたら――)


 ゆっくりと考えをまとめる。魔法について勉強したこと、それにセシルの力から学んだこと。

 サニーは、アルバートの袖をひいた。


「若様、若様」

「どうした?」

「――この気球、魔科アンサンブル予報で役立つかもしれません。ちょっと、『ずるい』使い方ですけど」


 事情を話すと、若様は緑の目を閃かせた。


「――素材屋、やはり気球技師の手配を伝えてほしい。あと、ベアトリスに言伝を頼まれてくれないか? 気球並みに面白いことがあるから、一度領地に来てほしい、と」


お読みいただきありがとうございます!


明日、1話+エピローグで完結いたします。

転生した気象衛星の物語、最後までお楽しみいただければ幸いです。

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