4-9:その後の2人
サニー達に、新たな目標ができた。
科学と魔法、2種類の知識からなる、魔科アンサンブル予報である。嵐の発生と大まかな方向しかわからない、異世界の気象レーダー。その観測結果と、沿岸都市に置かれた百葉箱を組み合わせることで、予報精度を上げる。
たとえば――気象レーダーで嵐の発生が探知され、沿岸の気圧計も下がり始めた場合、嵐が近づいている。
複数の都市で連絡し合えば、もっとはっきりするはずだ。気圧計の情報からは等圧線が引けるし、地図上で各レーダーの感知方向をまとめれば、嵐の位置も正確になる。
(連絡体制を整えて、いずれは海沿の街一つ一つにレーダーを置いて……)
とはいえ、今は『理論上は可能』という段階。
アルバートが遠くの嵐を探知する機器を作らなければ始まらない。また、論文で広く協力者を募ることも不可欠だ。
(警報となれば、影響も大きいです)
温かい上着を羽織っているのに、ぶるり、と震えてしまう。
相手は『災害』なのだ。人命に影響することだし、最初は反発もあるだろう。
「悩んでいるようだな」
アルバートの言葉で、サニーは考え事を停止させる。
顔を上げると、窓の外には雪が舞っていた。実験室には、どこか優しい薪ストーブの匂い。
12カ月あるこの星の暦で、今は11月。子爵領にも冬がやってきたのだ。
右隣りの机から、厚手のローブを羽織った若様が体を向けている。
「そろそろ、話そうとしていたところだ」
「今の、魔科アンサンブル予報ですけど……」
「考えれば考えるほど、課題が多いだろう?」
サニーはこくりと頷く。
「私も、これがすぐに実用可能だとは思わない。『気象レーダー』の作成がうまく行っても、具体的な実験さえ来年中にできれば上出来だ」
丁度、ストーブの上でお湯が沸いた。若様は椅子を軋ませて立ちながら、言う。
「技術が広まるには、世の中から求められていなければならない。上から押しつけるようなやり方では、決して広まるまい」
「……反発、されそうですしね」
魔科アンサンブル予報は、おそらく嵐への警報を可能にする。
ただ実施となれば、船が出港をやめたり、収穫を早めたりするはずだ。
仮に、サニー達が何も考えずに『明日は嵐』という警報を出したとする。船主からは『商売の邪魔をするな』という批判が出るだろう。出航できずとも、係留費用はかかるものだ。
若様が淹れる茶の、ハーブの香りが鼻をくすぐる。彼は砂時計を立てて、蒸らし時間を計り始めた。
「基本は、都市や領主からの要請を待つ」
サニーは羽ペンで金髪を触り、首を傾げた。
「……え、ええと。街の方から『暴風警報ができないか』と相談がくるってことですか?」
「近々な」
若様は自信満々に腕を組んだ。
「要請に応えた形にすれば、周辺への警報周知や、避難所の防災整備は、向こうから言い出した話になる。諸事を丸投げできるし、責任も少ない」
うわぁセコい……!
とまでは、言えない。特許の時と同じく、堅実な実務担当がなければうまくいかない。
「でも……」
「そんな要望を都合よく出してくれる街などあるのか――かね?」
アルバートは自席に戻ると、書いていた論文をサニーの机に置いた。
「ええと? 『広域における天気図の作図について』――?」
「中身をみてほしい」
大雑把な周辺の地図に、気圧や雨雲の位置が書き込まれたもの。
「天気図――!」
「観測が出揃って、広域天気図が作れるのは君がかつて言ったとおり。そしてこれを見ると、目ざといものは嵐の性質に気づく」
あ、とサニーは思った。
たとえば、天気図を3日分作って、並べてみるといい。そこに低気圧があれば、明らかに移動している。
「嵐は前触れなく発生するものではない。海上で生まれ、移動してくるもの――それに気づけば、早期検知、そして暴風警報の発想に至る街や錬金術師はいるはずだ。無論、各所への手紙でも匂わせるがね」
サニーは口を開けてしまった。なんともまあ、よくもそうアイディアが湧いてくるものだ。
若様は作業台へ戻り、蒸らしたお茶をマグに注ぐ。
「そうだな。まずは、クライン子爵領で試作レーダーを作る。ある程度量産し――海沿いの2、3か所の街に設置。互いにレーダーの観測結果や、気圧を報告しあう体制を整え、精度がありそうなら『警報』の試験だ。相互連絡には『伝令組合』が手ごろかな」
『伝令組合』――これまた王立学会でアルバートと揉めかけた組織だが、彼らは早馬や伝書鳩を持っている。前世と同じく鳥は有効な連絡手段で、200キロ程度の距離なら数時間で文が届くらしい。
頼もしい反面、サニーには一抹の不安もある。
「でも、うまくいっても……大変な事業ですね」
「うむ、根付くまで数年、いやもっと……か」
アルバートは目を細め、サニーの机にお茶を置いた。爽やかなハーブの香り。
「この間、素材屋が持ってきたものだ」
あ、美味しい――両手でマグを持ちつつ、サニーは告げた。
「それに、もう一つ、大事な問題があるかと思います」
「ほう?」
「これは『警報』というか、人の問題なのですけど」
サニーは、前世でも起きた課題をアルバートに伝える。
椅子に戻った彼は、顔をみるみる曇らせた。
「それは……そんなことが、ありうるのか? 警報だぞ?」
サニーの知識は、気象衛星時代のもの。そのため記事のログで間接的に知っただけだ。
ただし、人間となった今は、『それ』が起きるのだとわかる。
「おそらく」
「……どうすれば避けられる?」
「難しいです。サニー達の世界でも、解決できていない問題ですから」
アルバートは揺れるお茶を見つめる。
「サニー。今まであえて聞かなかったのだが……君を、人工衛星を打ち上げられるほどの科学があれば、天気で命を落とす人はいなくなるのか? いつか嵐は、恐れるようなものではなくなるのかな?」
サニーは緩く首を振った。
「――いいえ。確かに命を落とす人は減りますが、嵐は依然としておそろしい災害です」
「そう、か」
アルバートの肩が落ちる。落胆したようにも、重い荷物を降ろしたようにも見えた。
「でも、サニーを打ち上げたように、一つ一つ、技術を改良している人がいます。人工衛星、即時警報、耐震に耐風――多くの人の手で、少しずつ進歩しています」
おそらく『今』もそうだろう。
アルバートは苦笑した。
「少し安心した」
肩をすくめる若様。
「土木、建築、それに空――未来では、色々な分野で立ち向かうのだな。自分だけでないとわかると、少し気が楽だ」
「――アルバート様」
「いかんな、こんな弱気では」
子爵領で気象研究をして、若様はお天気令嬢と共にとても有名になってしまった。まだまだ進むつもりは満載のようだが、時折、サニーには弱いところも見せる。
サニーは微笑んだ。
「それでも、いいのだと思いますよ」
歴史上も、暴風警報は制度化と頓挫を繰り返した。思い詰めて進んで、うまくいくとは限らない。
(ま、サニーがいるから、この世界の警報だって頑張りますけどね?)
そこは、人工衛星の矜持だ。
アルバートは優雅にカップを口に運ぶ。
「無論、退くつもりもないがな? 助手の君には苦労をかける」
「お気になさらず。そういうアルバート様も、わたしは好きですから」
微笑むと、若様がぴたりと固まってしまった。
「……どうしました?」
「君は、本当に不意を打つというか、なんというか……」
赤い頬を隠すようにカップを掲げ、若様は咳払いする。濡れた瞳にどきりとした。
「それは、収穫祭の時の答えということでいいかね?」
収穫祭。
それで、サニーにも祭りの後に抱き合った記憶が蘇った。こっちも頬が赤くなる。
「そういえば……そうでしたね」
収穫祭を終えて、そろそろ一月。サニーは――アルバートと山小屋で抱き合った日の答えを告げていなかった。
若様がむっとして身を乗り出す。
「そういえば? 私は待つと言ったが、君はまさか忘れていたのかっ?」
「い、いえ! セシル様の容態とか、魔科アンサンブル予報とかで、盛りだくさんでして……」
「まぁ確かに、私もその話をする暇はなかったが……!」
腕を組んで、憮然とした若様。なんだか子供っぽくて面白くて、サニーはするりと告げられた。
「好きですよ」
花が咲くように微笑み、もう一押し。
「愛してます」
端正な顔に、朱が入る。
「――っ、そ、そうか」
あ、これカワイイ。
サニーはちょっと得意になる。
今までは『お役に立つ』の気持ちが邪魔をして、気持ちを素直に出せなかった。でも、かつてセシルへ告げた言葉は、サニー自身をも自由にしていた。
こんな時でも、人は人を好きになっていいのだと。
「……わ、わかった。わ、私も――愛……いや、君はそれをちゃんと理解してるのか?」
「ふふ、どうでしょう? ただ、今度は、『わたしが』待ちますね」
『好き』の次は、『愛』だ。
だが慎重な若様が、次の言葉を軽々しく言いそうにないことくらいは、ちゃんとわかっていた。根が誠実なので、サニーがまた勘違いで言っていないか――自分の気持ちをぶつけていいか、つい確かめてしまうのだろう。
今から、付け足すように愛を告げても、『言わされた』感が出るのも分かっているはずだ。
だから――
(そのうち、ちゃんと言ってくださいね?)
そんな気持ちで、サニーは待つ。立場逆転の心地よさ。
「む、むう」
「今後ともよろしくですね」
まるで当然の定理を再確認したように、互いの気持ちを確かめた。
アルバートは顎をなで、ぽつりと言う。
「……不思議だな。正直、とても嬉しい。高揚してる。だが――」
肩をすくめて見せた。
「手続きの話ばかりが頭に浮かぶよ。子爵様に報告したり、今後に備えて君の身分をもう少し詳しく詰めたり、とかな」
サニーは思わず笑った。
「アルバート様らしいです」
「そもそも、この後も一緒に研究するわけであるからな」
「――ですね」
サニーは、実験室を見渡した。
春にやってきてから、そろそろ季節が一巡する。
「サニー、若様がもしよければ、また魔法を教えてもらいたいです」
「……いやに急だな?」
「セシル様の力は、魔法によるものでした。サニー、魔法についてもっと勉強して、本格的に知りたくなりました」
この世界に初めて来た時から、ずっと抱いている気持ちだ。
知らないことを知るのは、楽しい。
「気象研究でも大変だろう?」
「レーダーと無関係とも言い切れません。やっぱり、好きですから」
目を細めるアルバート。
「新分野か。ならば助手ではなく、いっそ研究者になるかね?」
そこまで、ちょっと考えていなかった。青い目をパチパチする。
「さ、サニーが?」
「複数の分野を持つ者もいる。テーマを決め、論文を書き、認められれば、研究者だ」
この世界で、気象以外も、探求する。それは思ってもいない自由だった。
「時間はある。考えてみるといい」
咳払いするアルバート。
「――それと。関係の、けじめくらいはつけさせてくれ」
若様は席を立った。サニーの方に近寄ってくるので、サニーもまた助手として立つ。
「……アルバート様?」
「そのまま」
アルバートはサニーに向けて跪き、手の甲へそっと口づけした。
真摯なエメラルドの瞳が、見上げてくる。
「サニー。あなたを愛し、あなたに愛されるに足る男であるよう、正しく、強くあることをここに誓う」
ぼっと頬を赤らめて硬直するサニー。アルバートはゆっくり立ち上がった。
「貴族が令嬢に想いを告げる時は、これくらいが要る」
「……もうっ」
サニーはバクバクとなる心臓を押さえつけ、アルバートの胸を叩いた。『身体強化』で、割といい音がする。
「ぐっ!?」
「……思ったよりも破壊力ありますね。診療所に人が集まるはずです……!」
頬を赤らめて俯く。
距離が近づいたせいか、会話が途切れると、目を逸らす2人がドキドキしあう変な空間になった。
「……アルバート様」
「うん。気をつけねば仕事にならなくなるな、これは……」
サニーは一歩、アルバートと距離を詰める。彼と手を絡めると、胸に頭を預けた。
「っ!?」
「魔科アンサンブル予報の『気象レーダー』ができるまで、くっつくのはこれくらいにしましょう」
以前、山小屋でやった接触が今くらい。サニーにとっては、『前と同じ程度』という意味である。
若様は震えていた。
「……これじゃ、生殺しだ」
「え?」
「いや、気象レーダー――一刻も早く、作りたくなった」
目をギラつかせて、アルバートは席に戻る。羽ペンが猛烈な勢いで動き出した。
(……やる気が出たなら、正解、ですよね?)
恋人を焚きつけたことに、まだ気づいていない。
やがて冬が深まり、子爵家にある来客が現れた。
お読みいただきありがとうございます!
あと2話+エピローグで完結予定です。
転生した気象衛星の物語、最後までお楽しみいただければ幸いです。




